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Act 2 異世界ファンタジー・アーマナイト紀行→ジャンル×変身⁉ scene:9 優しい時間

 異世界を明るく照らすあの恒星も、太陽同様に東から昇り西へと沈んでいくモノらしい。


「綺麗な空……」


 シュナと二人、街を歩きながらただ茜色に染まる空を見上げている。

時刻はすっかり夕暮れ時で、遊び疲れたアクトとシュナは、ククリカが予約してくれている宿へと向けて、時間も気にせずのんびりと歩いていた。


 穏やかな時間。心安らぐ癒しの時間。

 気合い充分でカッコつけた結果留守番を告げられたアクトの心が壊れるなどのハプニングもあったが……それも何とか解決を見せ、平穏無事に今日の終わりを迎える事が出来た。

 アクトが落ち込んだ際に迷惑をかけた埋め合わせとしてシュナの買い物に付き合ったり一緒に観光を楽しんだりと、丸一日遊び倒した事も結果的にはいい気分転換になった。


「……なあ、シュナ」

「なぁに」


 シュナは空を見上げたまま、気のない返事をする。

 そこに緊張や硬さは見受けられない。

 

 だからアクトも特に気負うことなく、何気ない会話の延長としてこう尋ねる。


「お前は、元の世界に帰りたいか?」


 彼女は少しの間を置いて、


「……分からないわ。分からない……」


 元の世界が嫌いだったのか、今の異世界が好きなのか。

 そういう話ですらなくて、ただ彼女は分からないのだと、透明な声で繰り返した。


 自分の気持ちに、存在に、確固たる自信を持つ事が出来ないから。

 何もかも失くして分からなくなって、独りで、怖くて、寂しくて。それから今日までずっとそのままだから。


「でもね、アーマナイトの続きは見たいの」


 どうして好きなのかはやっぱり分からないけれど、記憶を失ってからもずっとその感情だけは覚えている。

 確かに私はそう思っているのと、彼女は確かな口調で断言する。


「ブレイヴやレムナント・ホープ、あなたやみんなのカッコイイ所をもっと見たい。もっとずっと、そうやって誰かの為に頑張る姿を応援していたい。……声援を、届けたい」


 そう思う理由はやっぱり分からなくて、ただ好きだという感情だけが分かっていて。


「そうしているとね、嬉しいの、私。とっても、とってもよ?」


 胸が燃えるように熱くなって、同じくらいに心がふわふわ温かくなって――そうして何だか泣きそうになる。


 私のこの『好き』は噓じゃない。


 確かなモノに縋りたいからそう思うのではなくて、真実その通りなのだと、私の覚えていない私が覚えている事を自覚できる。


 そう言ってシュナが浮かべる笑みは優しく温かで、とても魅力的な笑みだった。

 その笑顔を見ていると胸の奥がキュッと締め付けられる。

 どこか寂しく、切なくなる。

 それはきっと、何故か無性に懐かしく感じるこの夕焼け空のせいなのだろう。


「だから、私。アーマナイトの続きが見たい。元の世界で、皆と一緒に」

「そうか……」


 使命感のように思っていた。


 アーマナイトとして、この子を無事に元の世界へ帰すんだと。


 けれど、共に旅をする中で、人と関わる事にトラウマを抱える彼女がククリカと少しずつ打ち解け、アクトにも心を開いてくれて。

 そうした姿を見ている内に何が彼女にとっての幸せなのか、どうすれば彼女を救えるのか、以前より真剣に考えるようになったのだと思う。


 世間一般の常識に当て嵌めて、画一的で定型的な当たり障りない正しく見える模範解答に満足するのではなく、シラト=シュナにとって本当に必要な救いとは何なのか、彼女が求める幸せとは何なのか。その答えを見つけてやりたいと思っている。


「なら、シュナだけじゃなく、俺もマナトもきちんと帰らねばだな」

「あ、当たり前でしょ⁉ 何言ってるのよ、あなたってば縁起でもない。兄様は当然として、あなたもいないとお話にならないじゃない……っ」

「ノーコン主人公でもか?」

「そ、ノーコン主人公でも!」


 ――元の世界へ帰りたい。彼女は確かにそう言った。


 だから、彼女のその願いを叶えたい。そう思う。

 助けを求められたなら、それに応えるのがアーマナイトなのだから。 


 ……けれど。

 けれどもし、彼女が元の世界へ帰りたくないと言っていたら?


 その時アクトはどうするべきなのだろう。

 何が正しくて、何が間違いで、彼女の為に何が出来るのだろう。


 叶えて欲しい願いと、叶えるべき願いはきっと違う。

 噓と虚構が似て非なるものであるように。

 現実が理想を容易く裏切るように。

 きっとそこには、致命的な断崖があるのだ。


 突発的に始まった鬼ごっこに馬鹿みたいにはしゃいで笑った二人は、再び訪れた穏やかな時間に時折言葉を交わしながら黙々と隣り合って街を歩く。

 決して悪くない。波間に揺れる微睡のような、優しい沈黙に包まれて。


「ん、」


 そんな沈黙を唐突に破ったのは、投げやりに差し出されたシュナの左手で。


「……繋いで、いいけど……」

「ああ、はいはい。かしこまりました、お嬢様っと……」


 ぶっきらぼうに差し出された掌を苦笑交じりに迎え入れ、離さないように優しく握った。


「……け、結構。た、たいへんによろしくてよ」


 尊大に、大仰に。しかし羞恥を堪える彼女の言葉に、アクトは思わず吹き出してしまって。


「……ぷっ、何だそれは、お嬢様キャラのつもりか?」

「う、うるさい……っ。いいのよ別に、そういう気分だったの……こ、こんな事でも言わないと誤魔化し効かないじゃないっ、ばかばかばかばか……!」

「分かった分かった、俺が馬鹿だった。だからあまりポカポカと殴るな、痛いだろう?」

「誰が痛い子よ⁉」

「いや言ってないが……」


 緑照らす陽は落ちて、森の都には夜が訪れる。ぽつぽつと灯り始める街灯は、その全てが魔法の灯り。

 電灯よりもどこか温かく揺らめく様は幻想的で、感傷的な気分になる優しい光。


 そんな明かりに包まれていると、シュナの頬はいつもより赤く染まって見えた。


「……今日は、ありがと」

「ん?」

「あの……一緒にお買い物して、色んな所を見て、楽しかったから。だから、ありがと」

「そうか。シュナはちゃんと礼が言えて偉いな」

「別に、これくらい当然――って、ちょ、頭を撫でないで! フード落ちちゃうでしょ⁉」


 乱暴に頭を撫でられ、シュナは嫌そうに身を捩りウサ耳フードを被り直そうとする。

 アクトはそんなシュナの抗議に手を止めるのではなくむしろ撫でる勢いを強め、響く少女のどこか楽しげな悲鳴に声をあげて笑った。


「けれどな、シュナ。子供がそう大人に気を遣う必要はないんだぞ? それに、俺だって今日は楽しかったし、何よりシュナのおかげで元気が出た。ありがとうな、シュナ」

「ふ、ふぅん。そうなんだ」

「ああ、そうだ。だからむしろ、俺の方がシュナに何かお礼をしたいくらいで――」

「――あ、明日っ!」


 と、アクトの言葉を遮る形で、シュナが突如大声を張った。


 そんな自分の言動を恥じ、後悔するように蒼い瞳に涙を溜めて――けれど今更口を噤む選択肢はもっとあり得ないと、シュナは上目遣いで尋ねてくる。

 少しの不安と、大きな期待に胸を膨らませながら。


「明日も……その、一緒にデー……じゃなくて、あ、遊べる?」

「そうだな……今日はほぼ商店街しか回れなかったしな。街の防衛の為にも、さらなる下準備は必要かもしれん。シュナは、どこか気になる場所はないのか?」

「――え、あ、あのっ。私、あそこいってみたい! お店の人が話してた大きな樹! そこのてっぺんでね、私ね――」


 他愛ない話を重ね、思い出を積み上げて、いつかそれが絆と呼ばれるものになればいい。

 何気ない日常をこれからも彼女と重ねていくのだと。

 アクトは自分より少し高い彼女の体温を掌に感じながら、ご都合主義めいた大団円が訪れる明日を子供みたいに祈っていた。


 ――望む現実と訪れる現実もまたどうしようもなく違っていると、知っているから。


 だからこそ、どうしようもない噓で虚構で思い込みで、望む真実をでっちあげるのだ。

 魔王襲来の未来に蓋をして、せめてシュナと過ごした今日だけは穏やかであってくれ、と。


 そうして、ククリカが予約してくれた宿に着いた二人は豪勢な夕食を食べ久しぶりの湯船に浸かり――エルフに風呂の文化があるとは嬉しい誤算だった――心穏やかに床に就く。


 前々から思っていたが、シュナは夜になると日中の虚勢や強がりが噓のように甘えてくる事がある。

 今日はどうやらその日のようで、一緒のベッドで寝ると駄々をこね、その癖別に寂しい訳ではないと意固地になって騒ぎ立てるものだから落ち着かせるのに苦労した。

 結局シュナが寝入るまでの間と約束して同じベッドに入っているのだが……やましい事がある訳ではないのに、マナトに対して言い様のない罪悪感があるアクトだった。


「……ねえ、あったかいわね」


 くすくすと、何がそんなに楽しいのか、シュナは内緒話をするように俺に囁く。


「ああ、お陰様でな。まさか寝る前に汗を掻く羽目になるとは思わなかったが」


 折角風呂にも入れたのになと、軽く皮肉ると、シュナは拗ねたように頬を膨らませた。


「むぅ……そういう事言ってるんじゃないのに……意地悪……ばか」


 子供らしくコロコロと変わる表情が、昼間の強がりなシュナとの落差が可愛らしく、ついからかいたくなってしまうのだ。アクトは苦笑交じりに頭を撫でてやりながら、


「冗談だ。だからそうブスっとするな。ああやって騒ぐのも、実は楽しいと思ってた所だ」

「本当? 噓じゃない? き、嫌いに……なってない? 私の、こと……」

「あのな、前にも言っただろう? 何があっても俺がシュナを嫌いになる事はないと。だからほら、ちゃんと布団をかけておけ。風邪を引くぞ」

「はーい。……えへへ、なんかアレね。こうしてるとホントに家族みたいね」


 ずり落ちかけていた布団をかけ直してやると、シュナは嬉しそうに笑った。

 その笑顔が俺もなんだかどうしようもなく嬉しくて、


「……別に、本当も噓もないだろう」

「え?」

「マナトの妹という事は、俺の妹でもあるという事だからな。俺はお前を守るし助けるし、絶対に裏切らない。マナト同様に信じていいと約束する。だから別に、お前がそう思いたいのであれば……まあ、その。なんだ、俺のことも家族と思って貰って構わないという事だ。ああ、勿論お前が嫌なら強制はしないが……」


 やたら早口になってしまったそんな宣言に、布団にくるまるシュナは驚きの滲む沈黙を返す。


 そうして、言ったアクトが不安になってしまうくらいの時間が流れていって、


「そっか……そう、なんだ。それはとっても、こそばゆくて……でも、うん。嬉しい」

 宝物をその掌でぎゅっと握りしめ包み込むように呟いて、彼女は小さくぼそりと、俺の耳元で甘えるように囁いた。

「……ねえ、名前」

「ん?」

「……わたし、その。あなたを。あなたの、名前――」


 どこか遠慮がちに口ごもるシュナの態度に、俺は得心がいって苦笑交じりに頷く。


「ああ、なんだ。そんな事か。俺達は家族だからな。遠慮などする必要はない。名前で呼ぶくらい訳ないさ、いくらでも呼んでくれ。俺もシュナと呼んでいるだろう?」

「――――、……。そっか。なら……うん。分かったわ。私も、そうする」


 そんな俺の言葉にシュナは安心したように頷いて、俺の身体に頭を寄せて、そのままゆっくりと瞼を閉じていく。


「……ねえ、ハルト」

「ん、なんだ。シュナ」

「………私、本当はあなたの――……ううん、やっぱり何でもないわ。お休みなさい」


 何かを言いかけ、けれど結局言葉にならず。それでもシュナは嬉しそうに、夢の世界へ落ちていく。健やかな寝息を立てるシュナの寝顔を眺めながら、アクトは祈るように呟いた。


「――ああ、お休み。シュナ」


 願わくば、彼女のこんな穏やかな表情をずっと眺めていたい。そんな事を思いながら。

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