【短編】王様から貰ったのは「どこでもラーメンが食べられる箱」だけ~ラーメン啜って魔王を倒す大冒険~
「さぁ、若者よ! 今こそ魔王を倒す旅に出るのじゃ!」
ノホホン城・謁見の間にて。
俺は今日、王に選ばれて魔王と戦う旅に出ることになる。
この日のため、俺は特訓の日々を送ってきた。
体を鍛え、武器を素振りし、模擬戦を繰り返し……。
何千、何万と剣を振り、俺は剣士として1人前となった。
「王様……必ずや、魔王を倒してみせます!」
俺は決意を胸に、王の目を見つめる。
「苦難の旅を強いることになるじゃろう……我が王家に伝わる伝説の秘宝を授ける。」
王は指で合図し、配下になにかを運ばせる。
きっと伝説の剣とか、鎧とか……俺はその力で、魔王を倒す!
「本来はこのようなものを渡すべきではないが……どうか、旅の役に立ててほしい。」
そして王から賜ったものが……?
「この『どこでもラーメンが出てくる箱』を!」
「……は?」
なんだ、その古びた鉄の箱は。
伝説の剣は? 伝説の鎧は、アーティファクトは?
「あの、その……もっとこう、良いものはないんでしょうか?」
「贅沢言うでない!」
俺に反論するのは、王に仕える右大臣だった。
「魔王討伐に旅立ったのはお前で百人目! 当然99人は帰ってきていない!
たとえ王宮と言えども、財源は無限ではないのだぞ!」
「うぬ……最初は良い武器を渡していけたんじゃが……。
38人目ぐらいから国防費の無駄という声も挙がりはじめたんじゃ。」
思った以上に世知辛い事情で、俺が割を食っていた。
「しかし魔王が倒せていないのに、派兵を打ち切るのは世間体に響く。
話し合いの結果、進呈品も年々縮小傾向になりまして……。」
そう続けたのは左大臣。現状を懸念しているようだが、それなら今からでも止めてくれ。
「しかし若者よ、これはれっきとしたアーティファクトなのじゃ。」
「ほ、本当ですか王様。ではどのような……。」
と、言われても。名前が『どこでもラーメンが出てくる箱』。不安しかないんだが……。
ラーメンとはなんだ?
「この箱の上部にある細い穴に金貨を入れるとな、食事が出てくる。
わしはそれを『ラーメン』と呼んでおる。とても美味じゃ。」
なるほど、この鉄の箱からは食事が出てくるのか。旅の途中でも食事に困らなさそうだ。
「……で?」
「それだけじゃ。」
そうじゃない!!
俺がほしいのは、魔王を倒すための武器であって、こんな便利グッズではない!
ましてや、保存食でなんとでもなる食事なんかに、金貨を使ってなんかいられない!
「さぁ、若者よ! ラーメンと共に、冒険の旅へ向かうのじゃ!」
「そ、そんなぁぁぁあああ!!!」
仮にも王令を受けた身であるため、俺は旅支度を始めた。
身内からの仕送りや、なけなしの貯金を使い、できる限りの装備を整えた。
金属製は高いので、革鎧で妥協。その代わり剣は高めのロングソードを購入。
あとは薬草や応急処置キット、お徳用の保存食30日分。水袋と飲み水も忘れない。
……そして鉄の箱。もとい『どこでもラーメンが出てくる箱』。一番邪魔だが、無下にもできない。
荷物は整った。愚痴を言うのも終わりだ。
旅立つからには、生きて魔王を倒し、帰ってくる。
「じゃあ、いってきます!」
父と母、友人たち、町の人……大勢の出迎えを背に、俺は旅立った。
―――ホノボノの森
かつては、子ども達が遊んだり、山菜や薬草を摘んだりできる憩いの森だったそうだ。
魔王が現れて以来、森はモンスターに侵攻され、今はモンスターの巣窟となっている。
訓練生時代は、ここでの採取で小銭を稼いでいたものだ。
その時は、先輩や仲間と共に、モンスターを狩っていた。
「―――っと、早速……ッ!?」
日も傾きはじめた頃、モンスターらしきものをみた……が。
見慣れた4足歩行の獣型モンスター・ボゴハウンドではない。二足歩行し、棍棒のようなものを握っている。
ゴブリン、という存在を聞いたことがあるが、まさかこの森にもやって来たのか?
「も、モンスターなら倒すだけだ! いくぞッ!」
俺はゴブリンの前へ飛び出していく。俺を見たゴブリンは、牙を剥きだし甲高い声を上げ威嚇する。
だが相手は1体。俺は臆せず、剣を振るう―――?
「ギャアァァァ!」
「ぐっ!? ふ……。」
太刀筋を避け、ゴブリンは俺の懐へ潜り込み、棍棒を振るう。
革鎧ごしに腹部に衝撃が走り、意識を失いそうになる。
「ギャアッ!」
「くっ、そォ!」
かろうじて意識を持ちこたえ、剣を振るう。追撃しようとしたゴブリンは、それを見て飛び退いた。
呼吸を荒げながら、剣を構え直しゴブリンを睨む。
「こんなヤツに、負けて、たまるかァ!!」
かくして、ゴブリンとの初戦闘は長期に及び、何度か手傷を負いつつも剣を振るい……。
そろそろ日も落ち始めようという頃。
「これでェッ、とどめッ!」
「ギャアアアァァァ……。」
ロングソードが急所を貫き、ゴブリンは断末魔の叫びを上げる。
貫いた場所から瘴気を吹き出し、ゴブリンは魔石を残して霧散した。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっと、倒せた……。」
からくも長期戦を制し、生き延びたものの。
冒険初日の戦果は、モンスター1体のみという情けないものだった。
適当な場所で焚き火をつけ、キャンプをはじめる。
ゴブリンから受けた打撲痕を治療するため、薬草をすりつぶして湿布にする。
これは打撲に効き、鎮痛作用があるトンデケ草だ。この森だとよく生えている。
「いてて……ゴブリンの野郎、こっぴどくやりやがって……。」
すぐさま治る、わけではないが。痛くて眠れないという事態は避けないといけない。
ましてや、モンスター1体に怖気ついて町に帰る、なんてこともあってはならない。
「はぁ……俺、やっていけるのかな。」
訓練生時代、町で1番の戦士とちやほやされていたが、たった1匹のゴブリン相手にこれだ。
俺は特別な人間だ、などと増長していただけだったのかもしれない。
ましてや伝説の剣など、相応しい存在ですらなかったのだろうか。
「……腹、へったな。」
ふと、鉄の箱が目に留まる。『どこでもラーメンが出てくる箱』だ。
1度も使わずにいるというのも無粋だし、この際使ってみようか。
「王様は金貨を入れて、とか言ってたが……そんな贅沢なことできるわけがないし。」
武器のためにも資金は浪費できない。とりあえず、大銀貨を1枚使ってみる。
これでも、金貨1枚の半分の価値がある。パンが1斤買えるほどだ。
「パン1斤分だぞー、これで何も出てこなかったら怒りますよ王様。」
そう言いながら、箱の上部にある投入口に、大銀貨を入れる。
チャリン、と音を立てた後、妙な異音が響きだす。
「な……なんだ、何が起こる?」
ざわめく森と虫の鳴き声が響く森で、鉄の箱は“コォォォ……”と不思議な音を鳴らしている。
やがて、“チンッ”と高い音を鳴らし、静かになった。
「落ち着いた。……ん、なんだこのニオイ……!?」
すると、箱の中から良い香りが漂ってくる。間違いなく、食べ物のニオイ。
それを確かめるべく、箱を開けてみる。
「えっと、ここがこうなってて……こうか! うおっ!?」
そこにあったのは、大きな器に入ったスープだった。
スープの中には何か紐状のものが沈んでおり、上には野菜や肉が添えられていた。
とても大銀貨1枚で食べられるものじゃない、貴族の食べ物がそこに入っていたのだ。
「なんだ、これ……。これ食っていいのか!?」
王からの進呈品で、俺が大銀貨を払って出てきたものだ。
食べていいんだ、そう自分に言い聞かせながら、その器を取り出す。
器には、歪なスプーンがついていたため、まずはスープの味を確かめる。
「……うまいっ! きれいな水だ……! 味も、ニオイも! なんだこれ!?」
スープだけでもわかる、その美味さ。きれいな水を使い、具材を煮込んだことがよく分かる。
だが、この味はなんだ? 香りはどうした? まるで水自体に味や香りがつけられたような、不思議なスープだ。
「さて、この紐は……?」
持参の手荷物からフォークを取り出し、紐を掬い出す。とても綺麗な紐だ。
とりあえず口に入れてみるが……。
「……なるほど、うまいっ!」
パンやイモとは違う食感、だがこのスープにはこれが合う。
思わず勢いよく、ずるずると啜ってしまう。とても心地良い。
「そして……。」
スープに浮かぶ、肉。これもきっと高級品だ。今まで食べたことのない肉の味がする。
いったいどのような家畜から、このような肉が取れるのだろうか。
「うまいっ、うまいっ……!」
特別好きでもない野菜も、このスープとなら美味しく食べられる。
紐も、野菜も、肉も、スープも!
どれもすばらしく、そして美味かった。完食には、そう時間は掛からなかった。
「ごちそうさま……。」
久しく口にしてない言葉を放った気がする……。
大銀貨1枚で、ここまで満腹になれるとは思わなかった。
「……そういえば、あの王様、けっこう太ってたよな。」
こんな美味いものを毎日食べてたら、そりゃああなるよな。
俺だって毎日食べたいぐらいだ。
「……明日もがんばるか。」
ゴブリンにやられた痛みも忘れ、その日はゆったりと眠りについた。
早朝。
ドライフルーツをむさぼりながら、今日の計画を立てる。
まず、『ラーメン』は1日1回とする。朝に食べるのも贅沢だ。夜か、どうしてもという時は昼にする。
そして、今日のノルマはゴブリンの討伐だ。
先日の痛みを糧に、危なげなく倒せるようになりたい。
当然、モンスターを倒した時に出る魔石も、稼ぎになるため集めたい。
「森を抜けるまでに、魔石10個……とりあえず、やってみるか!」
荷物をまとめ、森を進んでいくと、やはりゴブリンに遭遇する。それも2体。
正直、尻尾を撒いて逃げ帰りたいところだが。
「戦うって、決めたんだ!」
剣を抜き、ゴブリンに目掛けて跳び掛かる。俺を見たゴブリンは、牙を剥きだし甲高い声を上げ威嚇する。
ここまでは、前回と同じまま。
しかし今回は、剣を振らずにゴブリンの様子を見る。
ゴブリンは、それぞれ棍棒を振りかぶってこちらへと駆けてくる。
「ならっ!」
「ギャアッ?!」
片方のゴブリンが振り下ろそうとする棍棒を、剣先で受け流していく。
そうしてできた隙に、一太刀を浴びせる。ゴブリンは避けようとしたが、浅いながらも傷を負った。
「ギャアァァァ!」
その時、もう片方のゴブリンが俺の腹部に目掛けて棍棒を振る。
だが、それも経験済みだ。
「ふっ! ッ!……ふぅ。」
腹筋に力を入れつつ、大きく飛び退く。少し衝撃はあったが、先日ほど深くはない。
攻撃を少しだが、いなすことに成功したようだ。
「ギャッ……。」「ギャア……。」
「ゴブリンども、俺は単純じゃないんだぞ……!」
ゴブリンは、あえて言うなら「獣と人間の中間」だ。
獣と違って道具を使い二足で身をこなすが、人間と違って単純で加減を知らない。
戦い慣れたボゴハウンドとも、加減のある模擬戦とも違う。
だがそうと分かれば、戦い方に見えてくることもある。
先日の苦い長期戦が、一睡を経て経験として実になったような感覚がある。
ゴブリンを舐めず、その行動を観察し、常に警戒して戦えるようになっていた。
「ギャア!」
片方のゴブリンが、しびれを切らして跳び掛かる。しかし隙が大きい。
攻撃を見極めつつ、首元にめがけて剣を振るう。
「だぁりゃあああぁぁぁ!」
「ギッ!」
ゴブリンの首は綺麗に吹っ飛んだ。首元からは瘴気が噴き出しながら膝をつき、やがて霧散して魔石を落とす。
俺はもう片方のゴブリンに向け剣を構え直す。ソイツは若干たじろぐが、威嚇して棍棒を振り回す。
「ギャアッ、ギャアッ、ギャアァァァ!」
「よっ、ほっ、とっ……。」
相手が1体になったため余裕はできたが、無理に攻めはしない。
連続して振り回しているところに押し込むよりは、止まる瞬間を狙うほうがいい。
「ギャアッ、ギャアァ、ギッ……。」
「そこだっ!!」
疲れて手が止まる瞬間、ロングソードで急所を突く。
突いた場所から勢いよく瘴気が噴き出した。
「ギャアァァァアアア……。」
その背が地につくより早く霧散し、魔石を遺した。
「まずは……2個!」
先日とは比にならないほどの安定感だ。時間もさほど掛かっていない。
『動きを読んだ攻撃』という、模擬戦でできているつもりになっていたことが、実戦レベルになりかけているようだ。
「少し、呼吸を……整えてから、いこう。」
慢心はできない。もう少し戦って、経験を積んでおきたい。
魔石を拾いつつ深呼吸を終え、俺はまた歩き始めた。
「―――おっと、もう着いたのか。」
ホノボノの森の出口が見えた。
結局、今日は8体しか倒せなかったが、上々の結果としておこう。
我ながら、だいたいの戦闘はだいぶ安定したと思える。
ゴブリンとボゴハウンドが同時に襲い掛かってきたときは、対応が難しく苦戦したが。
しかし大怪我もなく、自力で手当てできる程度の細かい傷で済むようになった。
日はまだ傾き切っていない。もう少し戦える気もするが、無理をするのも危険か。
先日のと合わせて、魔石は9個。宿代になるといいんだがなぁ。
―――ツギツギ町
昔は、ノホホン町とも積極的な交流がなされていた町だそうだ。
森にモンスターが蔓延るようになってからは、交流の頻度も減りつつある。
町民がざわついているようだが、まずは〈モンスターギルド〉へと向かう。
〈モンスターギルド〉とは、モンスターに関する研究や対策を行う巨大組合。
魔石をはじめとしたモンスター素材の加工や利用に関する技術を有しており、世界中の人に貢献しつつ魔王の対策を編み出そうとしている。
各国の王と連携……というか、癒着? しつつ、儲けながら現状維持を担っている。
俺たち庶民にとっては、魔石を買い取ってくれる場所でしかないがな。
「すまない、買い取ってくれ。」
「はい、ただいま。……ってえぇ!?」
なぜか受付嬢に驚かれた。大したものは持ってきてないと思うんだが。
「……もしかして、ホノボノの森を抜けてきましたか?」
「あぁ、何か問題でもあったか?」
「最近、ゴブリンが出たと報告が入ったんだ。」
受付嬢との会話に割りいって、大斧を背負った男が話しかけてきた。
「ゴブリンは獣を喰らって増えると言われていてな、森で増えると厄介だ。
軍勢になってから近隣の町を襲い始めると手が付けられないだろ。」
「なるほど、確かにそれは厄介だ。」
「それで、ギルド側で臨時報酬を出して討伐依頼を出していたんですよー……。
これ、ゴブリンの魔石ですよね。」
そうだぞ。なかなか時期が良い、報酬が弾みそうだ。
「ほう……一人旅でゴブリンを……?」
「そうだ、が……。」
怪しい目つきで男に睨まれる。疑われているというより、値踏みされているような……。
「集計が終わりました。一部、ボゴハウンドのものがあったので、この値段になります。」
受付嬢が貨幣を持って帰って来た。金貨4枚と、銀貨がちょっと。
とりあえず、今日の宿代はなんとかなりそうだ。
「おい、まだ体力余ってるか?」
「一応あるが、なんだ?」
「俺の勘だと、まだいると思うんだ。ゴブリン。」
ふむ。丁度ノルマとした魔石10個には足りていない。
稼げるときに稼ぐ、という考え方もある。提案に乗るのもいいな。
「エールを奢ってやる。1杯やってからいくぞ!」
「待て、なんで俺なんだ? 別に他にもいるだろう。」
「それも勘だ。お前といると、儲かりそうだ。」
なるほど。この男の勘は当たりそうだ。
「俺の名前はジルド。よろしくな!」
「こちらこそ宜しく頼む。」
再びホノボノの森に訪れ、今度は足を踏み入れないような深くへと探索する。
今のところ、小動物の気配はするが、モンスターの姿は見えない。
「むぅ、勘が外れたか?」
「おいおい……もう少し探索しようぜ。」
少し不安になりつつも、日が暮れないうちは根気よく探索を続けた。すると……。
「居たッ……!」
「数は……5体ッ……!?」
俺が戦ったのは2体同時までだ。5体の群れ……そんなものに遭遇していたら勝ち目もなかっただろう。
森を抜けられたのは、運が良かっただけだったのかもしれない。
「だが、2人ならいける! いくぞォ!」
ジルドが飛び出すと同時に、俺も剣を抜いて飛び出す。
ゴブリンが甲高い声を上げて威嚇をする。が―――。
「待て! 一旦様子を見ろ!」
「なっ!?」
俺の声に反応し、ジルドが止まる。と、ゴブリンの群れの後方から、何か素早いものが飛んでくる。
ジルドは大斧を盾にし、それを弾く。飛んできたものは地面に落とされた。
飛んできたもの……それは、矢だ。
「弓兵……?!」
「様子がおかしいと思ったら……。ゴブリンが弓兵をつくったのか……!」
今までは、威嚇して棍棒を振るうだけの接近戦しかしないモンスターだった。
それが、弓矢という遠距離武器を持って扱うことができるとは……。
しかし、この状況でも勝ち目がないわけではない。2人なら。
「先に弓兵を潰す。俺が突っ込むから他を食い止めてくれ。」
「っ! 分かった、なら俺の合図の後に飛び出せ。」
ジルドは腰の小斧-トマホーク-に手を掛ける。俺は合図を待ち、突撃の構えを取る。
ゴブリン達は今にも跳びかかろうとしていた。
「今だっ!」
ジルドの投げたトマホークが、ゴブリン達をかき分けるように飛んでいく。
そのトマホークに続くように、俺はゴブリン弓兵へ目掛けて突っ込んだ。
「ギャギィ!?」「ギャア!」
当然、俺の背を前衛ゴブリンどもは狙うだろう。だが、俺は臆しない。
「こっちにもいるぞ、ゴブリンども!」
俺の背後ではジルドが大斧を振り回していた。
目立つ大斧は警戒を誘う。ゴブリン達は大斧から逃げるのに意識を奪われたようだ。
「ギィ……!?」
「お待たせだ、弓兵野郎。」
俺はゴブリン弓兵にロングソードを向け、弓の弦へ刃を掛ける。
弓兵はあわてて飛び退くが、気づいたときには遅い。弦は切れてしまった。
「ギィィィーーー!?」
「乱暴なんだよ、お前達は。はっ!」
ゴブリンは、力加減を知らない。武器は摩耗しやすく、また、落とすまいと強く握っている。
弓という繊細な武器を扱うには、まだまだ熟練度が足りなかったようだ。
武器を失った隙にロングソードで一太刀し、ゴブリン弓兵は倒れた。
「弓兵は倒した!」
「よくやった! あと4体だ!」
ジルドは大斧を振り回しつつ、金属鎧で攻撃を受け止めていた。
ゴブリン達は大斧から避けつつ、隙をうかがうのに夢中だ。
俺のことも、弓兵がやられたことも気づいていないのかもしれない。
「ギャアッ!」「ギャアア!」「ギャギィ!」
大斧の軌道にならない位置で、ゴブリンが避けた瞬間を狙う。
すると、ジルドが大斧を振るい、ゴブリンに背を見せる瞬間があった。
「ギャアァァァ!」
「させないっ!」
ジルドの背を狙うゴブリンの首をばっさりと切り捨てる。
「よくやった! だぁりゃあぁぁぁ!」
「ギャギッ!」「ギャン!」
すると、ジルドは渾身の力で大斧を振り回しはじめる。
邪魔にならないように俺は避けたが、ゴブリン達は避けきれず、3体同時に切り裂かれた。
「ふぅ……。」
「やったな!」
俺はトマホークを拾い、ジルドに渡す。
「良い斧捌きだった。おかげで助かったよ。」
「お前こそ、ナイスガッツだ! 瞬発力もある、良いハンターになるぞ!」
お互いに笑い合い、倒したゴブリンの魔石を拾い集める。
「取り分は2:3で良いか?」
「いや! 換金してから山分けでいいだろう。そういうものだ!」
それはありがたい。まぁどちらにせよ、ノルマは達成としよう。
「もう少し探索だけして、帰還するか。」
「そうだな……。」
日が暮れるギリギリまで探索したが、これ以上ゴブリンを見かけることはなかった。
「……正直、あのゴブリンは今倒して正解だったと思うぞ。」
ジルドが唐突に口を開く。
そうだろう。連携も浅く、弓の熟練度も低かったのは『できたて』だったからだ。
もし巧みな連携と充分な弓捌きを会得していたら……それは脅威というほかないだろう。
それが増殖し、この森を根城とすれば……近隣への被害はどうなるだろうか。
「俺たちが倒したおかげで、この森は救われたのかもな。」
「ははは! この森の英雄ってことだ!」
ふと、先日の今頃を思い出す。
ゴブリンにこっぴどくやられ、ひどく落ち込んでいたものだ。
その俺が、森の英雄、か。
それはちっぽけな称号に思われるかもしれないが、俺にとっては偉大な1歩だった。
その後、ツギツギ町に戻り、モンスターギルドで手続きする。
探索した時間と範囲、ゴブリン弓兵の情報、魔石5個……。
それらを換算し、金貨11枚という戦果となった。
当然山分けとなり、金貨5枚と大銀貨1枚で分け合った。
しかし。
「店じまいってどういうことだよォ!」
「すまんな、もう何も残っとらん。」
手続きに思いのほか時間が掛かり、飯屋が閉まっていたのだ。
当然、晩飯はまだ済ませていない。
「なんか出してくれよォ、金は払うから!」
「残念だが……ないものは売れん。」
まぁ、俺には何の問題もない。
「おっちゃん、テーブルだけ貸してくれないか?」
「ん? まぁそれなら……。」
「おい、なんだって言うんだ?」
ジルドが目を丸くしてこちらを見る。俺はニッと笑みを浮かべ。
「良いもの食わせてやるよ。」
テーブルに着くと、俺はテーブルの上に鉄の箱を置く。
「なんだ、まさかこの箱から食べ物が出るって言うんじゃあるまい?」
「そのまさか、さ。」
俺は昨日のように大銀貨を1枚入れる。
静かな夜に、“コォォォ……”という不思議な音が響く。
やがて“チンッ”という音とともに、良い香りがたちこめる。
「なっ、なんだこのニオイは……!?」
「ラーメン、さ。」
俺は『どこでもラーメンが出てくる箱』からラーメンを取り出す。
昨日とはスープの色が異なるが、美味しそうなのには変わりない。
「ラー……メン??? なんだこれは、俺も使っていいのか!?」
「当然だ。大銀貨を入れてみろ。」
ジルドも大銀貨を投入する。音が鳴り止むと、もうひとつのラーメンができていた。
「おぉ……おおおぉぉぉ!」
「感動してないで、食うぞ。」
2人分揃ったところで、俺はラーメンの紐……メンを啜る。
今回のスープは、濁っているがとても良い香りがする。これもなかなか良い。
それに、毎日同じラーメンでは飽きてしまうかもと思っていたが、この工夫があれば飽きなさそうだ。
「うおおおぉぉぉ! 紐がっ! スープがっ! 野菜がっ! 肉がうまいぃぃぃ!」
「叫ぶな。……気持ちは分かるけどな。」
最初はどうなるかと思ったが……こうやって誰かと一緒に食べるラーメンは、1人で食べるよりもずっと美味しかった。
「お前っ! 俺と組まないか!」
「俺には王令があるから、魔王を倒す旅をしているんだ。」
「そうか、魔王か……。」
周りにそそのかされて決めたような目標であり、王令であるが。
1度決めたからには成し遂げてみせたい。そう思えるようになれた。
「……よしっ! 俺も魔王を倒す旅についていこう!」
「おぉ。……おぉ?」
「お前となら、食いっぱぐれなさそうだしな! よろしくゥ!」
―――こうして、心強い仲間ができた俺は、魔王を倒す旅を続ける―――
―――これから、どんなモンスターが現れ、どんな窮地が起こるか分からない―――
―――だけど、この仲間と、ラーメンが一緒なら―――
―――この旅も、長く続けられる気がする―――
◆
「あぁ~……ラーメンが恋しいのじゃあ……。」
「王よ、今こそダイエットの機会ですぞ!」
「為政者たるもの、たるんだ贅肉を引き締めるべきです!」
「若者よ! はやく帰ってくるのじゃあああぁぁぁ……!!!」
友人が、TRPGのオリジナルデータとして考えた『どこでもラーメンボックス』を元に、かるく創作してみた物語です。
眠れない日のお暇を潰せたなら幸いです。
もしも評価が高ければ、魔王を倒すまでがんばって書こうかなぁ。と、リハビリも兼ねた小説でした。