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裏表②

 テレジオファミリーの屋敷に住み始めて数週間。この間、カリーナが出かける度に連れ回されていた。彼女が屋敷にいる間は一人で部屋にこもっていることが多く、独力で調べあげた兄の死に関する情報をまとめる。

 アルベルトに自分が知らない秘密があるとわかった以上、構成員にも話を聞きたいことが本音であった。だが彼らに嫌われているため、迂闊に話しかけることもできない。ロレンツォもできるだけマフィアなどと話したくないと思っていたし、マフィアの語る情報を鵜呑みにも出来なかった。おかげでせっかくテレジオファミリーに入り込めても、出来ることが限られているのだ。

 兄の死についてわかっていることは少ない。

 テレジオファミリーによって殺されたせいで、警察すらまともに捜査してくれなかった。

 兄が行方意不明となった時点で、父はドラッグの過剰摂取で死んでいた。母も心を病み、あれから一歩たりとも外出してない。善良な市民の人生が壊れても、警察はマフィアの報復の方が怖かったのだ。

 だから兄がイルマーレから離れたこのラクリマに通っていたことも、家族や友人にも明かさずテレジオファミリーと関係があったことも、素人探偵が四年もかけてなんとか見つけ出した、信ぴょう性の欠ける情報に過ぎない。

 ビッシリと書き込んだノートを睨んでいれば、部屋の扉がノックされた。来客が来るなど珍しいと顔を上げる。扉を開けば、さらに珍しい人物がいた。


「やあ、ロレンツォ。少しいいかな」


 そこに立っていたのはカルロだった。この屋敷の中で、誰よりロレンツォを毛嫌いしているのがカルロだ。顔を合わせるたび汚物を見る目で見られていたし、カリーナと会話をするだけで指先ひとつまで警戒するよう睨まれていた。

 それなのに彼は爽やかな笑顔を浮かべ、ロレンツォの部屋の前に立っている。


「これはこれは、過保護なお義兄様じゃねえか。お前が俺に話しかけるなんて珍しいな。カポのお使いでもしに来たのか?」


 わざと煽るように言う。

 だがカルロは気にした様子もなく、彼の笑顔が崩れることはなかった。


「今日はカリーナが出かける予定もないし、君も一日暇だろう? ベルナルドと酒でも飲もうって話してるんだ、ロレンツォも一緒にどうかな」

「お前に虐められそうだからな。俺は遠慮しとく」

「君にはなにもしないよ。俺としては君なんか殺してやりたいけど、カリーナが望まないことをするつもりはないからね」


 悪びれずに肩をすくめられる。

 素直な言動は好感が持てるが、それとこれは別だ。

 カルロの真意を読み解こうと瞳を細める。ロレンツォの心中が伝わったのか、カルロは敵意がないと伝えるように両手をあげた。


「この前ベルナルドに聞いたんだろう? アルベルトがスタンフォードの犬だったって話」

「……ああ」

「君がカリーナを狙う誤解を解くためにも、その話を伝えておこうってことになったんだ」

「誤解だと?」


 尋ね返せば、真面目くさった仕草で頷かれた。その途端にこの男は胡散臭いという思いがつのる。


「とにかく俺の部屋においで。いいワインが手に入ったんだ、ロレンツォの歓迎会も兼ねて飲み明かそうよ」


 ニコリと笑みを深くされるが、拒絶は許さないという迫力に満ちていた。

 仕方なく彼について行き、カルロの部屋を訪ねる。

 アンダーボスというだけあって、当然だがロレンツォの部屋よりも広々としていた。荷物は極端に少ないが、僅かに置かれた家具のひとつひとつはセンスがいい。

 シンプルな部屋の中央には、ローテブルと革張りのソファが置かれている。その中央にはベルナルドが座っており、すでにワイングラスを揺らめかせていた。


「本当にそいつまで連れてきたのかよ」

「ベルナルドが言ったんだろう、ロレンツォも誘えばいいって」

「お前が乗るなんて思わなかったんだよ。顔も見たくねえってくらい嫌ってただろ、お前」

「ベルナルドが彼を気に入ってることも意外だけどね。いつの間に誑かされたのさ」


 揶揄うように言われ、ベルナルドが「出会ってすぐに口説かれた」と頬をつりあげる。もちろんそんな覚えはないロレンツォは、彼のお気に召した本当の理由などわからなかった。

 ロレンツォをベルナルドの隣に座らせると、カルロは窓際の机から椅子を引っ張ってくる。デスク用の椅子に腰掛けながら、空いた二つのグラスにワインを注ぎ始めた。


「悪いが、俺は兄貴の話を聞くためについてきただけだ。お前らと飲むつもりはない」

「あれ、もしかしてあんまり強くない?」

「お前らに勧められるものをおいそれと口にしたくないだけだ」


 ロレンツォは屋敷で出される食事や水にだって一切口をつけていない。いつも何かと理由をつけ、外で食事をしたり買ってきたパンを食べていた。

 それは毒などを警戒しての理由だが、公然とロレンツォを嫌っていると言うマフィア相手には、警戒し過ぎることなんてない。

 それなのにカルロは意外な理由だとばかりに目を瞬かせ、ベルナルドもくつくつと喉の奥で笑っている。


「思ったよりも慎重派だな。まあ、実際カルロには死ぬほど殴られたらしいし、警戒するのも当たり前か」

「あれは仕方ないだろう、ぶっちゃけロレンツォも悪い」

「開き直るなよ」


 ケラケラと笑う彼らは、一向にロレンツォを招いた本題に入る気配がない。話を促すべきかと苛立っていれば、カルロがワインを一口舐めながら視線を向けてきた。


「アルベルトが死んで五年になるんだっけ?」

「……四年だ」

「ああ、そうだったね。もうそんなになるのか」


 どうでもよさそうに言われ、こめかみがピクリと動く。

 ベルナルドはロレンツォを諌めるように溜め息をついた。


「アイツのああいう言動は、カリーナ以外の誰に対してもだ。いちいち気にするな」

「そりゃあ俺より構成員に嫌われてそうだな」

「それが何でか慕われてるんだよな、こいつ」

「人心掌握は得意なんだ」


 ケロリと答えるカルロは、「それで」と話を続けた。


「アルベルトの話だよね。アルベルトとうちの関係はどこまで知ってる?」

「……兄貴がテレジオファミリーの構成員と繋がっていたことだけだ。だが兄貴は警察官だったんだ。マフィアなんかに関わってたなんざ信じちゃいねえ」

「汚職警官なんかこの島じゃ珍しくないよ。実際、アルベルトはうちの証拠を消したり、邪魔なゴロツキを刑務所に放り込んだりしてくれたし。というか構成員と繋がっていた、なんてのは正しくないね。アルベルトは俺やカリーナ、先代のカポが見届けた儀式の中で血の掟を誓った正式な構成員だよ」

「……」

「兄貴がマフィアだったなんて信じねえ、とか叫ばないんだ」


 頬杖をつき、からかうように尋ねるカルロを鋭く睨んだ。

 正義感のかたまりであったアルベルトが、汚職警官だったなど──ましてやマフィアの構成員だったなんて信じられないのは本当だ。だがロレンツォが知りたい真実の為には、感情論は捨ておくべきだった。

 なにより実際、アルベルトの話を聞きに訪れたイルマーレの警察署では、兄の評判はあまりよくなかった。町では慕われていた兄が、どうして同業者にはあそこまで嫌われているのか問いただしても、誰もが曖昧な答えを返すだけだったのだ。


「そりゃあ汚職警官にとっては、政府の犬なんて煙たいだけの存在だろうさ。いつうちのファミリーと一緒に牢へぶち込まれるかわかったものじゃないからね。二重スパイほど生きにくい生き物もいないだろうよ」


 カルロは訳知り顔で微笑む。

 ブラウンの瞳は哀れみを帯びていた。その哀れみがアルベルトに向けられているのだと考え、ひどく苛立ってしまう。


「アルベルトは十八の頃からうちの売人だったんだけど、警察に入ったタイミングでスタンフォードに声をかけられたらしい。ずっと金に困っていて、スタンフォードが提示した大金に目が眩んだのだとさ。薬漬けの親や貧しい弟を養う義務があったんだから、長男も楽じゃないよね」

「……兄貴が売人だったなんてのも初めて聞く話だ」

「血の掟と同じくらい、ファミリーにとっちゃ重要なのが沈黙(オメルタ)だ。見ざる、聞かざる、喋らざる。決してファミリーの情報をよそ者や政府に話してはならない。徹底されたオメルタで構成員すら誰が仲間か全容を知らないし、この鉄則は市民にも強要される。君だって知ってるだろ?」

「だから俺は兄貴がなにをしてた知らなかったし、てめえらも部下の不始末に気づかなかったってか。言い訳にしちゃ随分と間抜けな話だな」


 露悪的に言うが、カルロが下手な挑発に乗ることはなかった。

 むしろベルナルドが、喧嘩はやめろとばかりに口を挟んでくる。


「当時は警察との関係も今ほど強くなくてな。金こそ掴ませてたが、情勢次第じゃいつうちが切られてもおかしくなかった。だから内部に監視役をひとり置くべきだってカルロが言い始めたんだ。そのときにカポ・レジームが集まって、アルベルトが適任だって話になったんだとさ」

「あんまり言いたくないけど、先代のカポは最低最悪のクズ野郎でね。自分の欲しか考えないせいで、ステラルクスだけじゃなくファミリーまで腐らせやがったんだ。身内を警察にいれるなんて掟破りも、あいつがいなきゃせずにすんだことだよ」


 忌々しそうに言うカルロは、本気で先代を嫌悪しているらしい。それは先代と血縁関係にあり、孤児となったカルロを引き取った男に向ける感情には到底思えなかった。

 先代のカポ──マッテオ・テレジオは、確かに組織のトップには相応しくない男だったらしい。

 無茶な商売でテレジオファミリーの権威を全盛期よりも落とし、そのせいで一時期は島民から失望されていたことは知っていた。ロレンツォが抱えるマフィアへのイメージも、この頃のテレジオファミリーへの感情がもとになっている。

 とは言え当時から構成員であったカルロに、ここまでの嫌悪感を持たせる程の器量しかなかったのか。それもマッテオは、カルロが愛してやまないカリーナの実父であるのだぞ。

 そんなことを考え込むロレンツォにも構わず、彼らは話を続けた。


「そのときは俺もまだ下っ端だったし、アルベルトと話したのだって数回だけだ。それでもあいつは間違いなく、名誉あるステラルクスの男だと思った。金なんかのために誇りを捨てる馬鹿じゃねえよ」

「でも実際、ファミリーを裏切って死んでるだろ。その事実はベルナルドがあいつへどんな幻想を抱いてようと揺るがないさ」


 裏切り、という言葉に喉が上下する。

 アルベルトが構成員だったなんて信じ難いロレンツォにとって、まだ良心の呵責に耐えかねたアルベルトが組織の情報をスタンフォードへ流していたという方が救いがある。例え金のためだったとして、兄には正義の側でいて欲しいと願うことは無理からぬ話だ。

 気がつけばカルロのグラスが空になっていた。僅かに濡れそぼつグラスに、血の色をした液体が注がれる。高い酒を、彼らは水のように飲んでいく。


「挙げ句の果てに、寝返っただけじゃ飽き足らず、アルベルトはファミリーの金にまで手をつけたんだ」

「は?」

「だからアルベルトは、うちの大事な顧客情報やドラッグ、密輸の販売ルートをスタンフォードに流していたんだよ。金で買収された情報だし、裁判沙汰にはなってないが、うちは販売ルートを潰されて大損害さ。しかも欲を出して五キロもの麻薬を掠めとりやがった。これだけじゃなく、アルベルトは一番やってはいけない殺しまでしたんだよ」

「殺し、って、誰の……」

「それは俺の口からは言えないさ。ただうちのメンツを潰すにはじゅうぶんの働きをしてくれたんだ」


 「つまるところ、アルベルトが死んだのは自業自得さ」。そんな言葉で締めくくられ、無意識のまま拳を握りしめる。

 カルロの説明を鵜呑みにするつもりはない。肝心の真実にだって触れていない気がするのだ。

 語られたアルベルトの過去は、到底ロレンツォが知る兄とは重ならなかった。カルロが真実を語っているのだとすれば、同姓同名の誰かだと言われた方が納得出来る。

 それでも確かに、四年前テレジオファミリーのドラッグを横取りした馬鹿がいたという噂は聞いたことがある。裏の人間は時おりそのことを話題にし、哀れな盗人の末路を想像しては、酒の肴に変えていたのだ。


「アルベルトはうちの奴らから評判は良くなかったが、俺は結構好きだったぜ。頑固で融通きかずだったな。兄弟だからか、そういうところはよく似てる」


 そう言ったのはベルナルドだった。

 ぼんやりとする視界に彼をうつす。ベルナルドは前を見つめ、ロレンツォに寄り添うようなことを言いながら、その癖やはり、どこまでも興味なさげな目をしていた。


「ああ、ベルナルドだけは彼と仲が良かったもんね」

「あいつ、腑抜け面してたくせに気位は高かったからな。初めて会ったとき当時のカポ・レジームにいじめられてたんだが、ボコられながら尊敬もできない奴に頭を下げる気はないとか抜かしてやがった。本当によく似てるよ、お前ら」


 クツクツと笑われ、ベルナルドと初めて挨拶を交わしたとき、おかしそうな顔をされた理由がわかった。彼は自分とアルベルトを重ねて見ていたのか。

 ベルナルドは手元のワインを飲み干すと、すぐさまボトルに手を伸ばす。だが思ったよりも軽かったらしいボトルに渋い顔をした。その様子を見たカルロが、仕方ないといった仕草で立ち上がる。


「もう一本持ってくるよ。ご指名の銘柄はある?」

「地下のワインセラーにシャトー・ペトリュスがあっただろ。あれを持って来い」

「カリーナがいないのに高い酒をあけたがるんだから……しかもカポ・レジームごときが、アンダーボスを使いっ走りに使う気?」

「俺のパシリになれる名誉を噛み締めろよ、アンダーボス様」


 ニヤリと笑われ、カルロは諦めたように首を振る。

 彼が部屋を出ていくと、ベルナルドはロレンツォの為に注がれていたグラスへ手を伸ばす。彼の白い頬は、酒のせいで僅かに赤く染っていた。


「兄貴は、どうしてマフィアなんかの仲間になったんだ」


 握りしめた両手を見下ろしながらこぼす。

 ほとんど独り言に近く、返事など求めていなかった。だがちらりと視線を向けられる気配がする。


「なんか、とは随分な言い方じゃねえか」

「事実だろう。お前らは犯罪者だ」

「それを言うならロレンツォだって同じだろう。親にドラッグ入りの飯を食わせて殺したり、アルベルトの元同僚を通り魔に見せかけて殺してんだからな」


 何でもなさそうに言われ、勢いよく頭をあげる。ベルナルドはそんなに意外かとばかりに笑っていた。


「お前のことはずっと監視してたんだ。アルベルトが死ぬ前から、ずっとな」


 ベルナルドは思い出すように、口元に指を当てながらクツクツと笑う。「それにしても」と言う声は、普段よりずっと弾んでいた。


「初めての人殺しにしては手際がよかったみたいじゃねえか。俺達が監視を始める前からやってた(・・・・)のか?」

「……気持ちが悪い」

「気持ち悪いのはアルベルトとカルロだろ。何せ瀕死のアルベルトがお前の監視を嘆願して、カルロがその望みを叶えたんだからな」

「は?」


 また意味がわからないことを言われる。ひた隠しにしてきた秘密がバレていたことより動揺する話があるなんて、誰に想像出来る。

 どこまでも他人への興味が欠如したベルナルドの様子は、それ故に語る言葉が真実だと訴えていた。ロレンツォにも、アルベルトにも興味のない風体のベルナルドは、ただその奥にある真実を知りたいのだと瞳をギラつかせる。


「なあ、アルベルトはどうして俺達を裏切った? アルベルトとカルロは、いったいどんな関係だったんだ」


 そんなこと知るかと思う。むしろロレンツォが教えて欲しいくらいだ。

 冷たい地面で眠る兄は、いったいどんな秘密を抱えてあそこにいるというのか。

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