序章 神様の空間
初めまして、佐藤 綾音です。
今回は、長期連載を頑張っていきたいと思います。この作品は、6年前に考えていたものですが、完成させることを諦めていました。ですが、せっかく作ったのに、埋もれていては可哀想だと思ったので投稿することになりました。
良い作品を作るために、暖かいコメントで、矛盾している点や誤字脱字等を指摘していただければ嬉しいです。
真っ白な空間が辺りを満たしていた。
その空間は、まるで宇宙空間のように、どこまでも広がる。
上も下も右も左も、わからない世界。
「ここはどこだ?」
黒髪に黒い瞳の中肉中背の男が彷徨っていた。
目つきが鋭く、狼のような瞳が印象的な男性だ。
衣服を一切着ておらず、生まれた赤子同然の姿になっている。
「どうして、こんなところにいる? うまく思い出せない」
黒髪の少年は、自分の頭を抑えてから自身の記憶を辿ろうとするが思い出せない。
唯一、覚えているのは名前だけだ。
ーーー桐林 琉威
それが、自分の名前であった。
彷徨い続けて、どれだけ時が過ぎたのだろうか。
1日だろうか、1週間だろうか、それとも1年だろうか。
時の感覚ですら、この世界は曖昧なものだった。
ずっと、この空間を歩き続けなければならないのだと諦めていたが、ついに空間に変化が訪れる。
しかし、その空間の変化は、歓迎するべきものではなかった。
「赤い霧.........一体どこから?」
血のような真紅の靄が辺りを漂い始めていた。
空気中に浮遊し続けている。
霧というよりも、雲の塊に近い状態だった。
それを『赤い霧』と呼んだのは、馴染みのある呼び方のように思えたからだ。
風は吹いていない。なのに、確実に、琉威の方へと近づくように漂っている。
生き物のように、赤い霧は移動を開始した。
粘土を捏ねるように、歪な形へとなっていく。気体が固体へと変わり、液体のようなスライム状に、艶のある表面の赤いグミのように姿を変えた。
次第に、艶かしい肢体を持つ少女へと身体を作り上げていく。
腰までかかるほどの長髪に、女性らしいフォルムの胸と腰。一糸纏わぬ姿となり、琉威の前へと歩いてきた。
「お前は、誰だ?」
その少女の姿になったものは、話さない。
いや、話せないのか。よく見れば、口も目も鼻もない。ただ、その少女の姿はどこか、懐かしい気がした。
「.........」
その少女の姿をした『赤い霧』は、細い手を琉威へと向けてくる。
どうやら、顔に触れようとしていた。
現状の状態が少しでも変わるならと、琉威はその少女の手を取ろうと手を伸ばして、触れる寸前に。
上から中性的な声が聞こえたと同時に、その少女の腕は白銀の刃に斬られた。
その少女の右肘から先が、下に落ちると赤い霧へと変化する。
「触らない方がいい。それは、進化の根源。君の身体にどのような影響を及ぼすのか僕にもわからない」
飛び上がって、長刀を構えたまま着地したのは、光り輝く銀色の少年だった。
輝いていたのは、銀色の甲冑であり、銀色の髪であり、彼の持つ刀だった。
その少女の姿をした赤い霧は、斬られたことで形が歪む。斬られた部位が修復しようと、泡が湧き立ち始めた。
突然の事態に、頭が真っ白になる。
「一体何が」
現状を理解する時間を与えず、銀髪の少年は琉威の手を掴み走り出した。
「すまない、急いで迎えにいくはずが。邪魔が入ってしまったようだ」
「お前は、誰なんだ。ここはどこだ?」
「ゆっくり話したいけど、まずはあれから逃げないかい?」
振り向いた男は、少年が指先した方向をみる。
赤い少女が、四足歩行の化け物へとなり凄まじいスピードで追いかけてきた。
「駆けっこだと、こちらが不利なようだ。あの子は、どうやら君にご執心みたいだしね」
「そんなことより、どうやって逃げる? 俺は、ずっと走る体力なんてないが」
「ああ、僕も走ることは苦手でね。ちょっと、足止めをしようかな」
銀髪少年は、そういうと左手を地面にかざした。
「<水龍・創造>」
銀色の極光が琉威の網膜を焼いた。
大量の水が四足歩行型の赤い怪物へと殺到する。脈動する赤き肉体が、水を避けるために跳躍をする。
が、水は怪物へと追尾していく。まるで、宙を駆け回るドラゴンのように縦横無尽に動いた。
「少しは時間が稼げそうだ」
「お前は、一体何者なんだ?」
「ごめん、色々と説明したいけど。ここじゃダメなんだ。疑念も疑問も尽きないと思うけど、今は呑み込んでくれ」
銀髪の少年は、困ったように笑うと琉威の手をとって走り出した。
風のように走り出し、琉威の身体は悲鳴を上げそうになる。
坂道を全力で走っているような危うさを感じる。
「あ、ごめん。<風加護・付与>」
少し、浮遊した琉威は一切の速度を感じなくなった。先程の身体にかかる重圧が嘘のように無くなっている。
なんというか。風船になったような気分だった。
爆走を続けていく銀髪の少年は、永遠に真っ白な空間から抜けないように思われた。
しかし、白い空間が少しづつ薄れていき草や木が生えた森へと景色が変わり始めた。
まさに、そこは楽園だった。
美しい緑に囲まれた自然界に、清らかな水が流れている。様々な動物達が川に近くで集まっている。
空気は澄み渡り、暖かい日差し。果物や野菜が、そこら中にある。
「ここは、天国か?」
「僕たちの世界だよ。気に入ってくれると嬉しいな」
無邪気に笑う銀髪の少年は、琉威を案内した。
「あの中央の泉にある城で、君の疑問に答えるからね。ちょっと、この世界の規則を説明するから」
「どうして、ライオンとシマウマが寄り添っている?」
「ああ、ここでは肉食や草食は関係ないように創っているからね」
「創っている?」
「僕も手伝っているけど、生物操作が得意な奴がいるんだよ」
そんなことができるのかと感心する。
記憶がない琉威にとっては、一般的常識というものが欠如していた。
が、草食動物と肉食動物が相容れない関係だということは理解している。
食物連鎖の関係まで、変えてしまうほどの科学が進歩しているのかもしれない。
「この世界で、動物や植物たちに触れてはいけないよ。何もしなければ大人しい生物なんだけど、君を『敵』と見ているからね。この子らは仲間意識が非常に強い。だから、何も触ってはいけないよ。もちろん、草や土も踏んではいけない」
「俺が危ないやつに見えるのか?」
「クスクス、違うよ。部外者は決して立ち入らない場所。だから、この世界に足を踏み入れたのは君しかいないからかな」
「防衛反応ってことか?」
「それに近いけど。彼らを創った者は、戦が大好きでね」
子どもが友達のことを話すように、無邪気に語り口調から一変する。
優しい笑顔が消えて、冷酷で残忍な素顔を見せた。
「『敵』と判断した相手を殺すように命じられている」
低く声に凄みがあった。
それも一瞬で、再び笑顔に戻る。
琉威は、背筋に寒気を感じる。
吐いた息までもが白くなった気さえする。
「だから、絶対に触ってはいけないよ。あ、城の中は触れても大丈夫だからね」
後には引けない状況になっていた。
否、琉威自身が気づいている。真っ白な空間に、来ている時点で自分の選択肢はすでに消失していることに。
自分の身をどうやって守るかだが、何も知らない琉威にとって、目の前の少年を利用することしか考えが
浮かばない。
明らかに、琉威はこの世界において無力だった。
知識もなければ、力もない。記憶もなければ、守るための道具すらない。
いまの自分が欲しいものを、少年は用意する。まずは、それを手に入れなければ、打開策なんか出ない。
逃げ出す権限すら、自分はないのだから。
「城の中では色々と聞くからな」
「僕が答えられる範囲なら、いくらでも。さて、着いた。ここが僕たちの城だよ」
大森林を抜けて、石畳で出来た巨大な橋の向こうには、湖に囲まれている古城が聳えていた。
石畳の隙間には、苔が生えていた。巨大な橋は年季を感じさせた。いつ頃から出来たものなのだろうか。
遺跡のような雰囲気も持つ。
そして、橋の向こう側には頂上が見えない巨大な古城があった。全て錆びた鉄と石材で作られたような、
巨城だった。城の侵入を防ぐための、巨大な門があった。
門の扉は、全て鉄の塊であり硬く閉ざされている。
「どうやらギリギリだったみたいだね」
少年はそういうと、後方を見ながら困ったように穏やかな声で言う。
振り向いた琉威は、唾を飲み込んだ。
赤い霧が大量に、綺麗だった光景を一瞬で飲み込んだ。
それは、真紅の津波のようだった。
大量の血のような霧が動植物たちへと重なり、破壊していく。その赤い霧に触れた生物たちは、原型を失った。
象や鹿、牛や羊、虎やライオン、猫や犬。
あらゆる、生物たちの尊厳は破壊尽くされた。
そして、異形の怪物たちが生まれていく。元の生物の骨格を無視し、筋肉組織が急速に発達したような姿。
全ての生物が等しく、戦いに特化したような異形の怪物へと成り果てた。
「あの霧に触れたら、俺もあんな風になっていたのか?」
「そうだね。人間じゃなくなるのは確かだけど。必ずしも、決まった法則はない。ただ、戦うために特化した生物へと作り変えてしまう」
「霧が城の中に入ったりしないのか?」
「大丈夫、この城には入ってこれない。特殊な結界が張られているからね」
銀髪の少年は、軽く抑えると巨大な鉄の扉が開いた。錆びついた部分の軋む音が鳴り、隙間から突風が突き抜ける。
細腕の少年のどこに、そのような馬鹿力があるのか。
琉威の一般常識が、全くの通じない世界。あとで、質問事項に入れておこうと心に決めて前へ進み出す。
巨大な扉の向こう側では、白亜の階段が琉威たちを歓迎してくれた。
美しい白塗りの階段であり、踊り場がいくつも存在している。
階段を登り切れば、城内に入れるようになっていたが、
銀髪の少年は、踊り場のところまで琉威を案内した。
「いい香りがするが、紅茶か?」
「そう、君とゆっくりお茶会でもしようと思って準備してたんだ」
その踊り場には、四角いテーブルが用意されていた。ネコ脚のお洒落なテーブルは、真っ白にコーティングされている。人数分の丸椅子があり、テーブルの上には湯気だったティーカップが二つある。
白い角砂糖や焼き菓子が置かれている。
ただ、誰が準備したのかは不明。ティーカップに注がれた紅茶を見ると、準備されたばかりだとわかる。
「どうして、城の中に入らない?」
「ああ、当然の疑問だね。答えは簡単だよ。君は、まだ資格を有していない。いまの君のまま、城の中に案内したら、素敵な物語が始まらないから」
「素敵な物語だと?」
「僕の名は、ゼウス。ちょっと、物語が好きな神様さ」
「神様......か。俺は、どうやら死んだみたいだな」
「それは、半分正解で半分不正解だね。君の肉体は一度は滅びたけど、また作り直したから。いまの君は、生きている。だから、『赤い霧』に触れさせなかったのさ」
「それじゃ、記憶がないのはどうしてだ?」
「君の記憶は、そこにある」
ゼウスは、テーブルの中央にあるものを指差した。そこには、ティーパックが置かれていた。
ティーパックの名前は、『桐林 琉威』と書かれている。
中身が記憶ということから嫌な予感がする。もしかすると、自分の脳みその一部ではないかと。
「ゼウスは、俺に何か恨みでもあるのか?」
「逆だよ、感謝しかないよ。君の愉快な想像は否定させてもらおう。君の海馬を紅茶にするなんて、そんなことはしないさ。君の記憶は取り出して、結晶化している。それをティーパックに加工しているだけさ」
「俺の記憶になんてことをしやがる。どうして、お湯なんかに」
「それは、僕の趣味さ。こうして、誰かの記憶を楽しむ。物語の本を読むときと同じさ」
紅茶の香りを楽しみながら、一口飲むとゆっくりと息を吐いた。
「それで、覚悟は決まったかい?」
ゼウスは、笑みを消して真剣な表情になり、琉威を見つめる。
「何の覚悟だよ」
「記憶が戻る覚悟だよ。それを手にしたいと君は願った。しかし、記憶が戻れば君はどうなると思う。記憶を失った君という存在がいなくなる可能性を君は考えたかい?」
琉威は余裕そうに笑みを深めると、真正面から堂々と答えた。
「俺は俺だよ。自分を失うなんて思った時は一度も考えたことはない。ただ、思い出さないといけないって考えるだけだ。あの赤い霧が少女の形になってから、一層その気持ちが強くなった」
「へー、それは興味深い話だね。君という人間は、記憶を失っても本質は変わらないのかもね」
ゼウスは、再び笑みを深める。琉威の答えに機嫌が良くなった様子だ。
「さぁー暖かいうちに飲みなよ。僕は、色々な紅茶を飲んできたけど、君みたいな味わい深い紅茶は初めてなんだ。きっと君も気に入ると思うよ」
琉威は、ティーカップを持ち上げると顔に近づけた。紅茶の水面には、映像がいくつも流れているようだった。
それを一気に、飲み込み。
琉威の意識は、暗転する。
「静かに味わいなさい。これは、君が彼女を救うまでの物語だから」
新しい物語が再び始まることに、期待した声音でゼウスは独白した。
ぜひ続きを読んでみてください。