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【仮題】妖精の国シリーズ 夏-1  作者: 石田 五十集(いしだ いさば)
1/1

1節

 初めての小説『天体運航韻律再現譜』を2019年5月頃に完成させた後、累計でおよそ1500人の方にお読み頂いております(2020年7月現在)。中国語か?と疑うようなタイトルなのに、クリックしてお読み頂いた1500人の皆さま、本当にありがとうございます。

 自分の書いたものを他の人と共有できる楽しさを糧にその後も続編の執筆に……取り掛からなかったのですよね。大まかな構想なら『天体~』を書きながら既に練っていて、その後2019年8月の時点であらすじも書き終えていた訳で、書こうと思えばいつでも書けたはずなのですが、いや、まさかほぼほぼ1年間完全に放置するとは自分でも思っていませんでした……。気になる人類史・生物系一般書を読んで知識をアップデートしてから書こうと思ったのが良くなかった。

 もちろん、この間何もしていなかった訳ではないです。『少女☆歌劇レヴュースタァライト』という舞台とアニメを軸にしたプロジェクトにドハマりしてこれはもう同人誌?とやらを描くしかねえ!!と意気込んで漫画の執筆に励んでいたりしたので無為に過ごしていた訳では、ないのですが、同人漫画も結局半分ほど描いた辺りで頓挫してるし、しかも疫病の流行であわよくばサークル参加しようと思ってたイベントが軒並み流れるしで、いや、無為だったな……1年間……。

 ところで最近ゲームを誰でも作れると知って嬉々としてUnityに触り始めまして、この4連休はゲーム制作を進めるぞ!と思っていたのも束の間、エラーですらないようなところでつまずいてこりゃ残りの3日間費やしても大した成果が上がらないな、と悟って手頃に達成感と自己肯定感を満たせるものを探してよし、久々に書いてみようかな、という成り行きでこちらの第一話を投稿する次第となりました。相変わらず這い回り方がナメクジですね。


 さて、前作『天体運航韻律再現譜』最終話のあとがきに、今作を春の物語として、この後夏・

秋・冬を描いて完結としますとお知らせしました。但しそれぞれの作品たちは直接的に繋がる訳ではなくて、舞台こそ同じ島ではあるものの別の時代を取り上げることとしており、それぞれの作品には1万年単位の時間的な開きがあると思っていてください。要するに作品同士で登場人物を共有しているとか、そういう複雑な作り方をしていないということです。これは初心者はとにかく短編を書きまくれ!という小説執筆のセオリーから外れた状態でいかに破綻のないシリーズ物を作るか、と考えた末の自分なりの答えであります。とは言え2作目にして早くも、〈冬〉が訪れる前と後では島の様子が様変わりしてるとか、色々複雑な事情が絡み始めているので気を引き締めなければなりませんね。


 そういう訳でナメクジなのでこの先どういう這い回り方をするのか自分でも全く想像がつきません。ひょっとしたらどこにも寄り道せずまっすぐ完結に向かうかも……?いや、わたしのことですから必ず何かしらに目移りすることになってしまうと思います。とりあえず、前作ほど長大なものにはしないつもりなので、ガシガシ展開させていく所存であります。

 それでは、まあまあ長い付き合いになると思います。よろしくお願いします!

 無辺の海の上で、その島は漂いもせず停止し続けていた。絶えず押し流そうとする強い風に逆らうために彼のあちこちでは樹々が悲鳴を上げるようにみしみしと音を立て続けていたし、島の住人たちは時として飛ぶことさえも許されない不便さに晒されねばならなかった。根の国を統べる絶対的な裁定者であるところの[龍]がなぜ流れに身を任せたがらないのかについて自ら弁明することは決してなかったが、だからと言って沈黙し続けている訳でもなかった。耳をそばだてれば誰にでも、この島と共に産まれ島と共に死につつある瞑想者の心臓の鼓動を聞くことができる。

 小さな小屋の中で、身じろぎもせず男たちは中央を円形にくり抜かれた床を見つめ続けていた。[聖なる人々]と呼ばれる、白いきぬをまとった彼らが座す位置からは床に開いた穴を通して波立つ海面がよく見えた。島から突き出るようにして建てられたその小屋からは、島の住人たちが持つ頼りない建築技術からは想像もつかない技巧によってそれが可能になっていることがはっきりと見て取れた。しかしながら男たちの関心はそうした失われた技術にはなく、波立つ海面から顔を出す無数の竹に集中していた。その竹筒は小屋と同等かあるいはそれ以上の技術を用いて設えられているに違いなかった。

 窓のない小屋での唯一の光源は、床の穴から入り込む朝陽に映える水面の照り返しのみ。向かい合う仲間の姿さえ不確かな影にしか見えないが、長年厳しい研鑽に身を晒してきた彼らが担う仕事には眼球に映り込むいかなるものも意味を成さないのでこのほの暗さが却って都合が良いのだ。

 円形の空洞を囲む三人の男たちは待っていた。耳に入る波のさざめき、小屋を薙ぎ倒そうと強く吹きやる風、全身の細胞を共振させる[龍]の鼓動・・・それらを全て意識の外へと追い出した静寂の中で、いつ訪れるとも知れない合図を男たちは待ち侘びた。

 海面から突き出た竹筒は、あちら側にいる者たちが吹き込んだ息を遙か上へ運び、泡が弾ける音の連なりを届ける。一方的に受け取ることしかできない海底との連絡は緊密であるとは言えないが、さりとて海底の異変を察知できる唯一の手段を軽んじることもできず、長年[聖なる人々]が監視を行ううちにその空間自体がある種の聖性を帯び、いつしか修練の場として聖別された。

 無数の竹筒から同時に発されたぶく、ぶくぶくぶく、という断続的な泡の信号は、どれも同じメッセージを発していたーー中には全く泡の出ない筒もある。どこかで断線しているのだろう。こうした事故を見据えて、無数の竹筒を通して同じ信号を送るのだ。

 数分間に及ぶ信号が途絶え、それまでと同じ静寂が狭い室内に立ち込めると三人の男たちは海底からのメッセージを携えそろそろと外へ出た。

 伝信塔と島とを結ぶ細い橋は、ぎしぎしと軋みながらも見かけの心許なさに反して不思議なほど安定していた。無敵の耐塩性を誇る[万霊樹]の根は伐り出された後もしなやかさを失わず、建造当時のままそこにあった。

 橋を渡る間、塩水に弱い[聖なる人々]は水しぶきを引っかけてやろうと躍起になる意地の悪い潮風に触れまいと目深に頭巾をかぶり、目を細めながらこの仕打ちに耐えた。

 三人の男たちは西を目指した。西には砂浜があり、海底からの来訪者は決まってそこにやって来る。そこは森に棲まう者は誰も寄りつかない不毛の地で、干き潮の間のみ顔を出す古代の遺構がいかにも恐ろしげであるために[呪われた地]と呼ばれていた。



 いつもこの音で目を覚ます。生い茂る葦を無数の短い足で掻き分けぺたぺたと踏み荒らす音。水掻きのついた橙色の足が目眩を誘う鮮やかさを放つ。三〇人余りのジェンツーペンギンの精たちが海へ向かう足音に、まるで呼ばれてでもいるようにふらふらと起き上がり漁への船出を見送るのが少年の日課になっていた。


漁の歌-----あとで


 島に棲む妖精たちのほとんどが起伏の激しい[万霊樹]の根の上を歩くのを嫌って飛ぶ方を選ぶのに対し、ペンギンの精たちは足を使って歩くより他ない。その習性と毎日の習慣が、他のどの場所でも見られない特異な景観を造り出す。

 踏まれてもすぐに起き上がる気丈な葦は地上をくまなく覆っているが、ジェンツーペンギンの精たちの集落と砂浜を結ぶ道だけは[万霊樹]の根が露出している。彼らが毎日行進することで葦の方が根負けしていつしか禿げたままになってしまったのだった。


漁の歌-----あとで


 ジェンツーペンギンの精たちの歌が島に朝の訪れが近いことを告げる。島の外縁部、砂浜の上に立つ集合住宅を出て後をついて行くアデリーペンギンの精の少年は彼らの歌を目覚まし代わりに起き出した妖精たちからさえも姿を隠しながら先を急いだ。次第に樹々がまばらになり隠れるのが難しくなる。群れとの距離が広くなっていく。

 少年が森を抜け砂浜に出た頃には、ジェンツーペンギンの精たちは歌をやめ仕事に取りかかっていた。

 掛け声で音頭を取りながら、用心深く、誰も怪我などしないよう慎重に、器用に動く五本の指がついた両腕で浜に身を横たえた重い舟を押す。これは[万霊樹]の太い根を伐り出し、その内部をくり貫いて造られたもので、左右に渡した梁の先に括られた丸太が浮きの役目を果たして転覆を防いでいる。船は男が八人乗っても沈まない立派な造りだが、これを三〇人もの妖精たちが老いも若きも男も女も入り乱れて海へ漕ぎ出そうと闇雲に押す姿は、力強さだけではごまかしきれない滑稽さが滲んでいた。しかも前へ前へと踏み込む足は虚しく砂へ沈むばかりで、一向に前へ進む気配がない。

 果てのない押し問答がしばらく続いた後、突然強い波が彼らを呑み込む。

 種ごとの差異はあれど他の妖精たちと異なり、ペンギンの精たちの腰から生える翼は総じて魚のヒレと見分けがつかない。実際、地上で役に立たないその翼は海の中で真価を発揮する。南中していた月が西へ傾くのに合わせて、島を取り囲む海に潮の流れが生まれる。月の潮汐力は西の砂浜に干き潮をもたらし、妖精たちが押し合いへし合いしてもびくともしなかった舟が見る見る海へ引き込まれていく。歓声を挙げるジェンツーペンギンの精たち。彼らは一度船出したらまず一週間は島に戻らない。「島を離れる」など、島に棲む全ての同胞たちにとってこれ以上ない英雄的行為だ。徐々に遠ざかっていく歓喜の歌声に、アデリーペンギンの精は胸のすく思いだった。きっと今日の夜にはそれまで漁に出ていたジェンツー小隊のうちのいずれかが満ち潮になるのを見計らって島へ戻るだろうーー出発時点よりいくらか人数は減っているかも知れないーーそして夜明け前には、休んでいた小隊のいずれかが海へ戻る。絶えず再編成を繰り返し、異なる顔ぶれで演じられ受け継がれるこの光景に、少年は魅了されていた。その憧れには思春期に特有の妬みが含まれてはいたものの、その感情に忠実に従うことは彼自身が許さなかった。

 英雄たちの旅立ちを見送ると、彼は自分の仕事に取りかかった。いくらか気を落としたかのような足取りでぺたぺたと砂浜を下っていく。水掻きつきの足が残す愛らしい足跡は波にさらわれすぐさま消えた。前方に突き立てられた竹と竹の間に網が渡されているのが見える。更に近づいていくと、それはもっと複雑な形状をしていることに気づく。袋のようにたわんだ形の網に捕らわれた哀れな魚たちは潮の引いた砂の上で息も絶え絶えのままなす術なく眼を見開いていた。瞼のない眼に少年の姿は大きく見えたことだろう。そのうちの一匹を鷲掴みにして、彼は振り向き居直った。引いていく波を追って随分遠くまで来ていた。島の主である[万霊樹]の存在は、ここでは東の太陽が振りかざした長い影でしか感じられない。地上を覆う根から離れ、崖を下ったこの場所は島で唯一[万霊樹]の威光が射さない日陰の土地。この[呪われた地]では遙か数万年前に忘れ去られたはずの古代の記憶が息づいている。灰色の砂に半ば埋もれながらも突き出しているのは、人間の顔を象った巨大な彫像。かつては自分たちの祖先と共にこの島に棲んでいたと云う。[万霊樹]の支配が及ばないこの場所で、少年はそれとは異質の、より威圧的な存在に身を震わせた。寒さに強いペンギンの精が身体を震動させるのはまさにこの時をおいて他になかった。

 網に掛かっていた不運な魚たちを三匹、四匹と丸呑みにしてひとまずの空腹を満たすと、網を固定している片方の端を取り外して持ち上げたままもう一方へ歩いていく。網の中で半ば諦めていた様子の魚たちが寄せ集められるにつれてびちびちと跳ね回る。浜の上に出てしまえば彼らに抗う術はない。網を跳び越えた幸運な数匹の他は少年に引き擦られるまま巧みに丸められた網の中で観念するより他なかった。

 再び崖に刻まれた彫像と向き合うようにして元来た方角へ戻っていると、遠くで白い影が三つ、昏い森からゆらゆらと出てくるのが見えた。島で白い衣をまとうことが許されているのは蚕の精と[聖なる人々]だけである。[聖なる人々]なら、今までにも何度か砂浜で行き会ったことがあった。彼らが海底に棲まう人々と交信していることは少年も知っていた。交信の方法は知らないし、なぜそんなことをしているのかもよくは知らなかったが・・・

 少年は[聖なる人々]に気づかれないようにと念じながら、方向を転換し海岸線に対して平行に進んだ。効果があるかはさておきいくらか身を屈めて、痕跡を残さないよう重い網を引き擦らずに持ち上げて進む。

 砂から突き出た岩の影に身を隠して[聖なる人々]の到着を待った。近づくにつれて彼らの幽霊のような白い姿がはっきり実体を伴い、質量のあるものとして感じられるようになる。さほど背は高くない。丈の長い衣の裾からは二本の足と共にだらりと垂れた尾が砂の上を引き擦られていく。目深にかぶった頭巾で素顔は見えない。乾燥に弱い彼らにとって砂の上を歩くのは苦痛と見えて、その歩みは遅い。やっとの思いで(少年にはそう見えた)海との境目に辿り着くと、[聖なる人々]に倣って少年も海の方へ眼を向けた。

 静かに打ち寄せる水面に突然、ざっぱーんと大きな音と共に彼らの背丈ほどもある波が起こり、その中からある人物が現れた。瞼のない大きな眼、高さのない小さな鼻、耳のあるべき場所でひくひくと不気味に機能する大きなエラ。泳ぎに長けた種族らしく水掻き付きの五本指の一本一本が太く力強いものの、指自体に異様な長さがあるため不思議と見る者に繊細な印象を与える。陸に棲む鳥の妖精たちとて全身を鱗で覆われていることに変わりないが、海からの来訪者のそれは明らかに魚由来の軟らかさがある。そうして下半身については全く魚そのものであり、永い時の流れの中で妖精たちとは別の変身の系譜を辿ってきたことをありありと示していた。

 足があるべき場所に生えた大きな腹ビレで奇妙なほど器用に立ち上がった種族なら海べりに棲む少年も馴染みがある。彼こそは[聖なる人々]の交信相手、海底に棲まう人魚モルーハの一員に他ならなかった。

「悪いが昨日の成果はこれしかない。」

 魚類や哺乳類の骨を削ったり繋ぎ合わせたりして作ったと思われる鎧の脇から小さな麻袋を差し出した。[聖なる人々]の一人が受け取り素早く中身をあらためる。岩の陰から覗き見る少年には一体何が受け渡されたのか知る由もなかったが、白い衣の男たちが少し肩を落としたような気がした。

「たったこれだけのために呼んだのか?」

「もっと多くの材料が必要だ。」

「あんたたちの望みはよく分かってる。その意義も。だがひとつ問題が持ち上がってな。そのことで評議会は昨日から開かれたままになってる。話し合いがまとまらないまま日を跨ぐなんてことは今まで一度もなかった訳で、それだけでこっちの事情を察してほしいくらいなのだがね。」

「[泡の便り]の内容そのままのことが海底で起きていると?何かの冗談かと思ったぞ。」

「何だ、知ってるんじゃないか。」

 人魚が両腕を広げて大げさに可笑しがって見せる。

「その話が本当なら、ことの次第では陸に棲む我々とて無関係ではいられまい。」

「今のところは、その心配はない。もっとも、向こうがその気になれば一瞬で片をつけてしまうくらい雑作もないだろうが。その気にならないでいてくれることを祈っていてくれ。祈るのはあんたたちの得意分野だろう。」

「・・・今のは聞かなかったことにしておく。あれを刺激しないことが最優先だ。動きがあれば逐一報告してほしい。」

「伝えておく。そういう訳で材料の提供は暫く、問題が解決するまでの間はかなり渋くなるからそのつもりで。」

「・・・致し方あるまい。」

 終始有利に話を進めた人魚の男は来た時と同じように大きな波を立てて一瞬で視界から消え去った。ほんの僅かな間白いさざ波を浮き立たせた後、海は元の静けさを取り戻した。

「今にも降り出しそうな空模様ですな。」

「ああ、今なら湿った風が吹くだけでも恵みと思える。潮風は我々の身にはあまりに応える。」

 そう言うと、もったりした動きの割に気の早い男たちは頭巾を下ろす。エラこそないがぎょろっと突き出した眼と大きな口はどことなく先ほどの人魚に似ている。常に湿らせておかねばならないぬめりのある鱗は乾燥して少しかさついてしまっていた。

 島において特別な地位を占める[聖なる人々]即ちサンショウウオたちは足早にその場を後にした。

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