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新緑と紅の戦士と

 「いそげ、いそげ、レンタロー。おいこせ、おいぬけ、ひっこぬけ!」 


 「はぁ……勘弁してくれぇ」


 僕はぼやきつつキルシェの背中を追う。


 どこまでも続く大森林。巨木が(のき)を連ねて大地に根をおろしている。木立ちの隙間から陽ざしがふりそそぎ、地面に光の模様ができる。風が吹くたびに模様は変化して陰鬱な気分もいくらか紛れた。


 キルシェの笑い声と踏みしめる度に枯葉の音が小気味良く響く。


 「あともうすこし、もうすこしだ。それまでの辛抱だ、がんばえ!」


 「その言葉は聞き飽きたよ。十日たつけど目的地すらみえないとしんどいです、本当に。この荷物だって全部僕が担いでつらいのに、すこしは持ってくれませんかねえ?」


 「やだ、ボクは()()()()()()()だよ。えへん、それも女神様。けいけんの心で接するのが当然?。それとも必然?」


 「疑問形に投げかけられても…………滅私奉公、貴方様に尽くせばよろしいのでしょうか?」


 「うん、よきにはからえ」


 ふんぬと胸をはってキルシェはこたえる。平べったい胸でよくもまあ偉そうに──。召使いかなにかと勘違いしているのじゃないだろうか。



 

 我が母校から出立するさい、ありったけの食糧や物資を(あさ)った。学校は地震や津波といった自然災害が起きた場合、緊急避難場所となっていて非常用の備蓄をしている。乾パンや水といった食べ物、毛布、テント、キャンプ道具、救急セットなど最低限生活できるよう取り揃えてある。持てる重量にも限度があるが、キルシェとの旅がどの程度なのか皆目見当つかないため、ぎりぎりまで選別した。


 盗人といわれようが背に腹はかえられない。それにあの学校に通学してくる学生はいないだろう。学校ごと異世界にいざなわれたのかは不明だが、有効に活用させていただく。


 衣料品もあったため、ゴミ袋をかぶった変態から、白シャツ、白ブリーフ、白衣をまとう変態紳士へとレベルアップした。白衣は担任の教師が科学担当だったので、椅子にかけていたものを勝手に物色、ついでにキルシェも山田日向の体操服を子供服に変えようとしたが、頑なに拒まれた。サイズがあってないため動きにくいと思ったが、気にいっているらしい。魔物がいつまた襲ってくるかわからないため、急いで支度した。


 準備は万端、これでしばらくは問題ないと高をくくっていた。


 「おい、そこのお子ちゃま、食いすぎじゃないか?。腹壊してもしらないぞ?」


 「ほふんにゃひょとひゃ、んぐ、ふぁいぞ」


 「なにをいっているかわからないと言いたいが、"そんなことないぞ"か、腹立つな。お子ちゃまはもっと小食ではないでしょうか?。このペースだと食糧事情が急激に悪化する可能性、いや確実にヤバいと思いますが!」


 「ふぁいーいろぅず!」


 「"大丈夫"ですか………左様で」

 

 僕は泣きたくなる。キルシェは三つ目の缶詰を空にして袋に詰まった乾パンを一気に口に放りこむ。こっちは携帯食を半分に割ってちびちび食べているのになんという悪食だ。


 暴食女神のせいで食料が目にみえて減っていった。この体でどうっやったら入るのかと首をかしげるほどだ。当然食料は数日ですっからかんになり、最近は水と雑草しか口に入れていない。最後の晩餐として楽しみにとっておいたカップ麺も口に入れる直前、かすめ取られてしまった。これにはいい加減文句を言おうとしたが、あまりに美味そうに食べるのでなにもいえず舌打ちして諦めた。


 空腹で眠れない日々。夢でみるごちそうだけが心の拠り所となっていた。カムバック、味噌らーめん。


 そして食糧問題の他にもう一つ悩みの種がある。それは──。


 「レンタロー、魔物だよ!!」


 「またか…………懲りないやつらだ。今日はぐっすり寝たいのに……ドSですかあなたたちは?」


 武器を手に渋々とってテントから身を出す。キルシェは魔物が近づくと分かるらしく、人型レーダーとしてアラートを発報する。


 ストーカー気質の魔物は昼夜問わず襲いかかってくる。ピンポイントに嫌な時間帯を狙ってくるので、空腹と苛立ちで我を失いそうになる。



 ──ギニャギャグギガガガッ──



 耳障りで奇声で威嚇して一斉に突っ込んでくる。森の魔物は獣や鳥を模したもの、人型に近いもの、形状がよくわからないものなど種類も豊富だ。今回は頭に角を生やした三つ目の小人と硬い甲羅をまとった茶褐色のイソギンチャクの魔物だ。


 「数だけは多いが、練習台にすらならないな」


 妖刀"八咫烏"の刀身を抜いて、ぶつくさ愚痴りながら戦いに挑む。


 数は圧倒的に敵が優勢。百匹近い魔物が自分に牙を剥く。魔物の初撃を軽く(かわ)して僕は一太刀魔物に浴びせる。


 「……痛くも痒くもないけど…………唾液とか嫌なんだよね。臭いしベトベトするから。飲み水も心許ないし、かといって川の水はお腹壊しそうで………………そういえばずいぶんと風呂に入ってないな」


 首を切断された小人は地に伏して息絶えた。間髪入れずに次々と魔物が襲いにくるが、息一つきれずに容易にあしらう。前に戦った灰妖犬よりもずっと小さく動きも悪い。連携も取れていないので単純な攻撃にあくびが出る。

 

 刀は空を切り裂き、その刃に三日月がうつる。


 つと足に違和感を感じた。どうやら瀕死の重傷を負った魔物が僕の足に噛みついている。最後の気力を振り絞り血だらけになってまで抵抗する。死線を乗り越えて獲得した"再誕(リバース)"の能力なのか、触れている程度にしか感じない。


 「………………ごめんよ」


 僕は誰に聞いてもらうわけでもなくつぶやく。素早く刀を握りかえて魔物を串刺しにした。三つ目の小人は口から勢いよく血を吐き絶命した。


 死屍累々の小高い山。その頂に立つ僕はやるせない気持ちで空を見上げる。


 「……今日は早く眠りたい」


 「今宵はまだ眠るには時期尚早ではないでしょうか、と私は慎んで進言します」


 「うっ!?。魔物……違うか、人間?」


 いきなり声をかけられた。


 「次のお相手は私が致しましょう。雑魚ばかりでは飽いていると思いますので、と私は挑発的にもの申します」


 「敵……なのか?。だったらやるしかないな」


 「剣士様はずいぶんと気がたっておられますね。魔物を何匹かお相手していたようですが、あまり興奮してはいけませんよ、と私は慰めの言葉を投げかけます」


 女性のそれも大人の色香を感じさせる甘く艶やかな声。戦いの場にはふさわしくない美声だ。


 ゆっくりと木立ちの影からその姿を現した。


 「……ずいぶんと物々しい格好だな」


 僕は感嘆の声でいった。妖刀を持ち直して、死体の山からおりる。


 深紅の甲冑。全身が重く厚そうな金属板(プレート)に覆われて歩くたびに不快な音を出す。右手にはヒグマの胴を真っ二つに切断できそうなくらいの大剣が握られている。


 この敵は強い。灰妖犬の時よりも嫌な緊張感をあの相手から感じる。あれだけ余裕だった魔物から一転して、冷や汗が頬を伝う。


 「かかって来なさい、と私は余裕をみせつつ言い放ちます」


 「……お話し合いでこの場をおさめていただけると幸いです、と僕は打開策を探ります?」


 「戦う術しか知らない私よりもユニークな方ですね、と相手を褒め称え称賛します」


 「こちらこそ……」

 

 間合いを保ちつつ僕はどう攻めようか思案する。直感だが、このまま斬り込んだら死ぬ、それも一瞬で。あの丸太のような大剣で体ごと真っ二つにされる。


 全力で逃げたい。美声とは反して敵の力は自分を(はる)かに凌駕している。


 まばたきも許されない死中に僕は浅い呼吸を繰り返した。


 「止めぬか!!。このばかものぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 キルシェがテントから飛び出して大声をあげた。


 「申し訳ございません、キルシェ様。すこし調子にのりました、と私は謝罪の弁を伝えます」


 すぐさま深紅の甲冑をまとう敵は大剣を放り出して土下座する。


 反応に困る僕を差し置き、キルシェは再び胸をはった。

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