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裸一貫やり直し

 つくづく僕はついてない。これだけは間違いなく言い切れる。


 地獄のような苦しみから解放されたのは、空が朝焼けに白むころ。


 日が昇るにつれて痛みも和らぎ、痙攣していた手足の感覚が戻りつつある。ここまでくるのに何度死にたいと反芻しただろうか。それに土埃にまみれて喉がからからに乾いている。一晩中叫んでいればこうもなるだろう。


 この鬱憤をすこしでも晴らそうとキルシェを探したが、当人はすでに元の姿に戻っていた。落胆する自分を他所に胸元で寝息をたてるキルシェ。デコピンのひとつでもしてやろうかと息まいたが、あまりに寝顔が可愛いので溜息ひとつで許すことにした。


 「……とりあえず、家に帰るか」


 やるせない口調で僕はいった。キルシェを起こさないよう慎重に立ちあがり、校舎内へと向かう。素っ裸のまま家路へと帰る度胸はない。


 我が愛しの母校は魔物によって悲惨なほど破壊されており、散乱したガラス片を避けながら自分の教室へとむかう。


 「僕の体操服は……まあ、無いよな…………にしても落書きがすごいな……」


 私物の入った卓上にはいわれのない罵詈雑言が書かれていたが、気にもとめず淡々と物色する。予想の範疇というか、おおよそ犯人は検討がついているので一瞥して他をあたる。


 「せめてキルシェの着る服だけでも…………山田さんの体操服を借りよう。裏切られたし問題ないだろう。あとで謝れば許してくれるし、まあ、許してくれなくても構わないな」


 教室の隅に設置してあるロッカーを漁り、"2-F山田日向"と書かれた体操服を引っ張り出す。ほんのすこしの罪悪感と異常なまでの背徳感に興奮したが、そこは我慢してキルシェに着せてやった。


 「んゆぅ…………まあ眠い……」


 「おおっ、姿は戻っても知能は戻ってないのか!?。せめて会話ぐらいはしたい!!」


 「レンタロー……うっさ……」


 「く、口調が悪い、それにレンタローって呼び捨てなのか!?」


 「おみゃえも……ぽっ……………レンタロー、裸は恥ずかちぃよぉ」


 「………………お前がいうな」


 露出狂だった幼女に文句をいった。僕だって好きで裸になったわけじゃない。


 ぶかぶかの体操服を着たキルシェは欠伸をしながら眠り(まなこ)をこする。ふてぶてしい態度に全力のデコピンを食らわそうとしたが、目が合った瞬間冷ややかに笑われたので、振りあげた拳を押しとどめた。このあわれな姿から脱却しようと、掃除用具入れからゴミ袋を取り出し、カッターで切れ目を入れて着ることにした。


 我ながらみじめな格好だと悲嘆した。キルシェは冷笑から爆笑に変わった。


 「……無いよりかはマシだ。しかし、革靴と刀………………相性は最悪だな」


 「プククッ……レンタロー、まじうけゆ!!」


 「……おい、そこになおれ、この刀で斬ってやるから。逃げるな、逃げるんじゃねえ!!」


 悔し涙が頬を伝う。誰のせいでこんなになったのか。人生の先輩としてすこしお灸をしないといけないようだ。


 抜刀して教室内を暴れまわる僕。それをしり目にキルシェはきゃっきゃと逃げまわる。


 「ハアハア……筋肉が痛い、腹も空いた、ものすごく眠い、僕はいったいなにをしている?」


 「もう終わりか?。もっと遊ぼうよ、レンタロー?」


 「あ、遊びに来たわけじゃない、着替えたらすぐに家に帰ろうと……ん、家は…………確かこの方角で合っていたはずだけど……」


 「レンタロー?」


 キルシェは不思議そうに尋ねた。 


 「……な、なんだよ、これ!。洒落(しゃれ)冗談(じょうだん)はもうお腹いっぱいだって!!」


 僕は追いかけっこを中断してベランダに飛び出す。自分の教室は四階、屋上から次に高い場所にある。学校に通っていたころは、自分の席から外の景色をよく眺めていた。穏やかな風に吹かれ、カーテンの隙間からみえる青空をただ眺めていた。


 早朝の空──太陽がまぶしすぎて薄目になる。無機質な住宅地が広がっているはずが、今ではうっそうと生い茂る森、森、森の緑一色。地平線の彼方まで広がっていた。


 「……嫌な予感というか、予想はしていたけど、これって…………」


 「"アドラスティア"、ボクの世界」


 「アドラスティア……って、ここが?」


 「そう、レンタロー、がんばえよ!!」


 「元の世界には?」


 「むりむりむり、かえれなーい」


 両手をあげてキルシェははしゃぐ。


 魚のように口をパクパクさせる僕。これはまだ夢の続きを見ているのだろうか。担任の禿爺に呼ばれて、なくなく学校に来てみれば、魔物に襲われ、一晩中苦痛を味わい、あまつさえ世界を救えと。()()()()前の美少女だったキルシェが"悪しき魔族を一掃し、不滅の邪神を打ち倒すまで"といっていたような気がする。


 これは理不尽すぎる。虐めらっれ子のライセンスをもつ僕でも承服しかねる。


 「い、いやだ……」


 「どした、レンタロー?」


 「こんな……こんなことって……あり得ない」


 「プルプルしておっしこか?」


 「俺は、俺は家に帰るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 校内放送よりも大きな声が校舎に響く。   

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