大事な話に集中できるはずもなく
鼻孔からほとばしる熱い血潮。
あれほど飢えていたというのにどうしてか僕の空腹は満たされいた。
「こんなイベントは想定外だ……けしからん…………」
「これもらうね、レンタロー。あ、これも、これも、食べないのならちょうだい」
「食べたい、だと…………非常に食べたいですよ僕は。柔らかそうなお肉、いやプリンが二つ目の前にあるじゃないですか……ブツブツ」
僕はつぶやく。キルシェが横から僕の分を盗み食いしていてもかまわない。全神経を集中させて食い入るように凝視する。
「可能であれば料理の味について感想を聞きたいのですが、その不快な視線ついて感想を聞いた方がよろしいのでしょうか、と私は冷たい笑みで問いかけます」
「………………デザートはプリンでしょうか?」
「なにをみて物を言っているのでしょうか、と私は軽くテーブルを叩き威嚇してみせます」
「キ、キルシェも甘いものが食べたいって言ってました!。いや、決して、お、おっぱ、が甘いということではなく、いや甘いのかもしれませんが、僕も一緒に食べたい、いや、食べるという表現はおかしいかもしれませんが、食べたいです!」
「自身のプロポーションを愛でていただくのは嬉しいですが、先ほどからとても大切な話をしていますのにあなたはうなづくだけ。人の話は聞くものですよ、と私は訝し気に伺います」
ロウテスは淡々と問いかけた。呼吸をするたびにキルシェの顔ほどの胸が上下に揺れる。暗がりに部屋に燭台の灯がよけいにいやらしくみせる。
「む、胸の谷がすごっ、ゲフンゲフンッ…………すいません、ここが自分のいた世界ではなく、召喚されて来たってことですよね。それにこの大食らい、もとい女神様が僕に妙な力を与えて世界を救えと、言われました。実感は湧きませんが、あの場所で味わった痛みだけは今も覚えています。もう二度と経験したくはありません」
さすがにこれ以上は危険だと察知した。すでに三回、軽蔑した眼差しでいさめられていた。無表情で感情を読み取り難いが、こめかみにうっすらと青筋がたっているのを見逃さなかった。
「どうやらおおまかな話は聞いていただけいているのだと安心しました。あなたは女神様に見初められてこの世界に招かれました。再誕の力を獲得し、あなたは自力でここまでたどり着いたです。称賛に値します、と私は胸の谷間をつくり純情な男心をかき乱します」
「ブホッ、ゲハッガハッ……すいません、もう無暗やたらに見ないので許してください」
「許しを請うのであればすべてを水に流しましょう、と私は茶目っ気を出してあなたをもてあそんでみました」
「……もうなにかで隠してください。刺激が強すぎて食事が喉を通らないのはそれが原因です!」
「殿方はこのような格好がお好きだと耳にしましたので、と私は作戦成功に喜びの声をあげます、やったー」
「……まったく嬉しそうに感じないのは僕だけでしょうか?」
皿に残った野菜の切れ端を口に運び盛大に愚痴った。ロウテスの扇情的な姿に釘付けになるのも当然で、圧倒的に布面積の足りないメイド服は凶器にほかならない。嫌でも目に飛び込んでくる過剰なエロスにどう立ち向かえばいいのだろう。すらりとした均整の取れた肢体に不釣り合いな胸、たわわに実る果実は熟して零れ落ちそうだ。狂人となり、ドンキホーテさながら果敢に挑んでしまいそうだ。
いい加減前屈みで挑発するポーズを止めて欲しいと、テーブルのナプキンをロウテスに投げるように突き出した。
「ロウテスさんは強いはずでしょう?。なら、どうして最初からキルシェと一緒にいなかったんですか?。僕たちは魔物に襲われて危うく命を落とすところでした」
恨むような口ぶりでいった。話題を変えて精神的有利に持ち込まなくてはいけない。
「本来女神キルシェも戦わずしてあなたたちと共に別の場所に転移する予定でした。ですが、力を失ったうえに退化してしまい、あまつさえ魔物に囚われてしまうとは想定外の事態が続きました、と私は弁解してみせます」
「ああ、美少女だった頃のキルシェが本当の姿でしたね」
「女神から授かった再誕の力さえあれば士爵級の魔物など造作もありません、と私は高をくくります」
「え……そうなんですか、苦戦というか、まったく歯がたたなかったですが?」
「それはあなたが貧相下劣なうえ弱すぎてお話にならない、と私は率直な感想を述べます」
「むぅ、それは聞き捨てならん。今はヘタレかもしれんが私が見込んだのだ。そのうち邪神をやっつけるすごいおとこになるはずだ。さっきからおまえをみて目を血走らせているぞ。よほど戦いたかったのだろう。すまなかったなレンタロー、私は腹が減っていてお前の気持ちをくみとってやれなかった」
「舌なめずりしてこちらをみています。それも鼻血と涎でテーブルを汚してまで、と私は幻滅した気分でいいます」
「幻滅だと?。馬鹿な、レンタローに落胆することなどあるわけがない!。刮目せよ、この血に飢えた狼さながらの闘争心に!!」
「のぼせて鼻の下が伸びているだけでは、と私は痛いほど胸に視線を感じながら肩を落とします」
「レンタローは乳が欲しいのか?。ミルクは貴重なたんぱく源だが、幼子のいないロウテスの乳を吸ったところでなにも出ないぞ。ほら、この肉のスープを食え、とてもうまいぞ」
「もう止めて…………消え去りたい、自分」
僕はうつむく。話題を変えようとしたことを心底後悔した。
僕の情けない姿に同情したのか、ロウテスがぴくりともしない表情で労いの言葉をかけてくれた。
「すこし虐めすぎました、と私は客人に対して罪悪感を覚えます」
軽くこうべをたれていった。
こめかみの青筋は消え、口元はかすかに笑っているようにみえた。本心がまったく読み取れない。
「話を戻しましょうか。緊急の要請を受けましたので急ぎお出迎えにあがりました、と私は全速力で窮地に向かいましたと断言します」
「僕は見てないけど、もしかして気を失っていたかな?。戦っているというより一方的にボコられていたから。霧で視界が悪かったから気がつかなかったかな?」
「いえ、正気を保っておいででした。ずいぶんと動揺されていたようですが、と私は胸を張っていいます」
「グッ、な、なんという破壊力。ここで屈するわけには、は、鼻血がまた…………山田さんたちと勘違いしてませんか?」
「いえ、彼女たちは女神キルシェの力によって守られた場所にいました。本来あなたたちも逃げきれていれば無駄な戦闘をする必要はなかったのです。みるにたえない戦況でしたので咄嗟に紫焔の息で殲滅しました、と私は首をかしげてみます」
「フレイム……気を失った直前になにか、すごく大きな……プリンの頂にある、布地から突起物、色は赤……あれも…………うっ、頭が…………」
「ここを守るお役目がありますのであまり長居していませんでしたが、確かに御二方にご挨拶して去ったはずです、と私は急に倒れてしまったあなたを介抱できなかったこと悔やみます」
「あっ、あっ、あっ、あれは!!」
僕は椅子から勢いよく立ち上がり声をあげた。
現実感のない非日常に突然現れた圧倒的存在。緊張の糸が切れる寸前、おぼろげながら震えていたことを想起した。
雄々しくも勇ましい姿、畏敬の念を抱かずにはいられない。
「赤い竜!!」
「あの場に馳せ参じたのは"古の竜"のロウテスです、と私はご理解いただき嬉しく感じます」
興奮する僕にロウテスは微笑する。
「ドエロイ姉さんが竜ですか!?」
感嘆の声を上げながら鼻血がこぼれないよう上を向く。
今夜は興奮して眠れそうにない、色々と……。




