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引きこもりはたまに外出するとだいたい不幸になる

 直立不動の姿勢。


 立っていることが奇跡だった。


 瞬きもできない。唾を飲み込む音すら気が引ける。冷や汗が全身の穴から噴き出す。


 石像のように硬直したまま指先ひとつ動かせない。


 夕暮れ時の放課後。人気のない校庭。影を落とした校舎。失禁寸前が一人。


 そびえたつ深紅の竜を見上げて神を呪った。


 『マザーファッ〇ー!!』






 神にむかって悪態をつく数時間前、僕は何万回目かのため息をつく。


 「……クッ、あの禿げ爺、進路相談に出ないと退学にするってほとんど脅迫じゃないか。卑怯にもほどがある。生徒の自主性を重んじる校風が聞いて(あき)れるな」


 足取りは重い。見えない鉄球の足枷がついているようだ。


 「しかし計画は完璧だ。昨晩から何度もシミュレートを繰り返した。放課後の、部活動も終わるぎりぎりの時間、二者面談を華麗にやり遂げてミッションコンプリートだ!。"蓮太郎"、お前ならやれる、やれるさ、やったるぜ!」


 自分に幾度も言い聞かせた。


 人通りの少ない歩道で両拳を振り上げてガッツポーズをする。決して変質者、異常者、不審者ではない。不甲斐ない己を鼓舞する儀式を行っているだけだ。


 こんな哀れな姿を同級生に見られたら即帰宅決定だが。


 (わたくし)こと、"青海蓮太郎(おうみれんたろう)"は()()()()()()()()だ。すでに学校へは3ヵ月と3日。数日で100日間を達成する。引きこもりの理由は単純明快、虐めによる登校拒否だ。生まれつき虐められやすいのか、物心ついたときからなにかしらの虐めを受けてきた。陰口や無視から始まり、盗み、暴行、辱め、なんでもござれだ。この状況をどうにか打破しようと、あれこれと試行錯誤を試みるも努力むなしく徒労に終わった。


 ただ、不幸中の幸いか両親からの虐待はなく、一人っ子のせいか過保護に育てられた。今回の長期引きこもりの理由にはしたくないが否定もできない。そして心地の良い家にいる限り状況が好転するはずもなく、半ば諦めかけている。今では孤独街道をただひた走る運びとなった。

 

 今自分が歩いている街路樹の坂道のように、辛く苦しい日々が永遠と続くのだろうか。今日の進路相談も投げ出したい気分をなんとかぎりぎりで踏ん張っていた。


 「せめて学校に理解者がいれば耐えられる……はず…………なんだけどな。いっそのこと、こ、恋人ができれば暗い学校生活が一転して楽しい毎日が来る!」


 万年彼女募集中。西日に伸びた自分の影が妙にせつなかった。


 「まあ……無理だよなぁ……」


 一人愚痴たところでまたため息。この世は不条理極まりない。


 路傍の石ころを一瞥して思い切り蹴ってやった。勢いよく小石は道路を挟んで遠くへ飛んでいった。



 ──ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ──



 視界が突然揺れると、凄まじい地鳴りが起きた。全身マッサージにしてはずいぶんと激しい。


 「うぇっ、えっ、蹴った小石で!?」


 そんな馬鹿なと思いながら必死になって近くの電柱にしがみついた。


 これほどまでに大きい地震は生まれて初めての経験だ。周囲に林立する家や街路樹が激しく揺さぶられる。地面のアスファルトに亀裂が入り、大地が波打つように隆起する。まるで自分が酔っているかのような光景だ。


 電柱も激しく揺さぶられて電線が耐えきれなかったのだろう。張り詰めた電線は破線してどさりと目の前に落ちた。


 「やばっ、洒落になってない!!。感電したら死、あるのみ!!」


 思わず声をあげた。授業で習ったが、たしか電線の電圧は高く、触れるとあの世へ直行するほどで、近くに寄っただけでも感電する危険性があると、授業で習った覚えがある。


 すぐさま電柱から手を離して逃げようと試みる。


 「あ、足が、う、動かない!?」


 僕は困惑しながらいった。トランポリンのように地面が跳ねて思うように進めない。酔いがいっそう加速する。もたつく自分の足に苛立ち、転びそうになりながらどうにか走り出す。


 しかし危険を脱してすぐに貧弱な筋肉が音を上げる。足が痛い、息が苦しい。100日間もの怠惰な生活により肺もすぐに酸素不足におちいった。両腕が鉛のように重く、そういえば引きこもり期間中は重いものをもった記憶がなかった。虐めから脱するために逃げ足には自信があったが、こうまで衰えると情けなくて笑えてくる。


 「クハッ、カハッ、フシュウ……ゼハッハァハァハァ…………ギブッ」


 歩道脇のガードレールにもたれかかる。まるでリングロープにしがみつくボクサーのようだ。


 「こ、このままでは面談に間に合わない……」


 当初から時間的余裕はなく、教師が帰るぎりぎりを狙っていた。これでは、せっかく意を決してここまで足を運んだのがすべて無駄に終わってしまう。


 呼吸を整えて小鹿のような足を奮い立たせる。ほとんど荷物が入っていないショルダーバックがやけに重く感じた。堕落した生活のつけを痛感した。


 「……は、早く行かなければ──」

 

 しゃがれた声で僕はいった。


 この坂を越えればすぐに学校に到着、つまらない禿げ爺の話をご拝聴しなければ退学が決定してしまう。それだけはどうしても避けたい。両親に顔向けができず、最悪家から追い出されることも想定される。


 地震のせいで多少遅れてしまっても謝ればなんとか許して……ん、そもそも間に合うことが前提条件がおかしいのではなか。未曽有の天変地異、大地震が発生したのだ。地震により学校も何かしらの被害を受けているに違いない。部活をしている生徒たちも怪我とか傷をおって二者面談どころじゃないだろう。


 そうだ、間に合わなくても問題ない。今日がダメなら明日につながれば良いのだ。

 

 「学校に行くだけでもなんと素晴らしいことだ!!。引きこもりを脱して、学び舎に行く姿こそ生徒の規範となるに違いない!!。義務教育を華々しく卒業してはや一年。自ら考え自ら行動する、素晴らしい精神を持ち合わせているじゃないか!!」


 清々しいまでの下衆な笑みを浮かべる。自己暗示をかけるよう何度も胸の内で反芻する。


 僕は身も心も軽くなりステップを踏んで歩く。地鳴りも治まり気持ちよく学校に向かうことができそうだ。



 ──ギャアアアァァァァァァァァァァァァ──



 いきなり女性の悲鳴が聞こえた。咄嗟に振り返り辺りを見回す。


 「……見えない、な?」


 疑問を呈するように僕はいった。辺りは白い靄にかかっていた。隆起した地面の裂け目から勢いよく白い蒸気が吹き出している。そのせいで視界が(さえぎ)られて視界が悪い。地中の配管かなにかが切れたのだろうか。呼吸ができるあたり、有毒ではないと思うがあまり口には入れたくはない。


 そのせいで周囲の様子がまったく見えない。


 「じ、地震のせいで怪我でもしたのか?。どうする、助けにいくべきか、声だけでもかけに行くべきか?。しかし、最近は声をかけるだけで不審者扱いされるケースもあるとなにかでみたな。犯罪者扱いされようものなら、退学リーチの身分なら一発でアウトだ!!」


 声から察するに距離はあまり遠くはないようだ。自分の後方から声が聞こえたような気がした。交通機関が麻痺している可能性もあり、救急車が到着するのに時間がかかりそうだ。二者面談も気になったが、女性の方が気になる。尋常でない叫び声。無意識の内に来た道を戻ろうとした。


 「…………こ、これはっ!?」


 思わず足が止まってしまった。それ以上足が前に出ない。


 「ギョェェェェェェェー!!」


 「ダ、ダスゲデェェッ!!」


 「ギャッー……ゴブブブッ……メ゛ッ」 

 

 白い煙に隠れてあちこちから人間の絶叫が鳴り響く。聞いたこともないような他人の断末魔に足が竦み立ち尽くす。先ほどまでの楽観的思考は一気に急降下、地の底まで叩き落された。


 この状況は一体なんなのか。硬直した体で両眼だけがせわしなく靄の少ない場所を探す。何が起きているのか、この目でどうしても確かめたかった。


 だが、その努力は虚しく次第に白い靄は霧となって充満していく。自分を覆うようにまとわりつく最中、すぐ近くで人でない獣の雄叫びが聞こえた。


 「クッ!?」


 無意識に身をひるがえして全速力で走り出す。長年培ってきた条件反射だ。虐めを緊急回避、三十六計逃げるが勝ち。動物の習性ともいえる情けない特技に僕は悲嘆に暮れつつ学校へと向かった。背後から迫りくる咆哮と足音に無我夢中にアスファルトを駆ける。


 逃げる直前、(もや)の隙間から鋭く光る双眸(そうぼう)がみえた。

 

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