特別編 環と姫乃とウソ
エイプリルフール特別編。
学生の皆さんは今日から(一応)新学期スタートですね。自分も今年は受験生ですよ…………頑張ります(笑)
そんなわけで、午後ですがウソにまつわるイチャイチャをお届けします。
時系列的には環くんがこっちに戻ってきた数日後のお話です。
全てが解決し、この街に戻ってきて数日。皆が文化祭の準備をしている中、僕はあることに頭を悩ませていた。
何というか、姫乃に避けられている気がする。
話しかける度に「あ、ごめん、えっと……先生に呼ばれてるからまた後でね」なんて言って逃げていく姫乃を何度も見てしまっては、単なる『気のせい』で片付けることは難しかった。
だから今日は姫乃にかまをかけてみるつもりだ。
「姫、ちょっといい?」
「え、あ……菊地先生に呼ばれてるから職員室に行かなくちゃなの! 後でいい?」
そんなことを考えていた矢先、廊下の角を曲がってきた姫乃とぶつかりそうになってしまったので、特に用事もなかったけれどそう尋ねてみた。案の定担任に呼ばれたと言い訳をして逃げようとする姫乃に、こう言ってみた。
「あれ? 菊地先生ならさっき図書室であったんだけどな」
もちろんウソだ。僕は図書館に行ってなどいないし、ましてや菊地先生の居場所など知るはずもない。それでも姫乃には効果覿面だったようだ。
「ふぇ!? えっと……ん、と…………その」
必死に言い訳を探している姫乃が可愛くて、つい耳もとで「ウソ」と囁いてしまった。姫乃は「ぴゃっ!?」と小さく声を上げ、体をピクッと跳ねさせた。それと同時に柑橘系の香りがしてきて、不覚にもクラっと来てしまったのは誰にも言えない。
姫乃は顔を真っ赤にして「騙したの!?」と上目遣いで僕を糾弾した。
「最初に僕にウソをついたのは、姫だけど?」
「うぅ………………」
正論だったようで、姫乃は何も言えなくなってしまった。これ以上追及するのもいじめているみたいで可哀想だったので、どうして僕を避けているのかを聞いてみた。
「何で僕を避けてるのか、教えてくれない?」
「………………………………──の」
「え?」
小さな声だったので聞き取れなかった。姫乃に聞き返すと、半ばヤケになったように大きな声で叫んだ。
「緊張しちゃったの!」
その声に、廊下を歩いていた生徒たちの視線が一気に僕たちに集まった。自業自得だと思うけど、姫乃は体を縮めて僕の後ろに隠れた。もちろん隠れきれてはいない。
「姫、多分見えてるよ」
「隠して!」
「えぇ…………」
あまりの無茶ぶりに苦笑していると、前から亜美が「どしたー?」と呑気に歩いてきた。姫乃は僕の後ろに隠れたまま動こうとしないので、仕方なく僕が事情を話した。
事情を聞いた亜美は、呆れたように首を振って僕に言った。
「あのねぇ……」
「何?」
「緊張しちゃうのも当然でしょ。彼氏ならわかってあげなよ」
ところが、僕には全く心当たりがない。だからこう返すしかできなかった。
「心当たりが皆無なので、ご教授願えますでしょうか」
「正直なのはいいけど、それは彼女の口から聞いた方がいいかなー」
「あ、そう……」
「てことで私は行くね」
一方的にそう言って亜美は去っていった。何だったんだ、一体。とはいえ亜美の言うことにも一理あるので、詳しく聞こうと姫乃の方を振り返る。しかし、僕と目が合った姫乃は「うぅ…………」と唸っただけでそれ以上何も言ってはくれなかった。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴り、僕は頭の上に疑問符を浮かべたまま教室に戻った。
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特に何もない──とは言いきれないか。授業中ずっと姫乃の視線を背中に浴び続けるという謎の苦行に耐えきって、漸く下校の時間になった。
姫乃から何も聞いていない身としては1人で帰るわけにもいかない。鞄に教科書を詰めながら、どこかぼーっとしている姫乃に声を掛ける。
「姫、帰ろうか」
「うわぁっ!? 何だ環くん…………驚かせないでよ」
「いや、驚かせたつもりはないんだけどな」
「そうなの?」
「うん。で、一緒に帰る?」
「んーん、ちょっと用事があっ──」
「ウソだよね」
「ふぇ?」
「さっきから目が泳ぎまくってるし、ばればれだよ」
そう教えると、「そういうのはもっと前に言ってよ!」と姫乃に脛を蹴られた。意外と痛い。
「じゃ、帰ろうか」
そのまま姫乃の鞄を持って教室を出る。鞄さえ持ってしまえばどうとでもできる。呆気に取られた様子の姫乃はすぐに小走りで追いかけてきた。
「ちょっと強引……」
「聞きたいこともあるしね」
「………………聞かないっていうのはダメ?」
「どうしても聞きたい」
「んー………………わかった。その代わり笑わないでね?」
「……? うん」
姫乃は正門を出たところで観念したようにポツポツと話し始めた。
「緊張してたんだ。環くんが全部思い出してくれたのはいいんだけど、いつも通りじゃいられないのかなって。思い出して欲しくなかったわけじゃないけど、何だろう、私の心の準備ができてなかったのかな。そのせいでずっと避けちゃってたんだ。環くんが悪いわけじゃないから安心してね?」
それを聞いた僕の口から出たのは、「え、それだけ?」という言葉だった。しまった、と思ったけどもう遅い。姫乃は頬を膨らませて睨んできた。
「こっちは真剣に悩んでたのに」
「や、だって……別に思い出したからって今までの記憶が全部なくなるわけじゃないし。ていうか良かった……」
「良かった?」
「ただの思い過ごしだったんだなって」
「何が?」
「…………恥ずかしいんだけど、その、倦怠期的なアレかと」
正直に思っていたことを告げると、姫乃は慌てて僕に──というか自分自身にも言い聞かせるように──言った。
「そ、そんなことない! 私が環くんと一緒にいるのに飽きることなんて絶対にない! 環くんを嫌いになるなんてない!」
「………………あ、ありがと?」
一息にそこまで言いきった姫乃に思わずお礼を言ってしまった。すると次の瞬間、姫乃の顔が熟れたリンゴのように真っ赤になった。自分が何を言ったのか、遅れて理解が追いついてきたんだろう。小さな声でこう付け足した。
「な、なんてね! 環くんの行動次第で──」
「ウソだよね」
「へ?」
「目、泳ぎまくってるよ」
姫乃は「うぅーーーーー!」と唸って僕の胸をぽこぽこ叩いてきた。脛を蹴られた時とは違い、全く痛くない。別に怒っているわけではなさそうだからそのままにしておく。
「ばかばかばかー! 環くんなんて嫌いー!」
「嫌いにならないって聞かされた直後にそれ言われても、説得力ないんだよね」
「うるさいー!」
そう叫ぶと姫乃は駆け出してしまった。でも10数メートル進んだところで立ち止まり、僕が追いつくのを待ってくれた。少し歩みを早めて姫乃に追いつき、思っていたことを言葉にする。
「姫、ありがとね」
「え? 何もしてないけど……?」
「何でもいいよ、とにかくありがとう」
「? うん」
『嫌いにならない』と言ってくれてありがとう、なんて恥ずかしくて今は言えない。それでも、姫乃がずっと僕と一緒に歩いてくれるなら、いつか必ず、君の目を見て言うよ。
姫乃に追いつくと、どちらからともなく手を繋ぐ。姫乃の温もりを感じて胸が温かくなった。
そのまま僕たちは、いつもの距離感で家路についた。翌日以降、姫乃が僕を避けるようなことは、なくなっていた。
いかがでしたでしょうか。
(イチャイチャ不足だったので少し付け足しましたよ)
猫の日、エイプリルフールと特別編もちょくちょく挟みながら100話に近づいてまいりました。
今後とも、『あの場所でもう一度君と』を宜しくお願い致します。
※もうタイトル変えた方がいいんじゃないだろうか




