第4章9話 文化祭2日目①
2日目、開幕です
いつも通り2人で手を繋ぎながら登校する。だだしいつもとは違うことが1つある。隣を歩く2人が付き合い始めたということが。まぁ、2人は僕たちと違い手を繋いでいるわけでもないので、すれ違う人たちから付き合っていると思われることはないだろう。
「大悟、1つ聞きたいんだけど」
「ん、何だ?」
「昨日の午前中って人どれくらい来た?」
「あー……お前ら今日午前シフトだっけ」
「うん」
大悟曰く、昨日の午後ほどではない。と言っても昨日と今日では状況は異なる。大悟のその情報があてになるかと言われれば、NOと答えざるを得ない。
「ありがと」
「おう、頑張れよ」
「2人はデート?」
「まーな」
「ちょ、大悟! 声大きい!」
「っと……悪ィ」
どちらかというと亜美のツッコミで振り向いた人の方が多かったんだけど、それは言わない方がいいだろう。姫乃も同じことを思ったようで、くすっと微笑んでいた。そこには昨日までのような沈んだ面持ちの女子はいない。楽しそうに笑う姫乃と、それを見て安心した僕がいるだけだ。
「それじゃ、頑張ろっか」
「うん!」
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「それじゃー今日もカウントダウン! 皆さんご唱和下さい、せーの、5 4 3 2 1 …………2日目、スタート!」
今日も今日とて紗夜の号令で開始を迎えた。準備時間に野菜を切ってホットプレートの電源を入れていたから用意はばっちり。後は……クラスの皆には悪いけど、あまり人が来ないことを願うのみだ。
でも、そんな心配は杞憂に終わった。朝早いからか、それとも昨日ほとんどの人が来てしまったのか、5分に1皿売れればいいペースで焼きそばを作っていた。隣で追加の野菜を切っている龍馬も「楽だねー」と苦笑していた。
「まぁ油断はできないよね」
「でもやっぱり文化祭って感じはするね」
「楽しい?」
「うん!」
僕たちのそんなやり取りを見ていた龍馬が「さすがだなぁ」と呟いていたんだけど、聞こえないふりをして肉を炒めた。
シフト終了まで残り1時間近くになって、段々と人も増えてきた。それでも昨日ほどではなかったから簡単に対応することができた。そんな時、声をかけられた。
「環くん、焼きそば1つ頼むわ」
「和正さん、待ってましたよ」
昨日言っていた通り、和正さんが来てくれた。「誰?」と尋ねてきた龍馬に、和正さんは「環くんの住んでるマンションの管理人や」と答えていた。それで納得した様子の龍馬は「じゃあ環くんの出番だね」と全てを僕に丸投げしてきた。別に異論はないから手早く作って和正さんにわたす。
「どうぞ」
「ありがとさん」
焼きそばを受け取ってカウンター席に着き、律儀に「いただきます」と言って食べ始めた和正さん。和正さんの口に合うか心配だったけれど、和正さんは1口含んだだけで僕に向かってサムズアップして見せた。“美味しい”と受け取って大丈夫だろう。
「何だろう、面白い人だね」
「あの面白さに何度も救われてるんだよ」
「いい人だよね、和正さん」
そんなことを話していると、和正さんがこっちを向いてニカッと笑った。全て筒抜けだったようで、少しだけ顔が熱くなった。
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和正さんは「美味しかったよ」と言って教室を出ていった。その間にも僕たちのクラスを訪れる人は増えていて、昨日ほどではないにしろさすがに忙しくなってきた。
そんな時、また聞き覚えのある声が耳に届いた。
「環くん、久しぶり。元気にしてた?」
「陽真さん!? 何で……」
「何でって……今や妹はこの学校の生徒だしね」
「あ、そうか。お久しぶりです」
陽向がこの学校に転校してきているんだから、陽真さんに招待状を送っていても何ら不思議ではない。そんな僕に、陽真さんは微笑みながら言った。
「うん。早速だけど、焼きそば2つお願いできるかな」
「2つ……ですか?」
戸惑いながらそう聞き直すと、陽真さんの後ろから陽向がひょっこりと顔を出した。あお姉といい陽向といい、何で誰かの後ろに隠れるんだろう。
「私も焼きそば食べたいなー」
「……はいはい」
そう答えて2人分作り始めようとした時、隣で姫乃が「陽向さんの分は私が作る」と呟いた。僕や陽向が何か答える前に作り始めたので、僕たちは一瞬固まってしまった。
「えーっと……姫乃さん? 私は環くんにお願いしたんだけどなぁ」
「…………環くんの味を知ってるのは私だけでいいの」
姫乃は姫乃で、何故か陽向に対抗心を燃やしているようだ。というか僕の味を知っているのは大悟たちもそうなんだけど……それは言わない方がいいだろう。それにちょっとムキになっている姫乃も見ていて可愛い。もう少し見ていたかった。そんな2人を他所に、陽真さんは龍馬に「どうも、陽向の兄の陽真です」なんて挨拶をしていた。
「陽真さん、どうぞ」
「うん、ありがとう」
「陽向さんのはこっちです」
「毒とか盛られてないよね……?」
真逆と言い切っていいほどのセリフで2人が皿を受け取った。そのまま席を探しに行く2人を見送りながら、それとなく姫乃に尋ねてみた。
「姫、何かあった?」
「上手く言えないけど、陽向さんを見るとモヤモヤするの」
「そっか」
残念だけど、こればかりは僕にはどうすることもできない。姫乃と陽向が仲良くなってくれることを祈るばかりだった。
そんな僕たちを見て「青春だね」と龍馬が呟いたので、軽く脇腹を小突いておいた。
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昼前に伊織、瑞希、紗夜に代わってもらい、僕たちは混み合う人の列を潜り抜けて廊下に出る。これで僕たちのシフトは全て終わったことになる。一安心だ。
「ちょっと早いけど、お疲れ様」
「ん、お疲れ」
「お疲れ様でした!」
3人でお互いを労いつつ、僕はこの後どこに行こうかとパンフレットを取りだした。横から姫乃も覗き込むようにしてきたので見やすいように開くと、後ろで「じゃあ僕はこれで」という龍馬の声が聞こえた。振り返ると既に龍馬の姿はなかった。足、速すぎだろ。
「姫、どこ行こうか」
「とりあえずお腹空いた」
「僕もお腹空いたな。弁当、食べよっか」
「うん、そうしよ」
そんなわけで僕たちは屋上に続く階段にやって来ていた。最初に姫乃に告白された、思い出の場所。今でもここに来ると少しだけ胸が温かくなる。2人分の弁当を鞄から取り出して、片方を姫乃に渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがと!」
「うん」
唐揚げ、だし巻き玉子、蓮根のバターソテー…………姫乃と一緒にご飯を食べ始めてから発見した彼女の好物をふんだんに詰め込んだ弁当。フタを開けた瞬間、姫乃の目が輝いた。
「わ、好きなのばっかり」
「良かった。ほら、早く食べよ」
「うん。いただきまーす」
「いただきます」
唐揚げを食べて「んーっ」と舌鼓を打っている姫乃。可愛くてずっと見ていたかったけれど、そんなことをすると姫乃の機嫌が悪くなるのが目に見えている。結果がわかっていてリスクを冒すほど馬鹿ではない。僕も自分の弁当に箸をつけた。
「ご馳走様ー」
「ご馳走様でした。さて、どこ行こうか」
「んーとね、ここ!」
即答だった。姫乃が指さしたのは、2つ隣のクラス。確かそこは……
「……バザーか」
「そうだよー」
「何か買いたいのでもあるの?」
「えっとね、環くんとお揃いの物買えたらなーって」
“お揃い”という言葉に顔が熱くなってしまった。でも冷静になって考えると今更か。手を繋いで登校までしているのに、今更お揃いで恥ずかしがるのもおかしいか。
「ん、わかった。行こっか」
「良さげなのあるといいね」
「うん、そうだね」
そんなわけで、僕たちは弁当を食べ終えて、バザーをやっている教室まで急いだ。
姫乃と陽向が出てくる話、書いてて楽しい。




