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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
4章 文化祭
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第4章7話 文化祭1日目終了後④ ──柏木家と彼女 ⅱ ──

以前にもあったかと思いますが

◇◆で挟まれたところは回想みたいな感じです。

この話は姫乃視点の振り返りでもあります。あとイチャイチャは少なめですのでご了承下さい。というか重めな気がする。

 夕食を終えても、姫乃はなかなか帰ろうとしなかった。僕も少しでも長く一緒にいたかったから、別に文句はない。文句を言うのであればあお姉だ。部屋にやって来て僕にばかり絡んでくるのが正直言って鬱陶しい。

 姫乃は姫乃で何故か父さんと色々話をしていたから助けを求めることはできなかった。


「ちょ、あお姉……あお姉ってば」

「いいじゃんかぁ」

「何がだよ!?」


 酔っている? いや、でもあお姉に酒は渡してないし……いや待て、まさか!


「父さんに渡した酒の匂いで酔ったのか!?」


 夏休みにあお姉がやって来た時に飲んでいたビールが1缶、未開封で残っていた。賞味期限にも余裕があったから父さんに渡した(疑われたけど理由を説明したら納得してくれた)けど…………


「酔ってないよ」

「いや絶対酔ってるって! 水飲んでよ」


 僕に寄りかかって「ほらほらぁ」と言いながら抱きついてこようとするあお姉を全力で押し留めて部屋を出てリビングに避難する。場所を移動したことで父さんと姫乃の会話が聞こえるようになった。頭では聞いたらダメだと理解していても、無意識的に聞き耳を立てていた。


「環は迷惑をかけていないかい?」

「大丈夫です。むしろ私が迷惑をかけているんじゃないかと……」

「それは心配いらないと思う。環の顔を見ていればわかるよ」


 あ、ダメだ。これ、聴き続けてると僕が恥ずかしくなるだけのやつだ。

 頬が熱くなるのを実感しながらテレビをつける。横目で確認すると父さんがこっちを見て微笑んだように見えたけど、気のせいだろう。

 それでも何故か、2人の会話が耳に届いてしまう。


「環くん、私が困ってる時はいつも助けてくれるんです。初めて公園であった時も、環くんが話しかけてくれたから──」

「少しいいかな。君たちの出会いは葵から聞いているんだが……その公園に君の親はいなかったのかい?」

「えっと、あの頃は、私は放置されていたんだと思います。ご飯は作ってもらってたんですけど、それ以外は…………」

「…………ネグレクト?」

「はい、多分そうなんだと思います」


 初耳だった。

 テレビの音なんて聞こえてこない。これを聞いて、はいそうですか、と簡単に切り捨てられるほど、僕は冷たい人間ではない。


「姫、それ……僕も聞いていいかな」

「環くん……でも──」

「姫のこと、知っておきたい」

「ん、わかった。そうだね、環くんは全部話してくれたのに私だけ隠し事してるのはダメだよね」


 もしかしたらすごい嫌な気持ちになるかも、と前置きをして姫乃はゆっくり話し始めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私の両親は、私に無関心だった。

 ご飯は用意してくれるけど、それ以外は全く相手にしてくれない。どれだけ頑張っても私と目を合わせてくれることはなかった。わずか3歳で、私の味方はおじいちゃんとおばあちゃんだけなんだと理解した。だけど遠くに住んでいるからそうそう会えるわけでもない。だから私は1人ぼっちだった。そう、あの時までは。


 小学校に入学した年だった。いつもの通り帰っても家には誰もいない。だから鞄を置いて家を出て、近くにある公園にやって来ていた。

 小学生1人で何ができるわけでもない、それでも私にとって家にいるよりはマシだった。そんな時、彼が──環くんが私を見つけてくれたんだ。

 それからは公園に行くのが楽しみになった。寂しいとか悲しいっていう感情が当たり前になって、何も感じなくなっていた私の前に現れた環くんは、比喩なんかじゃなくて、まさに光だった。少しずつ暮らしの中に希望を見つけられるようになって、いい成績をとれば親も少しは褒めてくれることがわかった。だから、環くんがいたから私は必死に頑張れた。


 それでも、神様っていうのは絶望を与える方が得意なんだね。


 数年もしないうちに、私の光はより大きな闇に握り潰された。

 環くんが、私の前からいなくなったんだ。環くんだけじゃない、あお姉さんも、叶奏さんも、私の味方だった人は次から次へといなくなってしまった。

 私はまた1人ぼっちになった。

 何を恨んでいいのかわからなかったから恨めなかった。いや、恨んでも無駄だと理解していたからこそ恨まなかったのかもしれない。


 結局私は1人のまま高校生になった。おじいちゃんたちの住んでる町で暮らしたい、両親にそう告げると、快く承諾してもらえた。その時の2人の嬉しそうな笑顔を忘れることはできない。瞼を閉じると、今でも鮮明に思い出せる。

 早く親元を離れたかった。だから中学卒業と同時に私はこの街に引っ越してきた。母親の旧姓を名乗り、本当の意味での1人暮らしが始まった。

 そう思っていたからこそ、教室で環くんを見つけた時は本当に驚いた。


 信じていなかった神様に思わずお礼を言ってしまったほど嬉しかったし、報われたと思った。

 だけどその喜びも空を切った。

 環くんは、私のことを覚えていなかった。


 それくらいのことで諦める私ではなかった。環くんと再会できたんだから、彼が覚えていなくてもいい、また新しい関係を築いていけばいいだけの話。そう思っていた。でも、環くんは全くと言っていいほど人を寄せつけようとしなかった。環くんの身に何があったのかはわからない。それでも私は諦めなかった。じっと、環くんと話す機会を伺っていた。


 そんな時、私に最高の機会が訪れた。


 6月、公園で猫を助けようとして動けなくなっていた私に、環くんが声をかけてくれたんだ。必死に頼み込んで助けてもらって(ちょっとしたハプニングもあったけど)、環くんとまた話すことができた。嬉しかった。でも、環くんはすぐに帰ろうとした。だから私は一計を案じた。わざと転んだ振りをして「足を挫いた」と嘘をつき、環くんに家に送ってもらうことにした。そこで住んでいるマンションが同じだったことを知る。運命でも、奇跡だとしても、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


 足を挫いているわけでもないのに「湿布が家にない」と嘘を重ね、環くんの家に上がった。今振り返るとやり過ぎたかな、とも思うけど、舞い上がっていた私はちょっとした色仕掛けもやってみたりした。その甲斐あってか、私は環くんと友だちになることに成功したんだ。

 それからは1日1日が過ぎるのがあっという間だった。

 お礼と称してデート(まだ片思いだった)に行ったり、友だちも増えて、夏休みにはここで小さな夏祭りを開いたり、海にも行った。ナンパされた時に環くんが助けてくれて、本当に嬉しかった。環くんの心の片隅に、“私”が存在していると思えたから。


 そして充実した夏休みが明けて、2学期。

 私は環くんに告白をした。環くんは凄い動揺していて、私も恥ずかしくなったけど、返事はまだ先でいいと言ったことで何とかその場は切り抜けられた。

 課題テストが終わった翌週の月曜日、その間に環くんに何があったのかは知らない。亜美ちゃんと登校した私は、環くんに呼び出された。私の腕を掴んで空き教室に入った環くんの表情は強ばっていて、私は不安になった。断られるんじゃないか、と。


 でも、結果は真逆だった。


 『好きです』『付き合って下さい』。この2つの言葉が聞こえた時、私は耳を疑った。「急すぎる」と言ったけれど、それは環くんも同じだったらしく、それに環くんは私と一緒に文化祭を楽しむことまで考えてくれていた。嬉しくて嬉しくて、嬉しい以外に何も考えられなくて、気がつくと私は環くんの胸に飛び込んでいた。そんな私を、環くんは優しく受け止めてくれた。この幸せな時間がずっと続けばいい、そう思った。そう願った。それなのに──


 神様は、どれだけ私に試練を与えるんだろう。


 付き合い始めて数日、私たちの前に、彼女が──橘陽向さんが現れた。

 陽向さんは驚く私たちをよそに、嬉しそうに環くんに語り掛ける。環くんは彼女の声を聞くと、体を強ばらせていた。だから私は環くんの腕をぎゅっと握った。それでも、私は環くんの手を離してしまった。陽向さんの「婚約者」という言葉に衝撃を受けたから。環くんが私を騙していたんじゃないかと、そう思ってしまったから。全てを聞きたい、だから私は環くんの体を叩くふりをしてあお姉さんを呼んだ。あお姉さんは、私のことを覚えていてくれたから。


 あお姉さんが呼んだ陽真さんがやって来たところで、全てが明かされた。環くんが私の前からいなくなった理由、あれから環君の身に起きたこと、全てを聞いた私は、環くんを、そして陽向さんでさえも責める気にはなれなかった。環くんと陽真さんが謝るのを聞きながら、陽向さんの力になると決意するのを聞きながら、私は自分に何ができるのか必死に考えた。そんな私に、環くんは「待っていて欲しい」と言った。悲しかったけれど、私のためを思って言ってくれているとわかったら、大人しく引き下がるしかなかった。


 そして、環くんは全てを解決しに行った。心配だった、でも、私は環くんを信じた。


 心配で、不安で押し潰されそうな中、私は待ち続けた。そして漸く環くんから帰ってくると連絡があって、17時にあの公園に来て欲しいと言われた。

 待ちきれない私は、文化祭の準備があるにも関わらず学校を早退した。皆何かを察してくれたのか、笑って私を送り出してくれた。

 全力で走ってやってきた公園、そこに彼は立っていた。我慢できずに「環くん!」と叫ぶと、彼は驚いた顔で振り返った。そして逃げようとした。そんな環くんに駆け寄ろうとして、私は転んだ。演技なんかじゃなく、本気で盛大に転んだ。

 さすがにそんな状態で逃げるわけにもいかなかったのか、おそるおそる近づいてきた環くんの足首を掴んで「捕まえた!」と笑う。環くんの顔を見れた、それだけで嬉しかった。環くんは足を挫いた(嘘じゃない)私を背負って歩き出してくれた。「湿布は?」「ないよー」という懐かしいやり取りをして、環くんの部屋に。私が足首に湿布を張っている時に、偶然見てしまった環くんは顔を真っ赤にしていた。狙ってやったわけじゃないから私も少し恥ずかしかったけど、私以上に照れている環くんが可愛くて、私は環くんをぎゅっとハグした。そんな私を、ぎこちない動きで受け止める環くん、何となく、今までと違うなと思った。


 思い出したんだよね、と尋ねると、「全部思い出した」と答えがあった。もう、限界だった。私は涙を堪えきれなくなり、そのまま顔を環くんの胸に埋めた。そんな私を、環くんは優しく包んでくれた。嬉しくて、私は暫く泣き止むことができなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 全てを語り終えた姫乃は、嬉しそうに笑った。


「だからいいんです。どれだけ親に無視されても、私には環くんがいてくれる。それだけで、何でもできる気がするんです」


 気がつくと、僕は姫乃を抱き寄せていた。父さんもあお姉も見ていたけれど関係なかった。「わっ」と恥ずかしそうに声を漏らす姫乃をぎゅっと抱き締めて、「ごめん」と口にする。


「謝らなくてもいいよ」

「うん。でも──」

「大丈夫だって。環くんが守ってくれるんでしょ?」


 その問いかけに、僕は覚悟を決めて答えた。


「うん、絶対に離さない。姫、ずっと一緒にいよう」


 刹那の沈黙、そして姫乃は僕の胸の中で大きく頷いて答えた。その声は、少しだけ震えていた。


「うん!」

通算100話に近づいてます。

100話目をどうするかは前から決めてありました。

どうぞお楽しみに!

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