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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
4章 文化祭
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第4章3話 文化祭1日目③

お待たせです。

すみません、寝てました。

 姫乃と焼きそばを食べ終えて、一旦校舎の外に出る。この学校では疲れた人のために昇降口近くに休憩所が用意されている。といってもテントだけの簡易的なものだけど。

 とにかく僕たちはシフトの時間になるまでそこで休憩することにした。


「んー! 涼しいね」

「うん。でも本当にここでいいの?」

()()()いいんだよー。この時間ならまだ休む人少ないだろうし、2人になれるでしょ?」

「あ、うん」


 顔色ひとつ変えずに「2人になれる」と言いきった姫乃。姫乃は一切恥ずかしがる様子もなく、僕だけが照れている。淡い笑みを浮かべる姫乃の顔を直視できなかった。少し離れた所に設置されている校歌が刻まれた石碑を眺めていると、姫乃が僕の顔を見て不思議そうに聞いてきた。


「何かあった?」

「ん、どうして?」

「真剣な顔してるから……」


 真剣な顔をしているつもりはなかったので、姫乃に心配をかけてしまったことに少し申し訳なさを感じる。しかし、それよりも姫乃をからかってやろうという思いが湧き上がってきて、気がつくと僕はこんなことを口にしていた。


「僕が真面目な顔してるのがそんなに変?」

「あ、いや……そういうわけじゃ」

「酷いなぁ」

「ごめんなさ──」

「姫のこと考えてたんだよ」

「んぁ………」


 不意打ちだったのか、謎の声を上げて顔を真っ赤にする姫乃。真っ赤な顔のまま僕を睨んで「……ずるい」と呟く姫乃が可愛くて、からかっていたはずの僕の顔も熱くなってしまった。


△▲△▲△▲△▲△▲


 昼に近づくにつれて、休憩場所に立ち寄る人も増えてきた。さすがにこの状態で姫乃をからかうわけにもいかず、並んで座り、他愛もない話をして時間が過ぎるのを待った。

 12時になる少し前に、桔梗からメッセージが届いた。


『そろそろ交代の時間です。教室に来て下さい』


 そのメッセージに『了解』と返して姫乃と一緒に教室に戻る。

 予想……というか覚悟はしていたけれど、教室内は昼食時ということもあって非常に混雑していた。たった3人でこの人数を相手にできるんだろうか。少し遅れてやって来た龍馬が顔を引き攣らせていた。


「んじゃ、あと頼むわ」


 僕の肩を叩いてそう言った大悟が「疲れたー」と小さな声で呟いて教室を出ていった。しかし僕たちにはそんなことすら気にしている余裕はなく、次から次へと焼きそばを作るのに必死だった。


「4人前できたぞ」

「柏木くん次2人前お願い!」

「おう」

「こっち3人前できた!」


 接客係と声を掛け合い、死に物狂いで焼きそばを作ること1時間半。漸く落ち着いてきたと思っていたら、“その時”は唐突にやってきた。


「環、2人分くれるかな」

「あぁ、はい──」


 耳に届いた声、どこかで聞いたことがあるなぁ。しかもつい最近じゃないか? そんなことを思いながら顔を上げて、固まった。目の前の光景が理解できなかったから。刹那の硬直の後、すぐに気を取り直して何とか言葉を絞り出すことができた。


「──父さん!?」

「やぁ、久しぶりだね」


 状況についていけない、というかそもそも父さんに招待状は送っていない。それなのにどうしてここにいるのか、その疑問は、父さんの後ろからヒョコっと顔を出したあお姉の言葉によって解決した。


「シュウさんが譲ってくれたの」

「あ、そうなんだ……」

「『息子の文化祭を見に行ってあげて下さい』と言ってくれてね。彼の好意に甘えることにしたんだよ。…………ところで環」

「…………何?」

「野菜が焦げている気がするけれど、大丈夫かい?」

「え……あぁ!」


 ホットプレートの上には、憐れにも真っ黒な物体に成り果てた野菜(2人分)が鎮座していた。

 両横で、姫乃と龍馬が必死に笑いを堪えているのが目に入った。


△▲△▲△▲△▲△▲


 「だいぶ落ち着いてきたし、ここは任せてよ」という龍馬の言葉に甘え、僕は2人分の焼きそばを持って父さんと同じ席に座った。何かあったらすぐに戻れるようにホットプレートに1番近い席に、だけど。


「来るなら言ってよ」

「ごめんね。葵がどうしても驚かせたいって言うから」

「ちょ、お父さんだってノリノリだったじゃん」


 そんな会話をしている間にも、周りの生徒や客から色々な視線を浴びる。姫乃と一緒にいる時とは違う、困惑に満ちた視線。その理由はわかりきっている。父さんと、というか家族といると忘れがちだけど、父さんは元外務大臣だから。辞任した後もコメンテーターとしていくつかのテレビ番組に出演していた(今までは父さんが出演する度にチャンネルを変えていたけれど)から、そんな人物が目の前にいるのが信じられないんだろう。

 だから僕はこう言うしかない。


「そうじゃなくて……父さんがこんな所にいたら騒ぎになりかねないんだよ」


 だから招待状も送らなかったのに、という思いを含めて父さんを睨むと、「ごめんごめん」と苦笑された。反省はしていなさそうだ。


「とりあえず、焼きそば(それ)食べたら帰ってよ?」

「あぁ、わかっているさ」

「今日環の家に泊まるって」

「……は?」


 突然のあお姉の言葉に頭が真っ白になった。この人たちはどれだけ僕を困惑させたら気が済むんだろう。


「あお姉、何て?」

「ん? だから、お父さんが今日環の家に泊まるって」

「それこそ先に言ってくれよ!」


 僕の叫びが教室中に響いてしまった。

 他の客に頭を下げて回ってから、父さんを問い詰める。


「父さん、何で?」

「姫乃さんにも謝罪をしないといけないだろう? そういう意味でも文化祭(今日)が1番都合が良かったんだよ」

「……次からは連絡してよ」

「それについては済まない……てっきり葵が連絡してあるものだと」


 さっきとは異なり、本当に申し訳なさそうに謝る父さんを見て、全てあお姉の手のひらの上だったことを思い知らされた。

 結局あお姉は何も変わってない。僕が困ってるのを見て楽しみたいだけなんだ、と。その証拠に、こっちを見て面白そうに笑っていた。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、龍馬から声がかけられた。


「環くん、こっち手伝って!」

「ごめん、すぐ行く」


 これ幸いと逃げることにする。


「とりあえず冷める前に食べて。あと父さん、先帰るならコレ渡しとく」


 焼きそばが盛られた皿の横に家の鍵を置く。父さんが何かを言う前に踵を返して自分の持ち場に戻る。姫乃から「いいの?」と心配そうに聞かれたので、「大丈夫大丈夫」と返して野菜を炒め始める。

 数分もしないうちに、父さんとあお姉の「美味しい」という声が聞こえて、思わず笑ってしまった。


△▲△▲△▲△▲△▲


 午後3時、漸く文化祭1日目が終了した。無事(僕にとっては違うけど)に1日目を終えたことに多くのクラスメイトがほっと息を漏らす中、午後のシフトだった3人は疲れ果てたように教室の隅に座り込んでいた。


「……あの人数は想定外だったな」

「1年のクラスにあんなに来るとは……」

「疲れたぁ」


 そんな僕たちに後ろからペットボトルが差し出された。振り返ると亜美と大悟が立っていた。


「お疲れ様」

「ありがと。そっちもお疲れ」

「いやー、お2人さんをからかいに行こうと思ってたんだけどね……」

「あの行列に並ぶ勇気はなかったわ」


 労いの言葉と同時にそんなことを暴露されて、行列に感謝してしまっている自分がいた。残念そうにしている2人に、龍馬が「期待するほどのイチャイチャはなかったよ」と説明していた。ナイスだ龍馬、後で何か奢ってあげよう。

 龍馬に感謝していると、桔梗が声を上げた。


「1日目お疲れ様でした。この後ですけど、今日シフトがなかった人でホットプレートを洗っておいて下さい。残りは各自解散です。明日もお願いします」


 要点を簡潔にまとめた桔梗の言葉に何人かが「うーっす」と返事をして教室を出ていった。僕も帰ろうと腰を上げかけて、父さんが家にいることを思い出した。もう少しだけ、姫乃と一緒にいたい。


「姫、その、時間ある?」

「うん、あるよ」

「一緒に帰ろっか」


 やっぱり姫乃を直視できなくて、小さな声でそう呟くと、姫乃は「うん!」と嬉しそうに答えてくれた。

 姫乃が立ち上がるのを待って教室を出る。後ろから聞こえた「お疲れー」という声に手を振って応えてから立ち止まる。それに気づいた姫乃が振り返って、「環くん?」と心配そうに尋ねてきた。

 言うタイミングはここしかないだろう。


「姫、あのさ」

「うん」

「夜ご飯だけど……」

「環くん、作ってくれるの?」

「それはいいんだけど…………」

「……けど?」


 よし、言うぞ。


「今、父さんがいるんだよね」

「うん。…………え?」

「姫と、話をしたいって」

「……………………ふぇ!?」


 文化祭1日目は、まだ、終わらない。

1日目、意外とすぐに終われるかも。

というか陽向、このままだとただの悪者だな……

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