第4章2話 文化祭1日目②
1日目だけで5、6話くらい書けちゃいそうな雰囲気。
お化け屋敷を出て、まだ震えている姫乃の手を取って歩き出す。姫乃は黙ってついてきた。
「怖いなら無理しなきゃよかったのに」
「……た、環くんがいるから平気かと思って」
「…………それ言われると何も言えないんだけど」
そんなやり取りをしていると、後ろから呆れたような感心したような声が聞こえてきた。声のトーンからして呆れの方が大きいだろう。
「……すごいな」
「見てるこっちが当てられちゃうねぇ」
この前も似たようなことを言われた気がする。とはいえ大悟たちとは違い変な感情は込められていなさそうだったので何も言わずに睨むだけに留めておく。
次はどこに行くかのか尋ねようと姫乃の方を振り返って、その先に見えた人物と目があった。その人物は僕を視認すると笑顔でこちらに駆け寄ってきた。思いの外、見つかるのが早かったな。
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今すぐ逃げたい欲求に駆られながら、近づいてきた人物──陽向を待つ。
姫乃も陽向に気がついたようで、僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。
「環くん、姿が見えないと思ったらこんな所にいたんだ」
「あ、あぁ……」
「もしかしてデート中だった?」
「わかってるなら邪魔しないでよ」
「あはは、ごめんごめん。そうだ、私と一緒に回らない?」
「はぁ!?」
日本語が通じていないんじゃ、そう思ってしまうほどにめちゃくちゃな会話だった。姫乃に至っては敵意剥き出しの目で陽向を睨んでいる。
「何で陽向と……?」
「いやー、私まだこの学校の構造よく知らないからさぁ。どこに行ったらいいのかサッパリで」
「他の人に聞けばいいじゃん」
「皆忙しそうだから邪魔しちゃダメかなーって」
「僕の邪魔はしてもいいと?」
「え、邪魔だった? 姫乃さん、私邪魔かなぁ」
突然話を振られた姫乃は「え、や、その……」とどもって何も言えなくなってしまった。それを見た陽向は意地の悪い笑みを浮かべて続けた。まずい、この調子だと邪魔をされてしまう…………。
「私姫乃さんと仲良くなりたいなー」
「……え?」
「ね、一緒に回らない?」
「そ、それなら…………」
姫乃、さすがに人が良すぎると思う。
明らかに陽向の狙いは別のところにある。まさか「仲良くなりたい」なんて言う言葉をそのまま鵜呑みにするつもりじゃないだろうな……。
「陽向、悪いけど──」
「え、姫乃さんの許可は貰ったよ?」
「まだいいと言ったわけじゃ……」
「ダメ?」
「う、うぅ………………環くんとデートさせて!」
「うん、姫。断れたのは偉いけど時と場所と声量を考えようか」
「え、あ……」
パニックになって廊下に響く叫んだ姫乃は、漸くここが文化祭会場であることを思い出したようで、顔を真っ赤にして僕の後ろに隠れてしまった。周りから色々な視線を浴びる。気にしたら負けだ。
「陽向、そういうことだからごめん」
「いいところまでいったのになぁ。ま、ちょっとは意地悪できたからいいか」
「やっぱりそのつもりだったんだな」
「言ったでしょ? 『油断しないで』って。まぁいいや。じゃ、行くね」
「はいはい」
陽向は大きく手を振って走っていった。
何というか、人が変わってしまったかのようだ。以前はあんなにアクティブではなかったし、そもそももっと空気が読める性格だったはず。
…………まさか本当に僕を狙っているのか?
そんな考えに思い至って頭を悩ませていると、姫乃が僕の腕を引っ張った。
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「ごめん、どうしたの?」
「瑞希ちゃんたちは?」
「…………え?」
急いで周りを見回すと、そこには伊織と瑞希の姿はなかった。逃げたか。スマホを確認すると、伊織から『修羅場に巻き込まれるのはゴメンだわw』というメッセージが届いていた。姫乃にも瑞希からメッセージが来ていたようで、何故か顔を真っ赤にしていた。悪いと思いつつ横目でメッセージ画面を確認すると、『2人きりにしてあげる』という文が目に入った。姫乃が顔を赤くするわけだ。
何も言えなくなってしまった姫乃に助け舟を出すことにする。
「じゃあ姫、どこ行きたい?」
「……え?」
「こう言ったら伊織たちに悪いかもだけど、せっかく2人になれたんだし……楽しまなきゃ」
「そ、そうだね」
恥ずかしそうにそう答えた姫乃はパンフレットとにらめっこを始めた。でもそれも数秒のことで、すぐに顔を上げて言った。
「亜美ちゃんたちの様子、見に行こ?」
「ん、いいの?」
「うん。午後の雰囲気も掴んでおきたい」
「わかった。じゃあ行こうか」
「うん!」
姫乃は意気揚々と歩き出した。周りからはまだ色んな視線を向けられていたけれど、気にしていない、というかそもそも気づいていないようだった。
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僕たちのクラスには、それほど長くはない列ができていた。こっそり中を伺うと、どうやら亜美に怒られているらしい大悟が面倒くさそうな顔をしながら焼きそばを作っていた。その横では桔梗が疲れたような笑みを浮かべていた。まぁ、あの2人と一緒にいたらそうなるのも当然か。
そんなことを思っていると桔梗と目が合った。すぐに大悟たちにもバレてしまったので、教室に入ることにした。
「あれ、もうデート終わりか?」
「姫が焼きそば屋の雰囲気知っておきたいんだって」
「あ、そう……」
「どう? 順調?」
「まーな。さっき校長が来たぜ」
「お、おぉ」
まさかこんな早く校長が来るとは。大悟の話し方からして、なかなか好評だったんだろう。
焼きそばの香ばしさが充満する教室にいるからか、少しお腹が空いてきた。どうせだし、と思って焼きそばを注文することにする。姫乃も同じことを考えていたようで、一旦教室を出て列の最後尾に並ぶ。
「お腹空いてきた」
「姫も? でも昼が食べれなくなってもなぁ」
「じゃ、じゃあ……」
「ん?」
恥ずかしいのか、耳を貸してと催促してくる姫乃。素直に従うと、小さな声でこう囁いた。
「半分こ、しよ?」
「ん、いいよ」
「やった!」
恥ずかしそうな姫乃をからかうのも楽しそうだったけれど、こんなくだらないことで機嫌を損ねてしまっても困る。今日は姫乃に逆らわないと決めたんだ。
「200円だったっけ?」
「うん」
「それなら奢るよ」
「え、でも……」
「そこは素直に甘えてくれませんかねぇ。ていうかカッコつけさせてください」
「環くんはいつもカッコいいのに」
拗ねたようにそう呟く姫乃に、思わずドキッとしてしまった。不意打ちはずるいと思う。というか姫乃は自分が何を言ったのか自覚していないようで、少し考えてから言った。
「じゃあ、お言葉に甘えることにします」
「あ、うん。わかった」
この場で照れているのは僕だけだった。
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数分後、僕たちを見た大悟は驚いたような顔をした。
「急にいなくなったと思ったら並んでたのかよ」
「ちょっと小腹が空いてね。てことで焼きそば1つ」
「1つでいいのか?」
「うん」
「わかった。200円な」
「はい」
200円を渡して、紙皿に盛られた焼きそばを受け取る。そのまま席に座る。姫乃が「いただきます」と食べ始めるのを見て、重大なミスに気がついてしまった。
割り箸を2つ貰うのを忘れていた。急いで貰いに行こうと思って厨房を見ると、既に次の客に対応してしまっていた。
仕方ない、姫乃も気づいていないようだしなるべく意識しない方向で。
「美味しいっ」
パクパクと食べ進める姫乃。何気なくそれを眺めていると、僕の視線に気がついた姫乃が拗ねたように言った。
「恥ずかしいから見ないでよ」
「ごめん」
「ん、許します」
そのまま半分ほど食べ終えたところで「はい」と僕に渡してきた。
意識しない、という時に限って何故か意識してしまうものだ。
妙な緊張感に包まれた中で焼きそば口に運んだところで、姫乃が「あ……」と小さな声を漏らした。気づいてしまったか。
ふと視線を感じて顔を上げると、ホットプレートの向こうで亜実と大悟がニヤニヤしながらこちらを見ていた。確信犯だったか。桔梗は僕が見ていることに気づくと苦笑しながら手を合わせた。桔梗もそっち側だったのか。
ここで僕も関節キスに気づいたように振る舞うと、確実にいたたまれない空気になってしまう。それを避けるためには、このまま気づいていない演技を続けるしかなかった。どんな苦行だよ。
皿に盛られた焼きそばは、ソースが濃いにも関わらず、微かに甘い味がした。
2度目の関節キス。
1度目は第1章の6、7話を参照です。
ちなみに伊織と瑞希は2人を放置したあと各々の友人と行動しています。この2人はそういう関係ではございません。




