第3章19話 思い出を辿る
昨日はまたまたすみませんでした。
新幹線の中で色々考えた。
どんな顔で姫乃に会えばいいのか、最初に何を伝えようか、そもそも姫乃は会ってくれるのだろうか。不安の種は尽きなかった。
それでも、大丈夫なんじゃないかという根拠のない漠然とした自信もあって、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
風景を眺めるのにも飽きてスマホをいじっていると、新着メッセージが届いたという通知が来た。姫乃かと思って慌ててアプリを開くと、そこには予想もしていなかった量のメッセージが届いていた。
『今日戻ってこられるってマジか?』
『ちょっと待たせすぎじゃないかな〜』
『お疲れさん』
『お疲れ〜。皆で待ってるよ』
『君がいないから焼きそば作りの指導が滞っています。無理にとは言いませんが早く戻ってきて下さい』
『早く焼きそば作ろうよ!』
『彼女待たせすぎちゃダメだよ〜』
嬉しそうな大悟や亜美のメッセージ、僕を労ってくれる伊織と瑞希。それだけじゃない。冷たく思えるけれど、その中に優しさが垣間見える桔梗。仲良くなってまだ日が浅い龍馬や紗夜からのメッセージ。それらを見て、彼らが僕に与えてくれた影響の大きさを改めて実感する。
それなのに、姫乃からのメッセージは昨日以降届いていない。やっぱり混乱させてしまったのだろうか。それとも…………
そんなことを考えてしまってから、思い出した。姫乃がずっと僕のことを信じていてくれたことを。こんな所で、僕が姫乃を疑っている場合じゃない。姫乃はきっとあの公園に来てくれる。だから僕は、絶対に帰らなければいけないんだ。
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戻って来た。
新幹線を降りてまず最初に思ったのは、そんな当たり前の事だった。姫乃を呼び出した時間までまだ5時間以上残っているので慌てることはない。だというのに、僕は心臓が張り裂けそうなほどに緊張していた。
何となく家に戻りづらかった僕は、寄り道をすることに決めた。姫乃と付き合う前に、2人で巡った場所にもう一度立ち寄るだけの、単純な寄り道。単純、頭ではそう理解していても、足は重かった。
「………………はぁ」
電車を待っている間、無意識のうちにため息をついてしまっていた僕に、後ろから声がかけられた。
「……柏木くんか!?」
「?」
こんな時間だから生徒ではない。それなら、誰だ?
そう思って振り返ると、そこに立っていたのは管理人さんだった。
「あ、えっと……お久しぶりです」
咄嗟にそう答えると、管理人さん──葦屋和正さんは突然僕の腕を掴んで上下に振った。本当に突然のことで面食らった僕に、和正さんは震える声で言った。
「無事だったんか……良かったぁ」
「……え?」
「柏木くん、女の子連れてきた夜に急にいなくなったやろ? そっから全然帰ってこんし、合鍵使って開けても誰もおらんし……」
「す、すいません……」
今更ながら、僕が心配をかけていたのは友人だけではなかったことに思い至る。情けなさと申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「結城ちゃんに聞いても『すぐ戻ってきますよ』の一点張りで…………本当に、心配したんやぞ」
「ご迷惑、お掛けしました」
「いや、柏木くんが無事ならそれでええわ」
「ありがとうございます」
和正さんの優しさに触れ、目頭が熱くなった。もう少しで涙が出てきそうになった時、和正さんがにっこり笑って僕に言った。
「もうすぐ君んとこの高校、文化祭の時期やろ?」
「……? はい」
「確か焼きそばやるらしいな」
「詳しいですね」
「君の友達から聞いたんやけど……俺も誘ってな。プチ夏祭りん時の約束、忘れとらんやろ?」
「…………………あ、もちろんです」
「忘れとったな……」
和正さんにそう言われて、やっと思い出した。
マンションの敷地で姫乃や大悟たちと夏祭りのようなことをした時に、和正さんに「今度ご馳走になろうかな」と言われ、二つ返事で「いいですよ」と答えたことを。
あれから色々ありすぎてすっかり頭から抜け落ちていた。
何とか誤魔化すことに成功して、和正さんに言う。
「必ず、ご招待します」
「うん、ありがとうな」
そして丁度やって来た電車に和正さんは乗り込んだ。ドアが閉まる前に、「暗くなる前に帰っておいで」と言葉を残して。僕は一礼して電車を見送った。
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所変わって、僕は今姫乃と来たレストランの前に立っていた。店に入るわけでもなくただ店の前に立ち尽くすだけの高校生に、周りからは好奇の視線を容赦なく浴びせられた。だけどそんなものは関係ない。姫乃が出てくるわけでもないのに、ずっとそこに立ち続けていた。
どれくらい経っただろう。ふと我に返って時計を見ると、1時間弱経過していた。僕は踵を返してまた歩き出した。
次にやって来たのはショッピングモール内にある映画館だった。僕と姫乃の恋愛観について話し合った場所。
あの時、僕は一目惚れについて否定的な意見を持っていた。ただ、姫乃と付き合い始めてからはそんなものはどうでも良くなった。好きになるのに理由なんて必要ない。誰が言い出したのかは知らないけれど、その言葉が正しいと、素直に納得できるようになった。
そして、思う。
姫乃がいなければ、僕は変わることはできなかったんだと。
僕には、姫乃が必要なんだと。
今更かもしれない、改めて思うことではないのかもしれない。だけど、それでも──
「…………姫乃」
早く会いたいと、強く思った。その思いを行動に移すのに、そう時間はかからなかった。
映画館を離れ、駅へ向かう。ショッピングモールを出て、全力で走る。信号で止まるのがもどかしい。
何度転びそうになっても、歩道を歩く人にぶつかりそうになってもスピードを緩めない。少しでも早くあの場所へ辿り着くために。
唇を噛み、泣きそうになってしまうのを必死に堪えて走り続けて漸く駅に着く。息を切らして改札を潜り、駅のホームに立つ。
息を整えて、数分後にやって来た快速電車に乗り込む。
あと少しで会える、そう思った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。
「……………………あ」
思い出したようにスマホを取り出してメッセージアプリを開く。
姫乃とのトーク画面を表示してメッセージを打ち込もうとして、できなかった。言いたいことは溢れるほどにあるというのに、いざとなったら言葉にできない。情けない自分に嫌気が差した。
「何でだよ……っ」
結局何も伝えることができないままスマホをポケットにしまい、最寄り駅に着くのを待つ。快速だから時間は短縮されているはずなのに、何十分にも何時間にも引き伸ばされたように感じた。
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20分ほど経っただろうか、次が最寄り駅だという車内アナウンスが聞こえた途端僕は立ち上がった。思わずよろめいて車内の笑いを誘ったけれどどうでもよかった。
そして電車が止まる。
開きかけたドアをこじ開けるようにして外に出て、階段を1段、いや、2段飛ばしで駆け下りて改札を通過する。そしてまた走る。
ショッピングモール周辺より人通りが少なく、通行人にぶつかるようなこともなく走り続けることができた。
走り続け、最後の角を曲がった瞬間、見慣れた公園が視界に飛び込んできた。現在時刻は午後4時23分、約束の時間までまだ30分以上残っている。
ただ、さすがに呼吸が辛い。もたれ掛かるように座り込み、息を整える。背もたれ代わりに使っているのは、姫乃が捕まっていた石垣だった。
何度も何度も深呼吸をして、カラカラに渇いた喉を潤すために自動販売機へ向かおうとした時、僕の耳に、懐かしい声が届いた。
「環くん!」
「………………っ!」
振り返ると、そこに立っていたのは──
「何で……」
「早退、してきたの」
泣きそうに震える声で微笑む姫乃が、そこにいた。
管理人さんの名前、考えてなかったわけじゃないですよ?
名前を明かす機会がなかっただけですよ?




