第3章17話 君が待っているから
昨日「更新できない」って言っちゃったんですが
移動時間使って更新できそうだったんで書きました。
てことで読んでやってください。
橘家を出発し、自分の家に戻ってきた。修さんの車はなかったからまだ戻ってきていないんだろう。あお姉が少し寂しそうな顔をしていた。
「もうこんな時間か……環、葵、何か食べたいものはあるかい?」
父さんにそう尋ねられたけれど、僕の口から出たのはこんな言葉だった。
「昼ご飯なら、僕が作るよ」
その言葉に、父さんは目を丸くした。でもすぐに笑顔に戻って嬉しそうに言った。
「いいのか?」
「もちろん」
「それじゃあ、お願いしようかな」
実家のキッチンの構造を把握できていなかったけれど、さすが賢治さんと言うべきか、調理器具から食材に至るまで綺麗に用意されていたから、困るようなことはなかった。
色々な食材が取り揃えてあって、何を作ろうかワクワクする程だった。でも、あお姉の「パスタが食べたい」という一言に父さんが賛成したこともあって、今日の昼食のメニューはあっさりと決まった。
20分程経過して、食卓の上には3種類のスパゲティが並べられた。ミートソース、カルボナーラ、ペペロンチーノ。好きなものを好きなだけ食べれるように、ビュッフェ形式にしてみた。
「本当に、これを環が?」
「見てたでしょ」
「まぁ、そうだけど……」
僕が作った料理に、父さんは驚きを隠せないでいた。あお姉はそんな父さんなどどうでもいいようで、大きな皿にミートソースパスタを山盛りにしていた。いくらなんでも取りすぎだと思う。
「父さん、早く取らないとあお姉に全部取られるよ」
「失礼ね……そんなに食べないわよ」
「その皿を見て何でそう言えるかな……」
そんな僕たちのやり取りを見て、父さんが楽しそうに笑って言った。
「そうだね、それじゃあ食べようか」
「ちょっとお父さん!?」
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昼食を終えると、父さんは真剣な顔になって僕に言った。あお姉は食器を洗っている。
「環、君が抱える問題は全て解決したわけだが……これからどうしたい?」
その問いに対する答えは、僕の中で既に決まっていた。
「文化祭の準備もあるし、明日には戻るよ」
「……そうか」
そう呟いた父さんの顔は、寂しそうだった。修さんがいないことを知ったあお姉の顔を思い出して、思わず笑ってしまった。
「またすぐに戻ってくるよ」
「あぁ、その心配には及ばないよ」
「…………え?」
そして父さんは衝撃的な言葉を口にした。
「僕も環たちの住む町に引っ越すことにしたよ」
「………………………………はぁ!?」
「え!?」
あお姉の反応を見るに、あお姉も初耳だったんだろう。まさかの発言についていけないでいると、父さんは詳しい説明を始めた。
「今賢治さんたちには物件を探して貰っているんだ。それでも色々な手続きがあるから、実際引っ越すのは来月以降になるかな」
「あ、そう…………」
「引っ越しが終わったらまた連絡するよ」
「うん……」
急すぎてまだ実感が湧かない。
というか父さんが本当に引っ越してくるまで信じられない気がする。
「お父さん、さすがに急すぎない?」
あお姉が呆れたようにそう聞くと、父さんは笑顔でそれに答えた。
「そんなことないよ? 前から考えていたことだから。まぁ、目的は変わっているんだけどね」
その言葉に僕への監視を強化するつもりだったという意味が含まれていることに気がついて、改めて父さんと和解できてよかったと、そう思った。
でも今の父さんに僕を脅すような雰囲気なんて感じられなかったから、何も考えずに言った言葉だったんだろう。
「……じゃあ、待ってる」
「あぁ、ありがとう」
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部屋に戻ってスマホを確認する。姫乃から返信が来ていた。
──いつ、戻ってこれる?──
今の時間はもう授業が始まっている頃だろうか。返信するべきかどうか迷っていると、新たな通知が届いた。授業中にも関わらず。既読がつくまでずっと待っていたとしか思えないタイミングだった。
──色々、話したいことがあるから──
その色々に僕が姫乃のことを思い出したことも含まれているんだろうな、と考えながら『明日戻る。午後5時くらいにあの公園で待ってくれてると嬉しい』と返信をした。
姫乃と再会したあの公園。僕のこの想いを伝えるには、あの場所じゃないと駄目だ。そう思って、返信した。
姫乃にもそれは伝わったようで、すぐに返事がきた。
──わかった──
そのメッセージを確認してアプリを閉じる。
ベッドに仰向けで寝転んで、天井を見上げる。
僕だって、言いたいことは沢山ある。姫乃に伝えたいことを、頭の中で整理している内に、いつの間にか眠ってしまっていた。そして、夢を見た──僕と姫乃の、最初の出逢いの夢を。
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母さんとあお姉と訪れた公園。その砂場に、1人の女の子が座り込んでいた。周りに大人はいない。
僕は何も考えずに、その女の子に話しかけていた。
『一緒に、遊ぼ?』
振り返った女の子は、少しだけ怯えているように見えた。でも、僕が差し出した手を掴んで立ち上がった時には、笑顔になって言った。
『うん!』
『僕は環、君は?』
『桜庭姫乃』
『じゃあ姫ちゃんだ!』
『…………環くん?』
『うん、それでいいよ』
後ろからあお姉が駆けてきた。
『その子、誰?』
姫ちゃんは僕の後ろに隠れて小さな声で囁くように言った。
『桜庭姫乃……です』
『あお姉怖がらせちゃだめだよ』
姫ちゃんは僕の顔とあお姉の顔を交互に見て、僕に聞いた。
『あお姉………さん?』
『うん、僕のお姉ちゃん』
『ねぇ、ひーちゃんって呼んでいい?』
『は……はい』
『よーし、遊ぼう!』
ふと振り返ると、母さんはベンチの上で微笑んでいた。
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段々と意識が浮上して、蛍光灯の灯りに目を細める。
はっきりとしてきた頭でまず最初に思ったのは、早く戻りたい、ということだった。
だって、君が待っているから。




