第3章16話 和解とこれから
本編途中の◇◆で挟まれた部分は
視点が環から陽向に変わったところです。
橘家の問題が解決してから十数分、僕は客間の畳に額をついて、陽太さんに謝罪をしていた。誰に強制された訳でもない、自分の意志で。
「橘陽太さん、陽向さん。この度は僕の身勝手な行動によりご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
姉さんも、陽真さんも自信に課せられた問題にケジメをつけた。だったら僕だって、ケジメをつけなければならない。許されなくてもいい、そう思っての行動だったけれど、陽太さんは笑って僕を赦してくれた。
「どうして君が謝るんだい? 謝るのはこちらの方だよ」
「でも、陽向に……」
「それなら、陽向に聞いてみようか」
そう言って陽太さんは陽向の顔を見て言った。僕も陽向の目を見て、彼女の口から出される言葉を待った。
「陽向は環くんに謝罪を要求したいのか?」
陽向はそっと笑みを浮かべた。何の気負いもない、陽向の本心からの笑みだった。
「環くんとここまで来たおかげで、お兄ちゃんと、お父さんとまた家族に戻れた。なのに何で環くんが謝るの?」
「…………陽向」
「私が環くんに言う言葉は1つだけだよ。環くん、ありがとう!」
「…………っ」
満開の笑顔でそう言われてしまっては、それ以上何も言えない。黙り込んでしまった僕に代わり、父さんが口を開いた。
「橘さん、今後についてお話したいのですが……」
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大事な話をするから、ということで僕と陽向と姉さん、そして陽真さんは部屋を追い出された。陽真さんの部屋は片付けられてしまったらしく、全員が陽向の部屋に集まった。
女子の部屋に入るのは、2度目か。
「環くん、お兄ちゃん……本当にありがとう!」
本当に嬉しそうに微笑む陽向。その笑顔が眩しすぎて、陽向の顔を直視できなかった。陽真さんも同じようで、目を伏せながら申し訳なさそうに、呟くように言った。
「いや、僕は助けられただけだよ。環くんがいなければここに来ることもなかったし、さっきだって、ヒナがいなければ僕は打ちのめされていたはずだよ。だから…………ありがとう、ヒナ」
それを聞いた陽向は、恥ずかしそうに含羞んだ。
そこからは思い出話に花が咲いた。まだ父さんへの復讐を企んでいた時の陽向との会話、姉さんと陽真さんの高校時代の関係など、色々なことを聞くことができた。姉さんは自分のことを陽真さんに暴露される度に顔を赤くしていた。殆どが僕に関することだったから、聞いている僕も恥ずかしくなった。
それと同時に、姉さんに勝てるのは陽真さんか修さんだけなんだろうな、なんでどうでもいいことを思ったりした。
「……ねぇ、環くん」
「ん?」
控えめに、陽向が尋ねてきた。
「要次郎さんから聞いた?」
「何を?」
「私と環くんの、婚約の解消の話」
「………………いや」
初耳だった。
いつの間にそんな話をしていたんだろう。
「環くんには姫乃さんがいるから、もちろん解消の方向でいいよね?」
「あ、あぁ……助かる」
「うん。今度、ちゃんと姫乃さんに謝らないとなぁ」
「姫乃に言っておくよ」
「本当? ありがとう」
あまりにトントン拍子に話が進むので、話を合わせるのが精一杯だった。これ以上話を掘り進められたらついていけなくなる、と思ったところで父さんから声がかかった。
「環、こっちに来てくれるかな。葵も」
「わかった」
「今行くー」
内心でナイスタイミング、と思いながら立ち上がって陽向に「ちょっと行ってくる」と声をかけた。陽向は「行ってらっしゃい」と笑って送り出してくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
立ち去っていく環くんたちを見ながら溜め息をつくと、からかうようにお兄ちゃんが聞いてきた。
「寂しい?」
「……別に」
「そっか」
部屋の中に沈黙が流れる。
きっとお兄ちゃんには私の本心は伝わりきっているんだろう。それでも何も言わずにいてくれるお兄ちゃんには感謝しかない。
だから、人の気持ちを誰よりもわかってくれるお兄ちゃんだから、こんなことを聞いていいのかわからなくなる。
でも──
「──ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、どした?」
「1つだけ、我儘言ってもいい?」
おそるおそるそう尋ねると、お兄ちゃんは太陽みたいな笑顔で「もちろん!」と言ってくれた。
それなら、言ってもいいのかな。
「あの……ね」
「うん」
「私ね────」
ここ最近、ずっと思っていたことを正直に伝えると、お兄ちゃんは呆気に取られた顔をした。でも、それも一瞬のことで、すぐに声を上げて笑った。
「お兄ちゃん、そこまで笑わなくても……」
「ごめんごめん……」
「やっぱり……ダメ、かな?」
「まさか! 大歓迎だよ。でも、父さんにも聞いてみないとね」
「あー……」
でも、今のお父さんならきっと許してくれる。何となく、そんな確信が持てた。だから、これからが楽しみになってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
姉さんと客間に戻ってくると、父さんと陽太さんが待っていた。いつの間にか修さんと賢治さんはいなくなっていた。
「…………修さんたちは?」
「色々頼み事があってね。先に帰ってもらったよ」
「あ、そう……」
「まぁ、座りなさい」
「うん」
言われるがまま父さんの隣に座る。すぐに父さんが聞いてきた。
「陽向さんから聞いたかな?」
「婚約解消のこと?」
「あぁ、彼女の返事は?」
「それでいいって言ってた」
「そうか。では橘さん、そういうことですので」
「わかりました。まぁ、今後とも友好的な関係を築いていけたらと思っていますので」
「これはこちらもですよ。今後もよろしくお願い致します」
そんな挨拶を交わして、両家の父親は話を終えた。ただ、その顔に浮かんだ笑みは、上辺だけのものではなくなっていた。
「じゃあ、そろそろお暇しようか。長居しすぎるのも良くないだろう」
「わかった。…………あ、最後に陽向に挨拶だけしてくる」
「うん、そうするといい」
陽太さんに「失礼します」と挨拶をして陽向の部屋に戻る。
「あ、話し終わった?」
「うん。で、もう帰ることになりそう」
「そうなんだ……元気でね」
決して過剰な期待をしていたわけではないけれど、意外とあっさりした反応に少し拍子抜けした。そんな僕を見て陽向が笑いながら言った。
「あれ、もしかして私と離れるのが悲しいのかな……?」
「うん、そうだよ」
「嘘だー」
「バレたか」
「いや、棒読みだったし」
軽口に軽口で対抗して、お互いに笑い声が上がる。
父さんの「行くぞ」という声が聞こえたのでもう時間はないだろう。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
陽向は陽真さんと一緒に玄関までついてきてくれた。
靴を履いたところで、まだ陽向に言っていなかったことがあるのを思い出した。靴を履き終わって振り返り、目が合った陽向に言う。
「陽向、ありがとね」
「うん、こっちこそ」
漸く感謝の言葉を伝えられた。そのことにほっとしながら外に出ると、閉じかけた扉の内側から「環くん!」と声がかけられた。
その呼び掛けに思わず振り返ると、陽真さんの腕にくっついた陽向が見たことのない満開の向日葵のような笑顔で叫んだ。
「またね!」
「……うん!」
この言葉が新たな火種を生むことになることを、この時の僕は知るはずもなかった。またいつか陽向に会えることを信じて言葉を返した。
第3章もあと少し……になると思います。
もうすぐイチャイチャをお届けできるはず!
乞うご期待(あまり過剰な期待でハードル爆上げしないでくださいね)!
あ、明日は諸事情につき更新できません。ご了承下さい。




