第3章15話 写真
「陽向、どこでそれを!?」
わかりやすく動揺する陽太さん。陽向が持ってきた写真が彼にとって重要なものであるのは一目瞭然だった。その剣幕に圧倒されることもなく、陽向は堂々と答えた。
「お父さんの部屋で見つけたの」
「はぁ……お前を部屋に入れたのは間違──」
「何が? 何が間違いだったの?」
陽太さんの言葉を遮って詰め寄った陽向。さすがの陽太さんもそれにはたじろいだ。陽向はその隙を逃さない。
「確かにお父さんにとって素直に従わない私たちは目障りだったかもしれない! でも本当は気づいて欲しかったんじゃないの? だから私を部屋に入れたんじゃないの?」
「勝手な憶測で話すな!」
「何でお父さんはそんなに強情なの!? 私は……私はお父さんが味噌汁を作ってくれて嬉しかった! 普通の家族みたいに暮らせて──この写真を撮った時みたいに戻れるんじゃないかってワクワクした! それは私だけなの?」
「…………っ、それは!」
そこで言い淀む陽太さん、迷っているのは火を見るより明らかだった。だって、写真に写る3人は本当に幸せそうに見えたから。
「お兄ちゃんだって同じだよ! ねぇ、忘れちゃったの?」
「………………忘れたわけではないさ」
「………………忘れたわけじゃないよ」
陽向のその悲痛な問いかけに、陽太さんと陽真さんの声が重なった。
△▲△▲△▲△▲△▲
「忘れられるわけがない……」
もう1度、噛み締めるように陽太さんが呟いた。
全員の視線が陽太さんに集中した。
「美月と別れた時、2人がいたから立ち直れたんだ。2人をしっかり育てないと、そう思っていた」
美月、というのはおそらく陽向たちの母親だろう。
陽太さんも、それを後悔しているのだろうか。
「だが……何を言っても反抗ばかりのお前たちを見て自信を失くした。私の育て方が間違っていたのかと」
今まで溜め込んでいた後悔を全て吐き出すかのように、陽太さんの言葉は止まることがなかった。
「陽真が出ていった時、陽向を同じ道に進ませるわけにはいかないと思い、陽向を陽真から遠ざけた。そのためなら、鬼にだってなった。誰にどう思われようが構わなかった。だが……実際は陽向まで同じように反抗をするようになった。どうして…………何を間違えたんだ?」
初めて聞いた父の本音に、陽向と陽真さんは戸惑っていた。当然だろう。僕も姉さんも同じだった。
誰も、何も言わなかった。
気まずいほどの沈黙が流れる。それを破ったのは、陽真さんだった。
「……その、写真は?」
陽太さんは写真を見て苦笑した。
「覚えているか? 3人で遊園地に行った時のこと」
「覚えてる」
「どうしても、それだけが忘れられなくて…………情けないな。もうあの頃には戻れないというのに」
そう自嘲的な笑みを浮かべた陽太さんに、陽向が叫んだ。
「情けなくなんかない!」
「……陽向」
「……ヒナ」
「何で諦めようとするの!? 3人の間ですれ違いがあっただけじゃん! 私とお兄ちゃんは仲直りできた。だったらお父さんとだって……元に戻れるよ! なのに何で、そんなこと言うの? 私だって、あの頃に戻りたいよ……今からでも十分やり直せるよ!」
陽向の必死な叫び。それでも陽太さんは渋っていた。
「……しかし──」
「じゃあもういい……お兄ちゃん、お兄ちゃんはどうしたいの? 私のことばっかり気にしてくれてたけど、お兄ちゃん自身はどうしたいの? 言ってくれなきゃわからないよ!」
陽太さんの態度に痺れを切らした陽向が、今度は陽真さんに詰め寄った。陽真さんは迷わずに答えた。僕の家で吐露した、彼の言葉と同じ答えを。
「僕は……もう一度家族に戻りたい」
そしておずおずと顔を上げて、陽太さんの目を見て言った。
「駄目、かな…………父さん」
「………っ」
陽太さんの顔が歪んだ。
その頬を、一滴の涙が伝った。そして静かに告げた。
「……………………駄目なわけ、ないだろう」
△▲△▲△▲△▲△▲
陽太さんは言葉を続けた。
「俺だって、もう一度やり直したいんだから……でも──」
『でも』の後に続く言葉は、何故か予想できた。そうであって欲しくない、そう思ったけれど、その予想は当たってしまった。
「俺にやり直せる資格なんて、あるわけないだろう。俺はお前に暴力を振るったんだぞ! 虐待と言われても仕方がない。それなのにお前は……俺でいいのか?」
ずっと、そのことが陽太さんの胸に残っていたんだろう。
でも、この問題に関しては僕が口を挟むわけにはいかない。口を挟んではいけない。この問題を解決するのは、橘家の人間出なければいけない。
だから僕は……僕たちは、陽真さんの言葉を待った。そして陽真さんが口を開いた。
「僕は父さんが怖かったよ」
陽太さんは静かに俯いて、陽真さんの告白を聞いていた。
「でも、1人で暮らし始めて初めて父さんが教えてくれたことが正しかったことがわかった。父さんがいなかったら僕はもっと苦労していたと思う。それに、父さんは僕が美容師になることに反対はしなかった……まぁ、賛成もしてくれなかったけど。でも今ならわかる。応援は、してくれてたんだよね」
「…………気づいていたのか?」
「ここに来るまでは気づかなかったけど、陽向が写真を見せてくれた時に何となく思っただけ。本当に反対するなら、何をしてでも止めるのが父さんでしょ?」
「その納得のされ方は少し違和感を覚えるが……否定はできないな」
「だから僕は、もう気にしてない。もう一度、家族に戻りたいんだ」
陽真さんの言葉を聞いた陽太さんは、何度か深呼吸をしてから言った。
「陽真、陽向……1つだけお願いをしてもいいかな」
「うん」
「……何?」
「また、家族に戻ってくれるか?」
2人の答えが重なった。
「「うん!」」




