第3章13話 囚われの陽向②
朝食を食べ終えてから1時間ほど経過した頃、インターホンが鳴った。お父さんに客間にいるように言われたのでおとなしく待機している。こんなくだらないことでお父さんの機嫌を損ねるわけにはいかない。
そこから数分も経たないうちにお父さんが要次郎さんと修さんを連れて客間に戻ってきた。要次郎さんと視線が合うと、何故か萎縮してしまう。
「この度は申し訳ありませんでした!」
開口一番、お父さんがそう叫んで頭を下げた。お父さんが次に何を言うかなんてわかりきっていたので、『良い子』を演じるために私も頭を下げておく。
そんな私たちに、要次郎さんは笑みを浮かべることなく淡々と答えた。
「子供のしたことです、大目に見ましょう。それよりも今後のことを──」
もはや私が裏切ったことなどどうでもいい、そんな言い方に、端から信用されていなかったんだということに気づいた。それに気づかなかった自分に対する後悔と恥ずかしさも、同時に込み上げてきた。
お父さんはほっとしたようにため息をついてから言った──私にとって、幸運としか思えないことを。
「それなら昼食を食べながらゆっくりと話しましょう。今日は私が奢らせて頂きます」
「…………!?」
お父さんが、外出する?
もしかしたら最初で最後かもしれないチャンスをものにするために必死に頭を回して最適解を探す。その間、大人3人の会話はBGMのように頭に入ってきた。
「わかりました、そうしましょう」
「お義父さん、橘さん……僕まで同席してしまっても?」
「楠木さんがいなければ出し抜かれていましたよ。是非楠木さんにも同席願いたい。1番近くにいた貴方の意見も聞きたいですし」
「──だそうだ」
「そういうお話でしたら、喜んで」
そしてお父さんは振り返って私に尋ねた。
「陽向は、どうする?」
ここだ。ここでの返答を間違えてはいけない。
「私は、遠慮しておきます」
お父さんが眉を寄せた。まさか断るとは思っていなかったんだろう。
「私がいると話しづらいこともあるでしょ?」
「……しかし」
「お父さん、私だって家事の一通りはできる。もう子供じゃない」
はっきりと胸を張ってそう告げると、お父さんは考え込むように俯き──言った。自信を持って告げたことが、功を奏したんだろう。
「そうか、陽向がそれでいいなら」
「うん」
要次郎さんには負けたけれど、自分のお父さんは出し抜けた。
誰にも気づかれないように密かに喜んでいたせいで、私も要次郎さんがじっとこちらを見つめていることに気づくことができなかった。
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1時間ほど話した後、お父さんたちは家を出た。
私はずっと笑みを浮かべていただけだ。腐ってもお父さんの娘、上辺だけの笑みを浮かべるのは得意だった。
1人になった家の中を眺める。おそらく3時間ほどの猶予しかない。その間に確かめたいことが色々あった。まず最初に──
「──あれを確かめなきゃ」
誰が聞いている訳でもない、1人そう呟いてお父さんの部屋に向かう。
扉はすぐに開いた。
誰もいないのに、妙な緊張感に襲われた。静かに部屋へ入り、昨日の夜に見かけたものを探す。と言っても、机の上に置いてあっただけだからあっさりと見つかった。
「やっぱり」
見つけたのは、写真立てに入れられた1枚の写真。明るい所で改めて見てみると、驚きよりも疑問の方が大きかった。
「…………何で?」
でも、どれだけ考えても答えは1つしか見つからなかった。いや、答えというよりは憶測でしかない。でも、何故かそうでしかないと確信がもてた。
だったらこの件は後回しでいい。それよりも今は…………
「お腹空いたな」
昼ご飯を作ろう。
そう思って台所へ向かった。
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時間が惜しかったので手早くカップ麺で済まし、自分の部屋へ戻る。残念ながらスマホはお父さんに回収されていたので見ることはできない──とお父さんは思っているだろう。でも、スマホの隠し場所は知っている。こういう時、お父さんは私に近い所に隠す。灯台もと暗し、この言葉を再現するかのように。それは昔から変わらない。
だから今回も、そう思って自分の部屋を徹底的に調べると、果たしてクローゼットにかけてあるコートの内ポケットから見つかった。
いつの間に部屋に入ったのか、回りくどい隠し方、とか色々思うところはあったけれど、いちいち気にしている暇なんてない。急いでスマホを起動させて、少しがっかりした。
「そう、だよね……」
お兄ちゃん、もしかしたら環くんから何か連絡が来てるかもしれない、そう思っていたから少しだけ、ほんの少しだけショックだった。でも大丈夫、2人はきっと助けに来てくれる。
それが私の原動力だった。
スマホを元の場所に片付けて、部屋を元の状態に戻す(散らかしすぎたのか、ここで30分ほど使ってしまった)。これでバレることはないと信じたい。
それなら次は……そう思って部屋を出た所で、玄関の扉が開く音がした。
「…………!?」
体が固まった。いくらなんでも早すぎる。
そんな動揺を必死で押し殺して入ってくる人物を待つ。お父さんだった。
「ただいま」
「……早かったね」
「柏木さんにどうしても外せない用事ができたみたいでね」
「そう…………」
「何か不都合でもあったか?」
「んーん、何でもない」
要次郎さんが私の企みに気づいていたとしか思えない。また、要次郎さんには負けてしまったのか?
そう悲観的に考えてしまったけど、よく考えると収穫もあった。十分だ。私はまた『良い子』に戻る。
「ちょっと、部屋で寝てくるね」
「疲れが取れなかったか? まぁ、ゆっくり休め」
「うん、ありがとう」
やっぱりお父さんは詰めが甘い、お父さんなら出し抜ける。ニヤけそうになるのを我慢して、軽い気持ちで部屋へ向かった。
後は、助けが来るのを待てばいい。お兄ちゃんならきっと、いや、絶対に環くんの家に辿り着ける。環くんだって、要次郎さんが驚くくらいの行動に出る。
だから大丈夫。
でも、ほんの少しだけ心細い…………かな。
頑張れ陽向。




