第3章10話 夢の中の少女①
内容的には34話の裏話的な感じです。
車に乗ってシートベルトを閉めると、運転席に座る父さんが尋ねてきた。ちなみに車は2台、父さん・僕・姉さん・陽真さんが乗る車と、賢治さん・修さんが乗る車。てっきり姉さんは修さんと同じ車に乗るのかと思っていたけど、姉さん曰く、「親子だけで話したいこともあるでしょ」とのことだった。
話を戻すけど、父さんはバックミラー越しに僕を見て言った。
「そういえば環」
「何?」
「今度来る時は環の彼女──姫乃さんだったか? 彼女を連れて来るといい」
「…………は?」
父さんに姫乃のこと、話したっけ?
「その……環と彼女を離したことを、直接謝りたくてね」
「え?」
父さんがそう申し訳なさそうに言ったことは、全く頭に入ってこなかった。それよりも、父さんのセリフの中の一言に、意識が全て持っていかれた。
僕と姫乃は、ずっと前に会っていた?
何も言わずに頭に疑問符を浮かべる僕を見て、姉さんが呆れたように言った。
「環、本当に覚えてないの?」
「覚えてって…………何を?」
「環が、小さい頃にひーちゃんと遊んでたこと」
「……………………嘘だ」
信じられなかった。でも、姉さんの目を見れば嘘でないことくらいわかる。
「嘘じゃないよ」
そう言って姉さんは話し始めた。夏休みのある日、姉さんと姫乃が遭遇した時に話していたこと──僕を追い出した時に話していたことを。
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──葵の回想──
「環、出て行ったわね」
暫く玄関の方を見ていた彼女にそう話しかける。彼女はこちらに視線を戻して、諦めたように小さく笑って呟いた。
「お久しぶりです、お姉さん」
その言葉で確信した。やっぱりこの子は──
「──ひーちゃん……桜庭姫乃ちゃん……よね」
彼女──ひーちゃんは苦笑して答えた。
「今は結城姫乃ですけどね」
「そっちも色々あったのね」
「えぇ、まぁ」
そのままひーちゃんは言葉を濁した。これ以上踏み込んで欲しくない、という雰囲気だったので、この話題はここで終了させる。代わりに、今1番聞きたいことを聞くことにした。
「何でひーちゃんがここに?」
「それに関しては本当に驚きました。偶然って怖いですね」
「偶然……」
「はい。私の引っ越し先がここだっただけですよ」
「へぇ…………それにしても、環、鈍感すぎない?」
「色々見た目も変わりましたし、仕方ないですよ。まぁ、もう少しだけ気づいてもいいんじゃないかなー、とは思ってます」
よし、環、後でシバく。
そんなどうでもいい決意をしたところで、ひーちゃんから質問が飛んできた。
「あお姉さんこそ、どうしてここに?」
「あ、えっとね……」
まさか弟が心配で、なんて言えるはずがない。どう言ったら伝わるのか必死に考えて、いい答えを見つけた。
「夫の仕事の関係で──」
そう言った途端、ひーちゃんが目を輝かせて食いついてきた。
「え!? あお姉さん、結婚してたんですか?」
「一応ね」
「いいなぁ…………」
そのまま本当に羨ましそうに見つめてくるひーちゃんが可愛くて、笑ってしまった。
「何で笑うんですか?」
「別に? ま、ひーちゃんもすぐに結婚できるわよ。相手は……環かな?」
少しからかうつもりでそう言うと、ひーちゃんはわかりやすく顔を赤くした。どうしてここまでわかりやすい好意を向けられているのに気づかないのか、自分の弟の鈍感っぷりに改めて呆れていると、ひーちゃんがまだ少し赤い顔で尋ねてきた。
「あの、あお姉さん……」
「ん、どした?」
「その…………連絡先を」
そう言っておずおずとスマホを差し出してきたひーちゃん。
何だこの娘、可愛すぎるでしょ。
妹にしたいと思って、環がひーちゃんと結婚すれば万事解決すると思い至った。こうなったら何がなんでもこの2人をくっつけないと。
そんな考えが顔に出ていたんだろうか、ひーちゃんが不安そうな顔で「あお姉さん……?」と呟いた。
「ごめんごめん、何でもないわよ」
何でもないことないんだけれど、笑顔でそう言ったことでひーちゃんも安心したようだった。怪しまれなかったことにほっと胸を撫で下ろしてカバンからスマホを取り出して、ひーちゃんを友だち登録する。
「はい、終わったよ」
「ありがとうございます!」
大事そうにスマホを胸に寄せるひーちゃん。この笑顔を毎日向けられていると思うと、少しだけ環が恨めし、いや、羨ましくなった。
だったら環が絶対できないことをやってやろう。そう思ってひーちゃんに聞いてみる。
「ね、ひーちゃん。今日そっちに泊まってもいい?」
「私の部屋ですか!? えっと……すごい散らかってますよ?」
「別に気にしないわよ。ダメ?」
「ダメじゃない……っていうか嬉しいです」
「よかった」
どうだ、羨ましいだろう。
頭の中で環に向かってドヤ顔をしておく。それにしても、環がいる前でこの呼び方をするのはやっぱりまずいかな?
「呼び方、だけどさ」
「はい」
「環の前ではこの呼び方はできないよね」
「あー……そうですね」
そんなことを話して、結論としては「お姉さん」、「姫乃ちゃん」と呼ぶことが決定した。
丁度そのタイミングで環が帰ってきた。危ない危ない。
「環おかえりー」
「あ、環くんおかえり」
私たちが仲良くしているのを意外そうに思っているのが、環の表情から容易に想像できた。ふざけるな、あんたも昔はこれくらい、これ以上に仲が良かったわよ。
そんなことを口にできるはずもなく、早くひーちゃんと恋バナを再開したかったのでそそくさと退散することにする。
「今日姫乃ちゃんの家に泊まるわ。じゃ」
「環くん、おやすみ」
「んー。…………え?」
玄関の扉を閉める寸前、環の間抜けな声が聞こえた。
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場面は変わってひーちゃんの部屋。環の部屋とは違って(当たり前か)、いかにも女子高生という雰囲気の部屋だった。
ひーちゃんが布団を用意してくれている間、することがなかったのでスマホを確認すると、シュウさんから謝罪のメッセージが鬼のように届いていた。それを見ることなく削除、削除、削除。全部削除し終わったところで、丁度ひーちゃんが布団を敷き終えたようだ。
「あお姉さん、どうぞ」
「ありがとー」
時間も遅いし寝るか──なんてなるはずがない。柄にもなく修学旅行テンションだった。懐かしい。
こんな夜に女子(女子?)が2人、することなんて決まっている。
「ひーちゃん」
「はい」
「環のどこが好きなの?」
てっきり慌てるかと思っていたけれど、眠気のせいか、至って落ち着いた返答が返ってきた。
「そうですねぇ……優しいところ?」
「え、環が優しい?」
「はいー」
ひーちゃんは環と再会した経緯を教えてくれた。
環、カッコつけてるんじゃない。
「ふーん……お似合いね」
その言葉に対する答えはなかった。代わりにひーちゃんの可愛い寝息が聞こえてくるばかり。12時を回っているし、当然か。
ひーちゃんと再会できた喜びを噛み締めていると、次第に睡魔が襲ってきた。
葵さん、女子だけだとかなり喋りますね。
そういえばブクマ30件突破です。ありがとうございます!




