第3章9話 何者でもない
ごめんなさい、短めです
「陽真さん…………?」
陽真さんは「どうなんだろう」と言った直後、雰囲気が変わってしまった。感情という感情が全て消え失せてしまったような虚ろな顔が、何と言うか、心配になった。
「僕は、『親の愛』なんてものはわからないんだ」
そう呟いた陽真さんの口からは、堰を切ったように言葉が次々と溢れ出てきた。誰もが、無言でその言葉を聞いた。
「両親は仲が悪かったんです。僕の前で毎晩喧嘩をしていて、見ていると僕にも手が飛んできました。陽向が産まれても何も変わらず、むしろ悪化していく一方でね。そのうち、母は男を作って家を出ていきました。父が変わったのはそれから、いや、もともと壊れてたんです。気に入らないことがあるとすぐに手を上げる……そんな毎日に嫌気が差して、高校卒業と同時に家を出ました──陽向を置いて」
陽真さんの壮絶な過去に、言葉を失った。ともすると、僕よりも大きく重い枷を背負っているのではないだろうか。
そんな僕の思いを他所に、陽真さんは淡々とした声で続けた。
「その判断が間違っていたとは思いません。でも、そのせいで僕は出来損ないの烙印を押された。…………父さんから見限られた。それから思い始めたんです、僕は何なんだろうって。仕事──美容師として働いている時は楽しかった。だけど、1人でいると、いつも思ってしまうんです。僕は空っぽなんだって…………橘陽真っていう名前を持つ、空っぽの入れ物なんだって」
話終えると、陽真さんはまた自嘲気味に微笑んだ。
そして最後にこうまとめた。
「だから、僕のことはいいんです。ただ──陽向を救えれば」
△▲△▲△▲△▲△▲
沈んだ空気をリセットするかのように、陽真さんは柔らかく微笑んで言った。
「じゃあ、ご協力お願いします」
何事もなかったかのように振り返って出ていこうとする陽真さんの肩を、気がつくと掴んでいた。驚いて僕を見る陽真さんの目を見詰めて、僕は叫んだ。
「いいわけないでしょ!」
「た、環くん?」
「そんなに苦しそうな顔してるのに放っておけるわけないでしょ!」
陽真さんはわかりやすく動揺を見せた。
「…………環くん?」
「陽向のことも大切ですけど、陽真さんだって僕の恩人なんですよ! 僕だって恩を返したいんですよ!」
「…………あ」
陽真さんの口から小さく声が漏れた。
そのまま陽真さんは俯いて、震える声で叫んだ。
「僕だって……こうなりたかったわけじゃないんだよ! 少しでも親父に気に入られようと努力してきた、でもダメだった! これ以上どうしろって言うんだよ!」
いつの間にか、陽真さんの目にはまた涙が浮かんでいた。それが頬を伝うと同時に陽真さんが言葉を続けた。
「もう後悔したくない、だから関わりたくない! こう思うのは自然じゃないのか!? 親父だってこんなのとは関わりたくないだろうし……もうそれでいいじゃないか!」
「良くないですよ!」
「…………何がだよ!」
「だったらそんな苦しそうな顔しないで下さいよ! 陽真さんの本音を言ってくださいよ…………陽真さんはどうしたいんですか?」
「…………っ!」
「空っぽだって言うならこれから埋めていけばいいだけの話でしょ? 僕が独りじゃなかったように陽真さんだって独りじゃないんです! 陽真さんこそ、もっと周りを頼って下さいよ!」
陽真さんから教えてもらったことをそのまま返す。その言葉に陽真さんは目を大きく見開いて、微かな声で呟いた。
「僕は──」
その先を言葉にしていいのか、迷うように目を泳がせた陽真さん。けれどすぐに僕を見て、言った。
「──もう一度家族に戻りたい。嫌な思い出ばかりだったわけじゃない…………優しく、褒めてくれた時もあった。その時は僕だって嬉しかった。だからもう1度、あの頃に戻りたいんだよ」
漸く聞き出せた、陽真さんの本音だった。
陽真さんの目は、もう迷ってなどいなかった。
「じゃあ、もう1度言います。陽真さん、僕たちに、2人を助ける手助けをさせて下さい」
「…………2人?」
「陽向と、陽真さんです」
「……っ」
陽真さんは困った表情になって、少し経って、微かに笑って言った。
「…………ありがとう」
△▲△▲△▲△▲△▲
陽真さんの本音が聞けたところで、父さんが口を開いた。
「そういうことならば、こちらも協力は惜しまないよ。君たち兄妹が幸せになれるよう、精一杯手を尽くすことを約束しよう」
「ありがとうございます……」
「お礼には及ばないさ。君には子供たちが世話になったようだからね。その恩返しをさせて欲しいだけだよ」
「そんな、僕がしたことなんて──」
「陽真くん、謙遜し過ぎるのもあまり美しいとは言えない。陽太さんと戦うのであれば、下手に出れば負けるだけだ」
厳しい口調だったけれど、それが父さんなりの激励であることは陽真さんにも伝わったようで、姿勢を正して笑った。
「そう、ですね……」
「君が自分に自信が持てないと言うのなら、代わりに僕たちが保証しよう。君は空っぽの人間などではないと」
「…………」
その言葉を聞いた陽真さんが恥ずかしそうに含羞んだ。その表情を見た父さんが、笑って言った。
「やはり君は笑っていた方が似合うね」
「ありがとう、ございます」
「うん、では行こうか」
「…………はい!」
玄関を出た時、陽真さんが耳元で囁いた。
「君のお父さん、すごいね」
「カッコつけてるだけにも見えますけどね」
そう答えると、陽真さんは一瞬キョトンとした後に声を上げて笑った。
そんな陽真さんを見て、僕は1番言いたかったことを伝えた。
「陽真さんは、陽真さんですよ。僕を支えてくれた凄い人です」
それを聞いた陽真さんは、また恥ずかしそうに微笑んだ。
3月は勉強の合間に毎日更新頑張ります。
出来なかったらごめんなさい。




