第1章7話 環と姫乃とレストラン②
テスト期間に入るので
2週間ほどお待ち頂くかたちになります。
悩ましい、非常に悩ましい問題だ。
僕が開いているメニュー表の右ページには「国産和牛のステーキ200g(¥2000)」が大きく載っている。それに対して左側には「季節のシェフお任せコース(¥2200)」が『人気NO.1』の文句と共に載っている。中身を伏せているあたり、注文してからのお楽しみということなんだろう。
「環くーん、もう10分くらい迷ってない?」
姫乃はメニュー表を開いた瞬間、「これ!」と即決していた。
僕の女々しさが浮き彫りになるけれど、事実なので否定のしようがない。
ただこれ以上姫乃を待たせるわけにもいかないので、迷った結果「シェフお任せコース」を頼むことに決めた。人気NO.1ならば外れることはないと考えたから。
「ごめん、もういいよ」
「別に謝らなくてもいいけど……じゃあ注文するよー」
「うん」
姫乃が注文ボタンを押すと、すぐ側に待機していたんじゃないかと勘違いしてしまうほどの速さで店員が来た。さすがの姫乃もこの速さには驚いたようだ。
「ご注文をお伺いします」
「えっと、この『国産和牛のステーキ』を1つと……」
「『季節のシェフお任せコース』1つで」
「畏まりました、どちらもランチセットをお付けして宜しかったでしょうか」
「「お願いします」」
「畏まりました、ご注文を確認致します」
そう言って店員は流れるように注文を確認して去っていった。
店員の背中を見ながら唐突に姫乃が尋ねてきた。
「環くん何と迷ってたの?」
「ん、和牛のステーキ」
「私が頼んだやつじゃんか」
そう言って可笑しそうに姫乃が笑う。
姫乃の笑顔には、いつ見てもハッとさせられるものがある。もちろん彼女の美貌のせいもあるんだろうけど、どうもそれだけではないような気がする。
これを言うとからかわれることは分かっているので本人には口が裂けても言えないけれど。
「そういえば、してほしいこと決まった?」
「いや、考えてるけどまだ……」
姫乃にしてほしいことか……。
改めて考えると、少し気恥ずかしいものがある。
かと言っていつまでもうだうだ悩んでいると、それこそ「女々しい」と言われてしまいそうなのでそろそろ決めなければならない。
「うーん……友達になってくれない?」
あまりに自然に口から出たので、初め自分で何を言ってるのか分からなかった。すぐに羞恥が追いついてきて、姫乃の顔をまともに見られなくなる。顔を逸らしつつ横目で姫乃の表情を伺うと、呆気に取られた表情をしていた。
「あ、ごめん、何でもない。というか忘れてくれると助かる」
照れ隠しに早口でそう言うと、姫乃がふにゃ、と破顔した。
「何言ってんのさ、私たちもう友達でしょ?て言うかそう思われてなかったことがショックなんだけどな」
「ご、ごめん」
「あ、責めてるわけじゃないよ。だってさ、わざわざ休日返上して私に付き合ってくれてるんだもん。友達じゃないのにそんな事しないでしょ?」
そういえば、どうして僕は姫乃に付き合っているんだろう。
一緒に過ごしているうちに、その理由を考えるのを放棄していた。
居心地が良かったから?違う、それは後付けだ。でも、それなら──。
答えの出ない難問を前にした時のような、複雑な気持ちになる。
そんな僕を見兼ねてか、姫乃が1つの提案をしてくれた。
「じゃあさ、私が環くんの友達作りを手伝うよ」
「え、いいの?」
「もちろん。環くんは私の恩人だもん」
願ってもない申し出に、今度は僕が呆気に取られる番だった。
僕1人で友達を作ろうとしたなら、怖くて途中で諦めていたかもしれない。
手伝ってくれる人がいる、それがこれだけ心強いなんて思わなかった。
「ありがとう、姫乃」
「あ、やっと名前だけで呼んでくれた」
「あ……」
無意識のうちに、名前で呼ぶことが出来たみたいだ。
姫乃──そう呼ぶだけで、本当の友達になれたような気がした。
お互いの顔を見合わせて、2人で笑う。
誰かといることがこんなに楽しいなんて、姫乃と出会わなかったら気が付かなかったんだろうな。
料理を届けに来た店員が、笑い合っている僕らを見て不思議そうにしていた。




