第3章7話 葵の本音
本日2話目。
よろしくお願いします。
翌朝、目が覚めて、スマホの着信の多さに驚いた。しかし、既読スルーをしてしまっていたことを思い出して、納得する。
申し訳なさを感じつつ、『大丈夫だ』と返信をする。10秒もしないうちに既読がつき、すぐに大悟からメッセージが届いた。
『元気か?』
『うん、心配かけてごめん』
『や、お前のことだし心配はしてねえ』
『あ、そう……』
『親父さんとは上手くいったのか?』
『お陰様で。お互いのすれ違いはなくなった』
『そりゃよかった。ところでいつ頃戻れそう?』
『申し訳ないけど、あと少しだけやることが残ってる』
『ん、わかった。文化祭までには戻ってこいよ』
『了解』
そんな会話を終えて、机の上にスマホを置く。軽口を叩きあっているだけなのに、まだ2日しか経っていないのに、懐かしさが込み上げてきた。
このままだと涙が出てきてしまいそうだったので慌てて着替えた。慌てていたせいで、ベッドに右足の小指をぶつけてしまった。
私服に着替えて(今更だけど、平日に私服を着ることに違和感を覚えた)階段を下り、洗面所へ向かう。顔を洗ってからリビングに入ると、そこには既に父さんが着席していた。
「環、おはよう」
「おはよう、父さん」
名前だけで呼ばれるのがくすぐったくて、思わず目を逸らしてしまった。横目に父さんが少し悲しそうな顔をしているのが見えた。
誤解を与えてしまった気がしたので、父さんの向かいの席に座った。面と向かって話せるように。
「父さん」
「どうした?」
「今日……なんだけど」
「うん。言ってみなさい」
「陽向の所に行きたい」
意を決してそう言うと、父さんは柔らかく微笑んで言った。父さんの笑顔はまだ慣れそうにない。
「そう言うだろうと思って、僕も今日は休みにしてあるよ」
父さんと仲良く話している、それが段々と現実味を帯びてきて、落ち着かなくてそわそわしてしまう。丁度そのタイミングで姉さんが入ってきてくれたから、父さんには気づかれなかったと思う。
「おはよ」
「おはよう、葵」
「あお姉、おはよ」
そう言ってから、姉さんと父さんが僕を見つめてきた。何か変なことを言ってしまったのかと首を傾げると、姉さんがぽつりと呟いた。
「あお姉って…………」
「……あ」
家族のこの距離感が懐かしくて、思わず昔の呼び方をしてしまった。急に顔が熱くなるのがわかった。目の前では、姉さんの顔もほんのりと赤くなっていた。
「ごめん。嫌だった?」
「謝らなくてもいい……っていうか、嬉しい」
「え?」
「環が私のことちゃんと『お姉ちゃん』って認めてくれたみたいで……」
「あお姉はずっとあお姉、でしょ」
そう言って笑うと、姉さんは胸を撫で下ろして言った。
「ありがと、環」
「うん」
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賢治さんが作ってくれた朝ごはんを食べ終えて、食後のコーヒーを飲む。父さんも姉さんも、もちろん僕も、3人皆がブラックコーヒーだった。やっぱり親子の好みは似るんだろうか。
こんなどうでもいいことを考えられる余裕もできたんだなぁ、と不思議な感慨に浸っていると、徐ろに姉さんが口を開いた。
「あの、お父さん。それと賢治さんも」
「どうした?」
「どうされました?」
全員の視線が姉さんに集まった。
姉さんは、真剣な顔で、震える声で言った。
「シュウさんを呼んで欲しい」
「……あお姉!?」
思わず机を叩いて立ち上がってしまった。でもそれだけでは収まらず、僕の口から言葉が溢れ出した。
「何でだよ! あお姉の手が震えてるの気づいてないとでも思った!? そんなあお姉見るの嫌だよ……」
でも、僕の主張は姉さんが手を握ったことで遮られた。震える手、それでも覚悟を決めたように力強く握ってくる手に、僕の言いたい言葉は急に霧散してしまった。
「ありがとう、環。でもこれは私がやらないとダメなことなの。だから、見てて」
「あお姉……」
もう、何も言えなかった。
「お嬢様、私が言える立場ではありませんが……本当によろしいのですか?」
「葵、僕も止めておいた方がいいと思うが。それでも?」
「うん。ケジメはつけないと」
「…………そうか。それなら葵の意志を尊重しよう」
寂しそうに笑う姉さんを見て、父さんがそう答えた。そして父さんはポケットからスマホを取り出して電話をかけた。相手はもちろん──
『はい、楠木です』
「朝早くから済まない。僕だ」
『おはようございます。どうしました?』
「突然だが、こちらに来られないかな?」
『問題ありません。すぐに伺います』
「ありがとう」
短いやり取りで電話を切った父さん。そして姉さんを見つめて告げた。
「もう、引き返せないよ?」
「うん、ありがとう」
──そして、その時がやってきた。
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「お邪魔します」
表面上は丁寧に、それでも内心では何を考えているのかわからない。そんな笑顔で修さんが入ってきた。
「よく来てくれたね」
「いえ、お義父さんの頼みですしね」
その言葉に、僕の頬が引き攣った。一方的に姉さんを罵倒しておいて、それでもまだ「お義父さん」と呼ぶその態度が信じられなかった。そんな僕の視線に気づいたのか、修さんは苦笑して言った。
「これは、嫌われたかな?」
「………………」
当然だ、そう言いたかったけれど、僕は無言で睨むことを答えとした。この人のペースに乗ったら負けだ。それに、今の主役は僕じゃない。
「まぁいいか。それで、今日はどうしました?」
「残念だけど、用があるのは僕ではないんだ」
「…………? それはどういった──」
「私がお願いしたの」
修さんの言葉を途中で遮って姉さんが前に出た。そんな姉さんを、修さんは冷たい視線で受け入れた。
「葵か。何で君が?」
「貴方に、言いたいことがあるから」
「君がそうでも僕には────!?」
「「……っ!?」」
修さんの言葉は最後まで続かなかった。
姉さんが、修さんの唇を自分の唇で塞いだから。10秒、15秒…………すごく長く感じられるキスだった。とても、儚く思えた。
「ぷはっ。な、何を……」
「これが私の気持ち! シュウさんがどれだけ私を嫌ってもいい。それでも私はシュウさんが好きなの!」
「ふざけないでく──」
「ふざけてなんかない! 私はシュウさんのことが大好き! だから……」
そこで姉さんは一瞬口を閉ざした。何かを考えるような間──それでも刹那の長さだった。1秒にも満たないその間の後、姉さんはすぐに口を開いた。
「これからも迷惑をかけるかもしれない。困らせるかもしれない。………それでも私にはシュウさんが必要なの! お願いだから傍に……いてよ」
それが姉さんの心からの言葉であることは、その場にいた全員に伝わった。父さんが前に出て、頭を下げる。
「修くん、親として頼む。葵をどうかお願いしたい」
「お義父さ──」
「君が僕をまだ義父だと思ってくれているのなら、どうか!」
修さんは何かを迷っているかのように目を泳がせた。その目が僕を見つめ、修さんが僕に尋ねた。
「環くんは、それでいいのかい?」
僕の答えは決まっている。
「正直、僕は貴方を許したくはないです。でもあお姉が貴方を好きな気持ちを信じたいです。だから、僕からもお願いします──義兄さん」
その言葉を聞いた修さんの目が丸くなった。
長い沈黙が流れる。
数十秒後、大きくため息をついて修さんが言った。
「葵、本当に僕でいいのか?」
「私のことが嫌いなら、これから振り向かせてみせる。だからシュウさん、お願いします」
「…………わかったよ。その、あの夜はすまなかった」
「私のしたことだし、シュウさんがそう思うのも仕方ないよ。だから、これからの私を見てて」
「…………そう、するよ」
緊張の糸が切れたように、その場にいた全員が膝から崩れ落ちた。でも、その時間を楽しむ余裕は僕たちには与えられなかった。
突然扉が開いて、この声が聞こえてきたから。
「陽向を、助けて下さい!」
少しずつブクマ登録数が伸びてきています。
読者の皆様には感謝しかありません。
本当に、本っ当にありがとうございます。




