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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
3章 家族
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第3章4話 USB

書ける時に書いてます。

 朝、起き上がる気にはなれなかった。

 眠れなかったとはいえ、横にならなかったわけではない。久々の実家のベッドのスプリングが軋む音を聞きながら寝返りを打つ。

 窓から差し込む朝日が目を焼いた。あまりの眩しさに涙が滲んだ。そう、眩しかっただけだ。


「………………はぁ」


 ため息をついてスマホに手を伸ばす。深夜にメッセージを確認したまま、返信はしていない。いわゆる、既読スルーと呼ばれる行為だ。1度既読をつけたそれらのメッセージにもう一度目を通す。


──何かあったら言えよ──


──またご飯作ってよ──


──結城さんを泣かせたら殺す──


──学校で会おうね──


 大悟→亜美→伊織→瑞希の順に目を通し、最後に姫乃から届いたメッセージを確認する。


──約束、ちゃんと守ってね。絶対戻ってきてね──


 1度決めた簡単な約束すら守れない僕を、姫乃はどう思うんだろうか。怒るだろうか、幻滅するだろうか、それとも軽蔑されるだろうか。いずれにせよ、「絶対戻る」という約束は果たせそうにない。

 もう、姫乃に会うことはできないだろう。

 そう思った途端、喉の奥に熱いものが込み上げてきた。そのまま枕に顔を埋めて暫く息をとめた。

 もう限界だ、というところで扉をノックする音が聞こえた。


△▲△▲△▲△▲△▲


「坊ちゃん、朝食のご用意ができました」


 ノックの音に続いてそんな声が聞こえた。この家で僕を『坊ちゃん』と呼ぶのは1人しかありえない。修さんの父親で、家政夫としてこの家に勤めている楠木賢治さん。

 せっかく料理を作ってくれた賢治さんに申し訳ないと思いつつ、何も口にする気になれなかったので「いらないです、ごめんなさい」と答えると、一呼吸置いてから賢治さんの声が聞こえた。


「坊ちゃん、入りますよ」

「……え?」


 僕が何か返事をする前に扉が開き、賢治さんが入ってきた。1年前と比べて少し老けただろうか、白髪が増えていた。人を安心させるような柔和な笑みは、当然ながら修さんと似ていた。昔はこの笑顔に励まされたこともあったけれど、今となっては信用できない。


「…………何か用ですか?」

「馬鹿息子のことで謝罪を、と」

「え?」

「息子が坊ちゃんの夢を妨げたこと、誠に申し訳ございませんでした」


 その言葉に思考が止まった。

 賢治さんは父さんの味方じゃないのか?

 でも、父さんのいる前でそれを尋ねるわけにはいかない。聞きたいことがあるのに聞けない、そんなもどかしさに悶々としていると、賢治さんは優しく声をかけてくれた。


「ご安心下さい。旦那様は朝早く出ていかれました」

「本当、ですか?」

「はい。なんでも橘様の所へ行くと」

「そう…………ですか。えっと……」


 父さんがいない、その言葉を僕は完全に信用できないでいた。修さんに裏切られたことがあったから。

 まだ疑っている僕を見て、賢治さんは苦笑して言った。


「坊ちゃんが疑うのも無理はありません。ですがこれだけは信じていただきたい」


 そして賢治さんは僕の目を見て、はっきりと言った。


「私はいつでも坊ちゃんとお嬢様の味方です」

「…………っ」

「坊ちゃんのマンションの契約に協力したのは誰かお忘れですか?」

「あ……」


 その言葉で漸く思い出した。

 父さんにバレないように家を出たかった僕に協力してくれたのが、目の前にいる賢治さんだったということを。


「でも、どうして……?」


 どうして僕の味方をしてくれるのか、そう尋ねると、賢治さんは目を細めて過去を懐かしむように答えてくれた。


「それが、奥様との約束ですから」

「母さんが?」

「ええ、何があっても2人の味方であって欲しいと」


 母さんがそんなことを言ってくれていたなんて知らなかった。


「父さんから何か言われたりは……?」


 母さんから言われていたとしても、そんな行為を父さんが許してくれるはずがない。そう思って尋ねると、賢治さんは大きな声で笑った。


「ご心配には及びませんよ。私は旦那様の弱みを握っておりますので」

「父さんの?」

「坊ちゃんにはお話していませんでしたね。坊ちゃんが産まれる前──旦那様がまだ政治家として働いていた頃、私は旦那様の秘書をしておりましたので」

「そうだったんですか……」

「ですから、色々……ね」


 そう言ってにっこりと笑う賢治さん。その笑みは、天使というよりは悪魔に近いものに見えた。

 父さんからしても、自身の秘密を知っている人を手放すよりも近くに置いておきたかったんだろう。


「じゃあ、賢治さんは僕の味方なんですね?」

「ええ、その通りです」


 迷いなく頷く賢治さんを見て、僕はもう一度誰かを信じてみようと、そう思った。


△▲△▲△▲△▲△▲


「とにかく、何かを口にしなければ」


 そう言われて、ふと気づいた。さっきまでは食欲なんて欠片もなかったのに、今の僕は食べ物を欲している。

 空腹を実感した直後、お腹がなった。


「あ……」

「食欲が出てきたようで何よりです。さぁ、下で朝食を」

「はい」


 部屋を出たと同時に、隣の部屋の扉が開いた。

 確か隣にいるのは…………


「おはよう、姉さん」

「……環」


 僕の名前を呼んだ途端、姉さんの目に涙が浮かんだ。


「ちょ……姉さん!?」

「ごめん、ごめんね」

「姉さんが謝ることじゃないよ……」


 泣いて謝る姉さん。きっと自分が修さんを呼んだことに負い目を感じていたんだろう。


「でも、でも……」


 謝らなくてもいい、そう言ってもまだ何か言葉を探している姉さんにこれ以上どんな言葉をかけたらいいのかわからなくて、僕も黙ってしまった。

 そんな姉さんに、声がかけられた。


「お嬢様、それは違います」

「…………賢治さん」

「全ては息子をあのように育ててしまった私の責任です。お嬢様が気に病むことはありません」


 そう、腰を折って謝った賢治さん。それを見た姉さんが目を丸くする。そしてゆっくりと僕を見たその目は、「大丈夫なの?」と語っていた。


「大丈夫。賢治さんは僕たちの味方だよ」

「ん、わかった。賢治さん、私たちに協力して下さい」

「勿論です」


 そして漸く遅い朝食を摂る。

 賢治さんの作っただし巻き玉子を食べていると、そういえば、と姉さんが何かを思い出したように言った。


「環、USBってもう確認した?」

「あー……いや、まだ。父さんにノートパソコン回収されたから」

「USBメモリは持ってるのよね」

「うん、一応ポケットに入れてたから無事だけど……」

「そう。えっと……賢治さん──」

「はい、すぐに用意しましょう」

「……え?」


 トントン拍子に話が進む。情けないことに、僕は話についていけていなかった。


「姉さん?」

「環、朝ご飯食べたらすぐに確認して」

「え?」

「絶対、今の環には必要なことなの」


 するべきことが決まったようだ。

そういえば猫の日ですね。

ฅ•ω•ฅニャニャーン✧

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