番外編「橘陽向」①
遅くなりましたが
明けましておめでとうございます。
更新が遅くなって申し訳ありません。
ちょっとゴタゴタがありまして…………
ってことで早速続きをどうぞ!
「陽向、そんな所で隠れてないでこっちで挨拶をしなさい」
お父さんにそう呼ばれておずおずと前に出る。私の目の前に立っているのは、テレビで見たことのある男性と、私と同じくらいの年齢の少年。
お父さんが私に自己紹介をするように促す。
「橘……陽向です」
すると少年は恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。その振る舞いが、私と比べて妙に大人びていたことを覚えている。
「えっと……柏木環です」
そう言って含羞む少年の顔を思わず見つめてしまう。理由はわからない、彼の顔が少し兄さんに似ていたからだろうか。彼は私の視線を不思議そうに受け止めていた。
これが私と柏木環君との出逢い。
私たちが12歳の頃の出来事だ。この時の私たちは、まだ、何も知らない子供だった。
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「陽向、少し話がある。父さんの部屋へ来てくれ」
「……はーい」
環君と出逢う2週間ほど前だったと思う、自室のベッドの上で本を読んでいた私は、突然のお父さんの招集に何の疑問も抱かずに応じた。
キリがついた部分に栞を挟み、お父さんの部屋へ向かう。家の構造上、お父さんの部屋へ向かうには兄さんの部屋を通り過ぎないといけない。なのに、そこに兄さんはいない。2年前、私が10歳の時に兄さんは私に黙って家を出た──美容師になるという夢を叶えるために。
そんな兄さんをお父さんは馬鹿にし、貶し、出来損ない扱いをした。
「陽向、お前は兄のようになるな」
兄さんが家を出てから、お父さんの口癖になった言葉だ。でも、いつの間にかそれもなくなり、今では家の中で兄の名前を口にすることすら躊躇われるようになった。
ほんの僅かな距離の短い時間でそんなことを思い出しながら、お父さんの部屋のドアをノックする。
「入りなさい」
「お父さん、話って?」
早く本の続きを読みたかった私は、無駄話をされるのが嫌だったからそう切り出した。途端、お父さんの顔が急に真剣になる。
あ、これは時間がかかるやつだ……。内心そう思いながらお父さんの次の言葉を待つ。
「実はね、陽向にお見合いの話が来ている」
「お見……合い?……………………え?」
言っている意味がよく理解できなかった。そもそも私はまだ12歳だ。この国の女性が結婚できる年齢は16歳で、私はまだ4年足りない。
そんな私の疑問を、お父さんの補足が解決した。
「見合いと言っても陽向はまだ12歳だ。先方も陽向と同い年ということだし、『許嫁』ということになるかな」
それでもまだ話の全容は掴めなかった。
お父さんの目的は何だ?とか、私の意見はどうなる?とか聞きたいことは多々あったけれど、気がつくと私の口からはこんな言葉が出ていた。
「相手の男の子ってどんな人?」
その言葉を肯定の意味と解釈したのか、お父さんは満面の笑みで相手──環君について説明してくれた。
「陽向もテレビの政治ニュースで見たことがあるだろう?相手は柏木外務大臣の息子さんだ」
「政治家の……」
「ああ、あちらもお前に不自由はさせないと仰っている。悪い話ではないだろう?」
「…………もう少し考えさせて」
少し迷ってからそう答えると、お父さんは後ろを向いて言った。
「なるべく早く決断してくれ。話は終わりだ」
これが、私の日常。
この『日常』に、疑問を抱くことなんてなかった。…………あの時までは。
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1週間後、私はお父さんに連れられて柏木家──つまり私のお見合い相手の家に来ていた。
慣れない着物を着せられた私は、周囲の人の注目の的だった。それが恥ずかしくて、私は早く誰の目にもつかない所に行きたかった。
お父さんが玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに扉が開いて2人が出てきた。
「これは橘さん、遠い所をどうも……」
「いえ、こちらこそお時間を頂いてしまい……」
お互いの父親がお決まりの社交辞令を交わす。私はお父さんのこの顔が嫌いだった。『他所行きの笑顔』という仮面の下の、欲望に歪んだ笑顔が透けて見えるようだったから。
だから私はそんな会話を聞き流して、目の前に立つ同い年だという男の子を見つめる。
目が合った。
彼の黒い瞳に見つめられた瞬間、体が震えた。『ときめき』とかそんな生易しい感情ではなかった。彼の目からは何の感情も伝わってこなかった。
心の内まで覗き込まれるような視線に怯え、お父さんの後ろへと隠れる。それを見たお父さんが呆れたように声をかけてくる。
「陽向、そんな所で隠れてないでこっちで挨拶をしなさい」
そう言われてしまってはこれ以上隠れるわけにもいかず、お父さんの前に出て、彼の顔を見て自己紹介をした。と言っても伝えたのは名前だけだけど。
すると、目の前の男の子の顔が、一瞬のうちに別人のように変わった。
彼はどこか照れたように、頬を掻きながら答えた。
「えっと……柏木環です」
そんな言葉を聞きながら私の中に浮かんだ感情は、どっちが本当の環君なんだろう、というものだった。
挨拶を済ませ、父親同士の話し合いになる。こうなってしまっては子供である私たちにできることなどあるはずもなく、あっけなく部屋を追い出されてしまった。環君と共に。
初めて訪れた男の子の家でどうしたら良いか全くわからずに固まっていると、環君に肩を叩かれた。
「……ついて来て」
淡々とそう言い放って先に進んで行った環君を慌てて追いかける。案内された先は彼の部屋だった。
何をされるのか、少し不安になって体を強ばらせていると、振り向いた環君が小さく笑って言った。
「そんな怖がらなくても何もしない。入って」
「う、うん」
促されるまま部屋に入ると、環君は部屋に鍵を掛けた。何もしないと言われたから心配はしていないけど、一体どういう意図で?
首を傾げていると、環君は私に向き直って真剣な顔で言った。
「君、それで楽しい?」
「…………え?」
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何を言われたのかわからなかった。そのまま硬直する私を見て、環君が補足してくれた。
「親に従うままの人生でいいの?」
「…………っ!?」
やはり環君には全てお見通しだったようだ。
彼に言われたことを頭の中で反芻する。いつの間にか私は唇を噛んでいた。
そうだ、今までは何の疑問も抱かなかったけれど、よく考えてみればこんな人生──
「楽しいはずないでしょ」
声を振り絞ってそう答えると、環君は私のその答えがさも当然であるかのように頷いた。彼の掌の上で弄ばれているような感覚に、背筋が震えた。
「だよね」
「……あなたに何がわかるの?」
そう問うと、環君は見たことのない笑顔を浮かべて言った。
「全部。だって、僕も同じだから」
「……同じ?」
「そう、僕も父さんに色々決められてるんだよ。だからさ──」
そして続いた環君の言葉に、不思議な高揚感を覚えた。
「──親の企みなんて、ぶち壊しちゃおうよ」
はい、桔梗に続く番外編でした。
番外編①ってことは次も番外編なんです。
環くんの過去にも関わるお話になります。
※これからは週1くらいで更新になるかと




