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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
2章 2人の関係
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第2章15話 予想外②

早くイチャイチャを書きたい。

「姉さん……どうしてここに……」


 姉さんに、僕たちに何が起こっているかを把握する術はないはずだ。それなのに、どうして……

 そんな疑問が頭を埋め尽くす。しかし、すぐにその疑問は晴れることになる。姉さんは持っていたカバンからスマホを取り出して言った。


「用事で近くに来ててよかった。ひーちゃんから連絡があったの。『助けて』ってね」


 そう言って姉さんが見せてきたのは、姫乃とのメッセージ画面。確かに『助けて』と表示されていた。それだけでなく、僕たちの位置情報まで。

 姫乃が少し鼻声になりながらも教えてくれた。


「陽向さんに、バレるわけにはいかなかった。だから……」

「もしかして……」

「うん、環くんが壁になってくれたおかげで連絡は取りやすかった」


 姫乃が僕を叩くのをやめた時、どうやらそのタイミングで姉さんにメッセージを送っていたらしい。

 しかし、それを告げる姫乃の声はどこか刺々しく……


「姫乃、怒ってる?」

「怒ってる」

「……ごめん」

「次からはちゃんと相談して」

「……はい」


 素直にそう返事をすると、姫乃は満足したように笑って僕の隣──というか前に立った。まるで陽向から僕を守るかのような体勢で。

 …………普通逆じゃないか?

 少し釈然としないまま前を見ると、陽向と目が合った。その瞬間体が強ばるのがわかった。それは前に立つ姫乃にも伝わったようで、姫乃は無言で僕の手を握ってきた。

 それだけで、少し安心できた。

 そして姉さんが唐突に口を開く。


「はい、じゃあ環の友達はここで解散」

「「「…………え?」」」

「そりゃ家庭の事情に巻き込むわけにはいかないから。あ、でもひーちゃんは残ってね」

「……? はい」

「環が寂しがっちゃうから」

「ちょ! 姉さん!」


 姉さんのその一言で姫乃の顔が赤くなる。つられて僕の顔も熱くなった。それを見た姉さんは面白そうに笑った──と思ったら、急に真剣な顔になってこう言った。


「環、アンタはその顔でいなさい。辛い顔しててもひーちゃんに心配かけるだけだからね」

「……ありがと」


 ふと大悟たちの方を振り向くと、皆が気まずそうな顔をしているのが目に入った。そんな中、大悟が口を開く。


「じゃあ環、俺たち行くわ」

「うん、迷惑かけてごめん」

「別に気にしてねーよ。ただ、何かあったら相談してくれよ」

「……うん」

「そーだよ、友達じゃん!」

「……亜美、皆、ありがとう」


 そうだ、僕は1人じゃなかった。何を弱気になっていたんだ。友達が優しい言葉をかけてくれる、そんな単純なことなのに、こんなにも温かい気持ちになる。それに気づかなかった自分がバカみたいだ。


「……()()()()

「うん、()()()


 また明日、とは言えなかった。この後僕がどうするべきか、その答えを見つけたから。


△▲△▲△▲△▲△▲


 大悟たちの姿が見えなくなってから、姉さんが真剣な顔で陽向に言う。


「場所変えない? ここだと人目に付くでしょ?」

「……いいですよ。では車に乗ってください」

「車?」


 陽向が指さす方を振り返ると、確かにそこには黒塗りの高級車があった。いつの間に、というかやはり学校に連絡のあった不審な車は橘家の物のようだ。

 陽向に促されるま車に乗り込む。そして行き先を告げられることなく車は走り出した。その間姉さんは必死にスマホを操作していた。


「あ……雨」


 そう呟いた姫乃につられて窓を見ると、確かに雨が降り始めていた。それもかなりの勢いで。


「嫌な天気ね」

「うん」

「あ、この雨一時的なものみたいです」


 空気を読まない発言をする陽向を睨みつけるけれど、陽向は全く意に介した様子もなくイヤホンで音楽を聞き始めた。こういう時に限っては陽向のそのメンタルが羨ましくなる。そんなことを思いながら、何ができるわけでもなく、ただ俯くことしかできなかった。


 どれくらいの時間走ったのだろう、もちろん信号で停車することもあったんだけど、漸く車が止まった。目的地に着いたんだろう。

 そう思って窓から外を覗いて──体が固まった。

 何てことはない、ただ僕が知っている場所だっただけだ。しかし驚いているのは僕だけでなく、姫乃も、姉さんでさえ言葉が出てこないようだった。

 そう、車が止まったのは僕が住むのマンションの前だった。


「着きましたよ? 降りないんですか?」

「…………今降りる」


 だいぶ長い間走っていたはずなのに何故こんな近くなのかとか、何故陽向が僕の家を知っているのかとか、聞きたいことがありすぎてそんな言葉しか返すことができなかった。

 さすがに僕が住んでいる部屋までは知らなかったようで、僕が先頭になって陽向たちを家に案内する。車を運転してきた人は、大家さんに事情(詳しいことは省いて)を話して駐車場で待つとのことだった。


△▲△▲△▲△▲△▲


「じゃあ、入って」

「お邪魔しまーす。……何か緊張しますね」

「「お邪魔します」」


 陽向だけがどこかワクワクした様子で家に上がる。それを気にしていると終わりがないので、ため息をついてコーヒーの準備をする。


「あ、私ブラック飲めないのでー」

「…………」


 無言でコーヒーとミルクと砂糖をお盆に乗せて机に運ぶ。

 陽向の「ありがとうございます」という声を聞きながら、彼女の向かいの椅子に座って口を開く。


「何で家を知ってるんだ?」

「お義父さまから伺ったんです」

「なるほど……ていうかその『お義父さま』って呼ぶのやめてくれ」

「何故ですか?」

「何でもいいだろ」


 理由なんて決まっている。僕の父親はまだ陽向の義父ではない。というかそもそも陽向を家族にするつもりもない。

 まぁそれもあるけれど、本当は、陽向が「お義父さま」と言う度に姫乃が渋い顔をするのを見るのが耐えられないだけだ。それを口にすることはしないけれど。

 幸い陽向は「仕方ないですね……」と納得してくれたようで安心した。

 そしてその後は誰も発言しなかった。陽向が美味しそうにコーヒーを飲んでいるのが目に入った。


「……で、貴女は結局何をしに来たわけ?」


 沈黙に耐えられなくなったのか、それとも言いたいことをまとめていただけなのか、コーヒーを一口飲んで喉を潤したらしい姉さんがそう陽向に尋ねた。

 姉さんのその問いに、陽向は作り物──蝋人形のような薄い笑顔を貼り付けた顔でこう答えた。


「そんなの、環さんを連れ戻しに来たに決まってますよ」

「……それは貴女の意志? それとも父さんの?」

「うーん……両方ですかね」


 そんな2人の問答を聞きながら、この会話を一度聞いたことを思い出す。何故姉さんは同じことを繰り返しているのか、それが気になったけれど、尋ねることができる空気ではない。

 きっと何か考えがあるのだろう、僕にできるのはそう信じることだけだった。そもそも姉さんが僕の味方をしてくれること自体予想外だったんだけど、今更それはどうでもよかった。


「そう……」

「それがどうかしました?」

「いや、ただ私が気になっただけ」

「そうですか」


 そう陽向が微笑みを崩さずに答える。それがどこか気持ち悪くて、それでも何故か顔を逸らすことができなくて、僕の心は陽向が作り出す変な靄に押しつぶされそうだった。

 そんな時、僕の家のインターホンが鳴る音が聞こえた。自分の家なのに、どうしてか遠くから聞こえるように感じた。


「…………?」


 まだ雨が止んでいないはずなのに、誰が僕の家なんかに?大悟たちだろうか、ふとそんな考えが頭をよぎったけれど、すぐにその可能性を頭から排除する。あの場で別れの挨拶を交わした以上大悟たちが来ることはないだろう、そう考えての判断だった。

 でもそれなら誰が?

 様々な思いが押し寄せてきたけれど、いつまでもドアの外で待たせるわけにもいかない。陽向に断って玄関に向かうために立ち上がる。

 その時、姉さんが小声で「大丈夫よ」と声をかけてきた。陽向はそれに気づいていないようで、まだその顔に冷たい微笑みを貼り付けていた。


 一体、何が大丈夫なんだ?


 疑問の種が一つ増えた状態で玄関に辿り着き、扉を開けて──硬直した。

 本当にわけがわからなかった。だってそこに立っていたのは、肩で息をし、雨に髪を濡らした……


「…………何で、何で陽真さんが!?」


 そう、そこにいたのは橘陽真さんだった。

 陽真さんは、服まで濡れているにも関わらず、爽やかな笑みを浮かべてこう言った。


「おまたせ、環くん」

──ヒーローは遅れてやってくる──

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