第2章13話 重大事件(?)
クリスマスイブなのにこんな話でいいのだろうか
お待たせしました。
その日は朝の一件以降誰に絡まれるというようなこともなく1日を終えた。柿原に絡まれたことで少し疲れていた僕は、午後の授業で転寝──というか居眠りをしてしまった。
授業が終わってから大悟から聞いたんだけど……
「姫乃、お前の寝顔めっちゃ見てたぞ」
「ちょっ……大悟くんそれは言わないって言ったじゃん」
「いやぁ、こんなん言うしかないだろ」
「……いじわる」
大悟に自分の秘密を暴露された姫乃は冗談抜きでご機嫌ななめになったのか、無言で僕の制服を掴んできた。
「大悟、あんまり姫乃を困らせないで」
「悪い悪い。ごめんな、姫乃」
「……亜美ちゃんに大悟くんのあることないこと全部吹き込もうか?」
「マジそれだけは勘弁」
どうして姫乃が亜美の名前を出したのか、この時点では僕は何もわからなかった。ただ大悟の慌てたような表情を見て、困ったら僕も同じ手を使おう、そんなことを思ったくらいだった。
帰りのホームルームのために先生を待っていたんだけれど、5分どころか10分待っても先生はやって来ない。廊下から聞こえてくるざわめき具合から察するに、僕たちのクラスだけではないのだろう。
15分経って、皆さすがにおかしいと感じ始めた。
20分経過して、桔梗が先生を呼ぼうと立ち上がったところで漸く先生が入ってきた──真剣な表情で。
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「遅れてすまん。職員の話し合いが長引いた」
20分経過していることから、何かあったことは皆わかっていたので口を挟む人はいない。そんな皆を見て先生が口を開いた。
「ホームルームを始める前に、伝えなければならないことがある」
教室中が動揺の渦に包まれた。
先生が「落ち着け」と3回言って漸く静まる。
「先程の職員会議で報告があったんだが──」
職員会議、ということは何かしら重要なことなんだろう。皆がそれを理解しているため、先生の次の言葉を聞き漏らさないように全員が耳を澄ます。
「──高校付近に不審な車が見られたようだ」
「…………」
「あれ?皆そんな驚かないのか?」
驚く驚かない以前に話が上手く頭に入ってこない。それはこのクラスの皆に言えることだろう。
数人が顔を見合わせて「どういうこと?」とか「それがどうかしたのか?」とか話していた。そんな皆の意見をまとめるように、桔梗が先生に質問する。
「先生、どういうことですか?」
「そうだな、最初から話そう──」
──師曰く……とかふざけてる場合ではない。
近隣の住民から高校に連絡があった。
その内容は、『高校の周りを何周もしている怪しい車がある』というもので、連絡を受けた教師が窓から確認すると、確かに黒塗りの高級車が確認された。
あまりに現実離れしたその報告に、僕たちは呆気に取られるしかなかった。そんな僕たちを見て先生が言葉を続ける。
「まぁ各々言いたいことはあるだろうが、少し校内で待機することになった。一応親御さんには報告してあるからそこは心配しなくていい」
「先生ー、部活はどうなるんスか?」
「不審者が入ってきた場合に備えて全部活中止だ」
「「まじかよー」」
『部活中止』
部活に青春を捧げているような奴らからすると、この言葉は地獄のようなものだろう。大悟も絶望の表情を浮かべていた。部活をやっていない僕には何の関係もないけれど。
すると桔梗が立ち上がって言った。
「折角なので、文化祭について話し合いましょう」
「「りょーかい」」
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することもないので桔梗の提案を拒否する人は誰もいなかった。そして桔梗は先日僕たちで決定したことを皆に伝えた。
僕は1度聞いた話だったので、ぼーっとしながら聞いているだけでよかった。というか後ろから無視できない言葉が聞こえてきてそれどころではなかった。
「つーかマジで柏木が料理できるのが意外だわ」
「さすが一人暮らし」
「まー男の料理なんてたかが知れてるっしょ」
「それよか一人暮らしって女子連れ込めるよな」
僕のことを良く思っていない──つまり僕と姫乃の交際に納得していない者たちの発言であることは明白だった。桔梗や先生には聞こえず、僕とその周りの人物にしか聞こえないボリュームで話しているのがタチが悪い。
こういう輩は無視するのが1番、そう思っていたから聞こえないふりをしていたんだけど、思わぬところから反論が飛んできた。
「環くんはそんな軽薄な人じゃないよ」
「お前らそんなことしてて楽しいか?」
「ちょーーっと引くわー」
そう言ったのは姫乃、大悟、亜美の3人。
これ以上事態をややこしくしたくなかった僕はここで止めようとしたんだけど、3人の異様なまでの圧に口を噤むことしかできなかった。
桔梗が止めることを期待して彼女を見ると、姫乃たちの反応が当然だと言うように無言で見つめていた。先生はというと、我関せず、といった様子で太宰治の小説を読んでいた。いじめでない限り出る幕ではない、ということだろう。
そんなわけで、この場は姫乃たち3人と柿原たちに委ねられることとなった。
「……何だよ、別に変なこと言ってねーだろ」
「視線でバレバレ」
「ぐ……だから何だよ、結城さんたちに害があるわけじゃ──」
「だったら何してもいいの?」
教室中の視線が、白熱する口論に集まっている。──といってもどちらが優勢、正論なのかは火を見るより明らかだ。おそらくこの中に柿原たちを擁護する人はごくわずか、ひょっとすると皆無かもしれない。
分が悪いのを察したのか、柿原たちが無言を貫く。しかし姫乃たちがそれを逃すことはない、数ヶ月の付き合いで痛いほどそれは理解している。
「とにかく!私のことはともかく、環くんまで巻き込むのはやめて」
「…………」
「つーか姫乃、朝も似たようなこと言ってたよな」
「確かに!私でもそれ覚えてるのになー」
「ひょっとしてお前ら……」
「「……バカなのか?」」
「………………っ!」
大悟と亜美の息の揃ったツッコミに、教室の至る所から忍び笑いが聞こえた。柿原たちは俯いて座ってしまった。ただし、彼らの顔が真っ赤に染っていたのを僕は見逃さなかった。残念ながらそれが怒りによるものか羞恥によるものかはわからなかったけれど、前者でないことを祈るのみだった。
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偶然だろうが、場が納まったタイミングで放送が流れた。
『先程まで確認されていた車ですが、目視では確認できなくなりました。これより下校としますが、手が空いている教師は念の為生徒に付き添うようにして下さい。生徒諸君も決して無駄な寄り道等はしないように──』
漸く帰れる、その放送に喜んだ生徒たちから歓声が上がった。先生が「落ち着け」と何度も言っているが先程と違いその注意を聞く生徒などいなかった。
帰りの挨拶もそこそこに各々が帰宅を始める。僕らもその流れに逆らうことなく昇降口へ向かう。ことがことだけに、いつもとは異なり僕、姫乃、大悟、亜美、伊織、瑞希の6人で帰路につく。龍馬と紗夜、桔梗は方向が逆だった。
「にしてもこんな場所で不審者ねぇ……」
「こんな場所って言うけど一応東京だしね」
「んー……まぁそうだけどさ」
「ま、ちょっと怖いのは確かだね」
そんな他愛もない話をしながら歩いていたせいで、僕は目の前に立つ人物に気がつくのが遅れてしまった。早く気がついていたところで何ができていたわけでもないけれど。だから急に声をかけられた時は誰も反応することができなかった。
「あ、環さん。おかえりなさい」
「…………え?」
僕と姫乃の住むマンションの前には、1人の女子が立っていた。




