第2章11話 変化①
目指せ毎日1話投稿。
久しぶりに、夢を見た。
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もう**の姿は見えなくなっていた。
いくら後ろを振り返っても、見えてくるのは似たようなビルばかり。僕たちを乗せた車は、首都高速道路を走っていた。
隣に座る姉さんを見ると、唇を噛んでじっと俯いていた。とてもじゃないけど話しかけられる雰囲気ではない。
突然、前から声をかけられた。
『葵くん、環くん、落ち着いたかい?』
僕たち姉弟を君付けで呼ぶ人物は父親──柏木要次郎。自分の子供でさえ他人行儀に扱う父親を、僕は信じることができない。
沈黙を肯定と解釈したのか、父さんは言葉を続けた。
『突然の話ですまないとは思っている』
絶対に、嘘だ。
『だが、あの家にいても叶奏との思い出に苦しむだけだ』
叶奏──今はもういない母さんの名前に息が詰まる。
父さんは、母さんが亡くなった途端に引越しを決めた。悲しみに浸る間もなく、父さんのせいで僕たちは1度に2つの別れを経験することになったんだ。
『それならいっそ新しい環境に身を置くべきだ。違うかい?』
それは父さんの理屈だろう。
それを子供たちにまで無理やり押し付ける神経が理解できない、したくない。
と、今まで口を閉ざしていた姉さんが声を荒らげた。
『そんなのお父さんがそうしたいだけじゃん!私は、私はもっとあの家で暮らしたかった!』
しかし、それに対する父さんの答えは父親とは思えないものだった。声のトーンを下げ、まるで蔑むかのように淡々と──
『だから君たちは子供なんだ』
そして意識が浮上していく。
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目が覚めると、頬が濡れていた。
認め難いけれど、あの夢を見たからだろう。いや、あれは本当に夢なのだろうか。
あれは、僕が実際に経験したことだ。決して架空の物語などではない。
だとしても──
「何で今なんだよ……」
モヤモヤしたまま顔を洗うために立ち上がって、スマホにメールが届いていることに気がついた。
姉さんだった。
『ひーちゃんから聞いたけど、私も文化祭にお邪魔していいの?』
昨日の今日で、もう連絡がいっているとは思わなかった。ていうか「ひーちゃん」って何だ?いつの間にそんなに仲良くなっていたんだ。
少し驚いたけれど気を取り直して『いいよ』と返信する。
すぐに反応があった。
『修くんも行きたいって言ってるんだけど』
やっぱりか。
別に断る理由もないし『大丈夫』と返す。ただし『学校でイチャつくなよ』と、余計とも取れる一言を付け足して。
そこまでしてから顔を洗いに洗面所へ。
鏡を見ると、頬に涙の跡が残ってしまっていた。
「マジか……」
こんな跡を誰か、特に姫乃に見られるわけには行かない。入念に顔を洗い、完全に跡がなくなったことを確認してから洗面所を出る。
そういえば、姉さんも同じような夢を見ているのだろうか。
ふとそんな疑問が頭をよぎる。
まぁ、今度会った時に聞けばいいか。そんな結論を出して朝食の準備に取り掛かった。
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ご飯を炊いて、レタスを千切り、目玉焼きを作っている間も胸のモヤモヤは消えることがなかった。そのせいで目玉焼きに火を通しすぎてしまった(僕は目玉焼きは半熟派だ)。
口の中の水分を奪っていく黄身の食感に辟易しながらも朝食を食べ終えて制服に着替える。
靴下を履いていると電話がかかってきた。
「もしもし?」
僕に電話をかけてくる人物が思い当たらなかったので不思議に思いながら電話に出る。相手は姫乃だった。
『環くん、おはよう』
「姫乃か。おはよう」
メールでなく電話を選んだことを疑問に思いながら朝の挨拶を交わす。すると姫乃は心を読んだとしか思えない返しをしてきた。
そして僕はその答えにフリーズすることになった。
『どうして電話なのかって思ってるでしょ』
「うん」
『えへへ、早く環くんの声が聞きたかっただけー』
「………………」
『あれ、環くん?』
「だからずるいって」
本当に心臓に悪いと思う。でもやめて欲しいわけじゃない、むしろそれを望んでいる自分がいるくらいだ。
「それで本題は?」
わかっているけど敢えて聞く。少しでも長く姫乃の声を聞いていたいから──ってこれじゃあ姫乃のことを強く言えないな。
僕のそんな思いに気づくこともなく、素直に姫乃は答えてくれた。
『一緒に登校しようよ』
「もちろん」
即答すると、電話口の向こうから『キャー』という声が聞こえた。悲鳴というわけでもない。言葉にし難いけれど、姫乃が思っていることは僕も何となく理解できた。
時計を確認し、10分後に僕の部屋の前に集合するということを約束していったん電話を切る。
そこからは少し忙しかった。急いで食器を洗い、歯を磨き、時間割を確認した頃には集合時刻の1分前になってしまっていたくらいだ。
何とか間に合ったことに安堵してドアを開けると、姫乃は既にドアの前で待機していた。
「ごめん、待った?」
「んーん、今来たとこ」
「そっか。じゃあ行こうか」
「うん!」
マンションを出ていつもの通学路を歩く。それだけなのに、何故か多くの視線を感じた。
その理由は教室に着いてから判明することになる。
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「……おはよう」
「おはよー!」
教室に入るなり、そこにいた全ての生徒の視線が僕らに集まった。それに全く臆せずに平然と挨拶をしてのける姫乃の精神力は本当にすごいと思う。
「え……と?」
何が起こっているのか全く理解できずにそんな声をこぼすと、1人の男子がこちらに寄ってきた。
大悟でも伊織でも、ましてや龍馬でもない。状況を上手く飲み込めず困惑している僕の前にやってきたのは──
「柿原……だっけ?」
「おう」
柿原流星──出席番号が僕のひとつ前だったから名前は覚えていた。そんな彼が僕に何の用だ?
そんなことを考えていると、柿原は僕と姫乃を交互に見てからこんなことを言ってきた。
「柏木と結城さんって付き合ってるってマジ?」
僕はそれをクラスに言った覚えがないんだが。嫌な予感がして教室の隅の方を見ると、そこでは亜美が手を合わせてこちらを見ていた。言葉はなかったけれど、そのポーズから「ごめん」と言っているのだということはわかった。
「…………?」
そもそも僕は亜美にすら言った覚えがないんだけど──そう思って姫乃を見ると、少し困ったように笑ってから「ごめん、言っちゃった」と謝ってきた。
別に謝るようなことではないし、純粋に嬉しかったんだと思う。そんな姫乃を怒ることなんてできない。
とりあえず亜美には後でお仕置をするとして、今は目の前の人物に集中するべきだろう。
「うん、本当だよ」
正直にそう答えると、何故か柿原だけでなく、クラス中の男子から落胆の声が上がった。それだけでなく女子は女子で何やらザワザワしている。
その空気に入り込めず扉の前で固まっていると、左から1人の女子がやって来た。
「柏木くん」
「な、何?……栗本さん」
「あ、名前覚えててくれたんだ」
話しかけてきたのは栗本結芽、紗夜のグループにいたはずだ。
文化祭の責任者をやる以上クラスメイトの名前くらいは覚えろと、そう桔梗に言われたから覚えただけで、それがなかったら多分知らないままだったんじゃないか。心の中で少しだけ桔梗に感謝しておく。
「柏木くんの雰囲気が変わったのって、やっぱり姫乃ちゃんの影響なの?」
「ま、まぁ」
間違いではなかったし隠すことでもないと思ったからそう答えると、隣に立っていた姫乃から「知らなかった」とでも言いたそうな視線が向けられた。
姫乃にはおいおい話すとするか、そう思っていたら今度は柿原が話しかけてきた。
「いつからだよ」
「……え?」
「いつから付き合ってんだよ」
「昨日から……だけど?」
するとまた男子たちから謎の声が上がる。
耳を澄ましてよく聞いてみると、「じゃあ俺も行けたかもしんねえじゃん」とか「もっと早く動いとけば……」とか、どこか僕を苛つかせるような言葉が聞こえてきた。
さすがに我慢できなくて「お前ら……」と言いかけたその時、暫く黙っていた姫乃が突然口を開いた。そしてムッとした声でこんなことを言った。
「それはなかったと思うよ?」
クラス中の視線が、今度は姫乃に集まった。
まぁ、そうなるよね。




