第2章10話 何気ないひととき
前半→中盤→後半
48話を書く上で1番注意したものです。
伝わるといいですが……
例の黒焦げの物体は(美味しくはなかったけれど)塩こしょうで味付けして何とか食べきった。
2人ともそれでお腹いっぱい──いや、食欲をなくしてしまったので、焼きそば作りはまた後日ということになった。
姫乃は「家で作ってみる」と豪語していたけれど、僕の見ていないところで怪我をされても困るだけなので、やめておけ、と釘を刺しておいた。
「さて、どうしようか」
「どうするって?」
「いや、このまま帰すのもなぁって」
「ちょ……!?」
そう言って姫乃を見ると姫乃は不思議な姿勢で数歩後ずさった。
具体的には、自分の腕で体(主に胸の辺り)を隠す──まるで何かから身を守るような体勢で……
何か変な勘違いをしていないか?
「……姫乃さ──」
「私たちにそういうのはまだ早いと思います!」
ふむ、なるほど。一旦状況を整理しよう。
僕の発言、姫乃のとった姿勢、言葉──つまり彼女は僕がそのような行動に移ると勘違いしているわけか。
…………………………そのような行動?
自分が何を考えているのか理解した途端、羞恥が込み上げてきた。これで違ったら恥ずかしいどころの話ではない。確実に、死ねる。
何はともあれ弁明は必要なので、深呼吸をして気持ちを落ち着かせて姫乃の目を見る。……うん、警戒しているな。
「姫乃」
「は、はい……」
「違うよ」
「………………え?」
「だから、そんなつもりで言ったんじゃないよ」
そこからの姫乃の変化は面白かった。
真っ赤な顔から少し表情が和らいだと思ったらまた赤く。
これは完璧な憶測になるけれど、恐らく『羞恥』→『安堵』→『怒り』だったんじゃないか。
怒りの矛先は不明──と言いたいところだけど、ここには僕と姫乃しかいない。50%の確率で僕なのだけれど、こういう時は大抵僕になるものだ。
そしてその予想は当たってしまう。
「ば……ば…………」
「ば?」
「バカーーーー!!!!!!!!」
突然の大声に耳を塞がなければならなかった。
おそるおそる姫乃を見ると、顔を真っ赤にしたままこちらを睨んできた。その表情から読み取れる感情は、羞恥:怒り=3:7と言ったところだろうか。
「環くんは!」
「は、はい……」
「もっと!乙女心を!勉強して!」
「は、はい…………」
姫乃の圧倒的剣幕に、僕は頷くことしかできなかった。
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5分程経って漸く姫乃が落ち着いた頃、今度は姫乃がこんなことを聞いてきた。
「ねぇ環くん」
「ん?」
「環くんって葵さんと仲悪いの?」
「──ぶっ!?」
予想もしなかったその質問に、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
台所から布巾を持ってきて、汚れてしまった机の上を拭きながら確認をとる。
「姉さんと?」
「うん」
「それを今聞いた理由を聞いても?」
「文化祭に葵さん呼びたいなーって。でも環くんが嫌だったらさ」
「やだ──って言いたいところだけど、残念ながら仲が悪いわけじゃない」
「じゃあ……」
「もちろん、呼んでいいよ」
それを聞いた姫乃の喜びようはなかなか筆舌に尽くし難いものだった。というか、一体いつの間にこんなに仲良くなっていたんだろう。
僕が家を追い出されたあの短時間に何があったのか知る術はない。だから余計に気になるんだけど、姫乃が答えてくれるとは思えなかった。姉さんもまた然り。
「幸い文化祭は3日間あるしね。1日ぐらい姉さんに荒らされたところで何の支障もないよ」
「1日は私に付き合ってもらうからね」
「お嬢様の仰せの通りに」
そう言うと、姫乃は「よろしい」と満足気に頷いた。
こんな他愛もないやり取りが楽しく感じるのは久しぶりだ。
それにしても、姉さんか。姫乃の頼みだったら来るとは思う。しかし家出があった後だ、おそらく、いや、確実に修さんも来るだろう。個人的に学校内でイチャつかれるのは困るんだけど、それはまぁ来た時に言えばいいだろう。
……その言いつけを守ってくれるかは信用できないけれど。
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「──きくん、環くん」
「あ、ごめん。どうかした?」
変な考えに気を取られていたせいで姫乃の呼び掛けに気がつかなかった。慌てて反応すると、姫乃は柔らかく微笑んでからこう言った。
「んーん、何でもない」
「え?」
「名前呼びたかっただけー」
「…………っ」
何とも可愛らしいことを言ってくれる……。
姫乃の顔を正面から見るのに耐えられなくなって、顔を逸らしてしまう。しかし姫乃は逃がしてはくれなかった。
「環くん」
「…………」
「環くーん」
「………………」
「たーまーきーくーん」
「……ずるいぞ」
「えー、何がかな?」
絶対に理解しているはずなのに、わざととぼける姫乃。やはり目が泳いでいる。
それでも姫乃から余裕がなくなる様子は全くなかったので、どうにかして姫乃の余裕を崩してやれないかと考える。
そして思いついたのは──
「姫乃」
「ん?」
「いや、用はないよ」
──姫乃がしたことと同じことをやり返すことだった。
目には目を(使い方が間違っているかもしれないが)ってやつだ。こういう時は余計なことを考えずにシンプルに行くのが一番だろう。
「ちょ……」
「姫乃」
「うぅ…………」
わかりやすく動揺している。何か楽しくなってきた。
「姫乃ー」
「うぁぁ…………」
ソワソワ、というかモジモジし始めた。それを見ているこっちも段々と恥ずかしくなってきた。
…………もう少し続けてみるか。
「ひーめーのー」
「すとーーーーーっぷ!!!!!!!!」
「うわ!?」
姫乃が急に立ち上がった。そしてその勢いのまま一息で言いきった。
「私が悪かったですごめんなさいだからもうやめてください!」
してやったり。
だがまぁ僕もやりすぎたところもあるだろう。一応は謝っておくべきか。
「こっちこそごめん、ちょっとやりすぎたかも」
顔を上げると姫乃と目が合った。そして──
「「あははははは」」
急に笑いが込み上げてきた。
そのままひとしきり笑ってからもう一度姫乃の顔を見る。
姫乃もこっちを見ている。
(あ、これはやばい…………)
そう思った時にはもう遅かった。
段々と2人の距離が縮まって、そして──
「「っ!?」」
──スマホの着信音が雰囲気を台無しにした。
なかなか気まずい雰囲気に早変わり。どちらともなく視線を逸らし、僕はスマホを確認する。
紗夜からだった。
『見て!焼きそば作れたよー 上手くない?』
「…………はぁ」
「どしたの?」
あまりに拍子抜けする内容に溜め息をつくと、隣から姫乃が覗き込んできた。姫乃にも届いた内容を見せると、「あー……」という感情が読めない反応をしていた。
「何その反応」
思わず尋ねると、姫乃は顔を赤くしながらも小さな声で囁くように答えてくれた。
「いや、その……いい雰囲気だったのになーって……」
「っ!!」
効果は抜群(僕にとっては)だった。
しかしもう一度あの空気を再現する気にもなれないために、部屋の中には沈黙が流れる。
結局僕たちが会話を再開できたのは、紗夜のメールが届いてから1時間半経ったあとだった。
伝わったかな?




