番外編 「西園桔梗」
何か前の話より長くなった気が…………
私が彼──柏木環くんと出会ったのは、今年の4月、高校に入学した時だった。
いや、正確には一方的に追いかけていただけかもしれない。
彼の何でも1人で片付けようとする態度に、妙に心が惹かれたのを覚えている。
私自身、誰かと一緒になって騒ぐのは苦手だから、その当時は似たような性格の持ち主だとしか考えていなかった。
生来の真面目な性格と、頼まれたら断ることのできない性格とが災いして、いつの間にか学級委員長になっていた。
それでも、誰かに頼られることは嬉しかったし、学校生活でのモチベーションになった。
でも、楽しさの中にどこか物足りなさを感じていた。
気がつくと柏木くんを見ているということがよくあった。
それでも話しかける勇気は持てずに、自分でもよく分からない気持ちを抱えて毎日を過ごしていた。
そんな日々に変化があったのは、6月の終わり。
急に柏木くんが笑うようになったのだ。もちろん今まで彼が笑わなかったわけではない。誰かに話しかけられれば笑ってそれに応えている、そんな場面を何度も見てきた。私だってそういう時の方が多い。
でも、柏木くんが見せたのはその微笑みとは全く異なるものだった。
そして、そんな彼の隣にはいつも結城さんがいた。
それ以来、私は柏木くんを見る度に胸が締め付けられるようになった。
結城さんを見る度にやり場のない思いを抱えるようになった。
この気持ちは、何なのだろう。
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夏休みが終わり、2学期が始まった。
それなのに、私の気持ちが晴れることはなかった。それどころか、胸の中の靄がどんどん大きくなっていた。
そして私は、決定的な場面に遭遇してしまう。
「私は、環くんが好き」
(………………ッ!)
文化祭について考えておくように先生に言われて、いつも何かを考える時にやって来る屋上に続く階段にいた私。
誰かが来る気配を感じて咄嗟に隠れたのだけれど、そこで目撃したのが結城さんの告白だった。
そして、その場面に遭遇したことで、私も自分の気持ちに気がついてしまった。
──私は、柏木くんが好きなんだ。
それを認めた私は、気がつくと涙を流していた。
何故か、そう聞かれると色んな答えが出てくる。
結城さんに先を越された悔しさ
今更自分の気持ちに気づいたことへの後悔
その気持ちを柏木くんに伝える勇気のない自分への不甲斐なさ
私は誰もいなくなった階段の踊り場で、声を殺して泣いた。
そんなことをしても時が戻るわけではない、無意味だ。そうわかっていても涙が溢れて止まらなかった。
私は、変わろう──変わらなければいけない、そう決意した。
△▲△▲△▲△▲△▲
結城さんの告白に遭遇した日の翌週、月曜日。私は誰もいない教室で1人本を読んでいた。
すると扉が開く音がしたのでそちらに目を向けると、そこには1人の男子生徒が立っていた。窓から差し込む陽光で顔はよく見えなかったけれど、どこか見覚えのある体つき──柏木くんだった。
いつもはもっと遅く、悪く言えば遅刻10分前にやって来る彼がこんな時間にいるのが不思議だったけれど、そんな疑問はどうでもよかった。
柏木くんと2人きりで教室にいるのが嬉しかった。
「おはようございます、柏木くん。今日は早いんですね」
「おはよう。委員長こそ、いつもこんな時間なの?」
柏木くんに挨拶を返してもらったことに喜ぶ単純な自分がいる一方、少し不満に感じる自分がいた。
その理由は単純明快──名前で呼んで欲しい──そんな思いからだった。しかし面と向かって「名前で呼んで」というのも恥ずかしく、結局私の口から出たのは「その呼び方、やめてください。桔梗でいいです」というどこか突き放すような言葉だった。
そんな言葉に気を悪くした様子もなく、柏木くんは謝ってきた。少し申し訳なく思いつつ、この時間に来た理由を尋ねる。
すると柏木くんは少し迷った様子を見せてこう答えた。
「まぁ、勉強かな」
柏木くんの順位が良いということは、定期テストの際に壁にはられる順位表でよくわかっていた。
それを伝えると、柏木くんは私が成績上位者を殆ど覚えているということに驚きを隠せないでいた。その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。
話す話題もなくなり、柏木くんが私の斜め後ろに座る。そのまま沈黙が流れたけれど、私はそれに耐えきれなくなってこんなことを聞いた。
「そういえば柏木くん、最近結城さんと仲良いですよね」
さすがに「告白されたところを見てしまった」とは言えるはずもなく、軽い気持ちでそう聞いた。柏木くんはこの言葉に少し驚いたような顔を見せたけれど、気を悪くした様子もなく「そうかもね。それがどうかした?」と答えた。
ほんの軽い気持ちで聞いたことなので、理由を聞かれて少し戸惑ってしまった。少し考えて私が選んだ言葉は
「気に障ったらすみません。柏木くんは私と似たような人間だと思っていたので、つい……」
その理由に柏木くんは首を傾げて「似たような?」と尋ねてくる。
自分でも何を言っているんだと思ったけれど、今更取り消せる筈もなく、慎重に言葉を選びながら補足をする。
「その……あまり他人に興味が無いというか、最初の頃の柏木くんからはそんな印象を受けたので。違ったらすみません」
「いや、違わないよ。桔梗さんの言う通り、僕は他人と関わることが苦手だった」
「では……」
「その考えを変えてくれたのが姫乃だっただけ」
結城さんの名前が出て、胸がチクリと痛む。
しかしそれを悟られるわけにもいかず、あくまで平静を装って柏木くんの言葉の真意を探る。
柏木くんは、結城さんとの出会いについて話してくれた。
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「それは……何と言うか」
「姫乃がドジだっただけなんだろうけど、今はそれに感謝してるよ」
「なるほど……」
その説明に納得した、いや、納得してしまった自分がいることに、少しだけ胸の痛みが大きくなる。
だって、彼の話し方からは結城さんへの想いがひしひしと伝わってきたから。
「柏木くんは結城さんのことが好きなんですね」
「う…………」
「あれ、違いました?」
そう尋ねると、柏木くんは苦笑して答えた。
「違わないよ。驚いただけ」
「と言うと?」
「桔梗さんにも気づかれるなんて思ってなかったから。だってそんなに話したことないでしょ?」
「話したことはなくても、柏木くんの話し方でわかりますよ」
そう言うと、柏木くんの頬がわかりやすく赤く染まる。それが可笑しくて笑ってしまう。それと同時に胸の痛みも少しづつ増していった。
胸の痛みから気を逸らすために、ふと1人呟く。
「それにしても……少し意外です」
「……え?」
そう呟いたのを柏木くんは聞き逃さず、どういう意味なのかを聞き返してきた。私はそれに正直に答えてしまった。
「こう言っては結城さんに失礼かもしれないんですけど、柏木くんはもう少し大人しい感じの子が好みだと思っていたので」
「あー……」
この言葉に、柏木くんは思い当たる節があるようで、少し考え込んでからこう言った。
私は聞かなければよかったと後悔することになる。
「最初は憧れだったんだ──」
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柏木くんの口から語られる理由を聞くうちに、私は自分が嫌になってきた。私が行動に移せなかったことを、結城さんは全てやってのけている。その点で、私はもう結城さんに勝てる要素が見つからなかった。
更に、負けを認めてしまってからどこか諦めのような感情も浮かび上がってきた。
「本当に、柏木くんは結城さんが大切なんですね──」
「う、うん」
私の問いに、少し恥ずかしそうに、それでも即答する柏木くんを見て、私はまた呟いていた。
「──私とは、真逆なんですね」
私は、自分に似た人を好きになった。
柏木くんは、自分と対称的な人を好きになった。
もう、私の入り込める余地なんて存在しなかった。
「……?何か言った?」
「いえ、何でもないです。それより……」
「ん?」
「今日から文化祭のテーマを考えていきたいので、何か案を考えておいて下さい」
悲しみを悟られないよう、無理やり話題を変える。
柏木くんは少し不思議そうな顔をしたけれど、笑顔で答えてくれた。
「了解」
「よろしくお願いしますね。では、勉強の邪魔をしてすみませんでした」
これ以上話しているときっと泣いてしまう。
直感でそう悟り、急いで会話を切り上げて前を向く。
泣いてはいけない、そう自分に言い聞かせていると、突然に扉が開いた。入ってきたのは結城さんと杉浦さんだった。先程までの会話が聞かれていなかったか不安になったけれど、2人の様子からそれが杞憂であったことが感じられた。
そして柏木くんが結城さんを呼び出す。もう止められないだろう。
柏木くんが私の想いに気づいていないことが不幸中の幸いだろう。だって、もし私の気持ちが伝わってしまっていたら彼に余計な気を使わせてしまうから。
教室を出る柏木くんと目が合った。少し不安そうな瞳をしていたので、視線で「頑張って下さい」という想いを伝える。
どこまで伝わったのかは、誰にもわからない。
こうして私の初恋は誰に気づかれることなく終わりを迎えた。
──願わくば、私の初恋の相手が幸せになりますように。
失恋を書くのって難しい。
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