第2章5話 委員長と環、環の1歩
勉強の休憩がてら投稿。
告白すると決めたのはいいけれど、次に問題となるのは告白のタイミングだった。夜通し考えて考えて、気がついたら夜が明けてしまっていた。
「嘘だろ…………」
改めて自分の優柔不断さに呆れつつ、疲れが残る体で朝食を作る。疲労を考慮して今日の朝食はトースト、サラダ、ハムエッグという手抜きにも程があるメニューだ。
急いで(実際はそこまで急ぐ必要はないけれど)朝食を片付けて制服に着替え、いつもより20分ほど早く家を出る。
家でいろいろ考えるよりも学校の方がいい案が出るかもしれない、そう思っての行動だったんだけど、それが逆効果になってしまった。
「あれ、環くん早いね」
幸か不幸か、階段を上ってくる姫乃と鉢合わせてしまった。制服を着ていないことから察するに、ゴミ出しの帰りなのだろう。
予想もしていなかったことに動揺して、言葉が出てこなかった。姫乃は僕の動揺に気づいた様子もなくそのまま僕の近くまで寄ってきた。近い。
「環くんもう行っちゃうの?」
「あ……うん」
「課題やってないのかな?」
「まぁ、そんなとこ」
姫乃が都合のいい解釈をしてくれたのでそれに合わせて話を進める。姫乃から「ダメだよー」と肩を小突かれる。距離がぐっと縮まる、それだけで僕の心臓は早鐘を打った。単純だと、自分でも呆れてしまった。
「それじゃ、また後でねー」
「あ、うん」
そんなやり取りの後、姫乃が階段を上っていくのを見送る。溜め息をついてから学校へ向かう。緊張が限界に達しているようだ。あの場で勢いで告白しなかっただけでも褒めて欲しい。ここじゃない、そう思う理性だけはかろうじて残っていた。
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教室に着く。1人だろうと思って安心していたけれど、そこにはもう1人の女子生徒がいた。
まだ話したことがない、それでも静かで大人しい性格だということは纏っている雰囲気でわかる。
確かクラスの学級委員長も務めていたはずの彼女の名前は──
「おはようございます。柏木くん、今日は早いんですね」
「おはよう。委員長こそ、いつもこんな時間なの?」
彼女──西園桔梗に声をかけられた。
朝の澄んだ空気の中に、西園の声は凛と響いた。
「その呼び方、やめてください。桔梗でいいです」
「あ、そう?ごめん」
「いえ…………それより柏木くんはどうしてこの時間に?」
まさか姫乃に告白する言葉を考えるためなどと正直に言えるはずもなく、数秒考えて「まぁ、勉強かな」と誤魔化す。幸い桔梗に疑われるようなこともなかった。
「柏木くん、確か成績上位でしたよね。感心です」
それどころかこんなことまで言われてしまった。嘘をついた申し訳なさと恥ずかしさで少し俯きながら今の言葉で疑問に思ったことを口にする。
「委員ちょ……桔梗さん、僕の順位知ってたっけ?」
「成績上位者は常に把握しているので」
「…………すげぇ」
何の飾り気もない素直な驚きを口にすると、桔梗は小さく控えめに笑って「ありがとうございます」と言った。
それきり話す話題もなくなってしまい、僕は席に着いた。今更ながら桔梗の斜め後ろだったことに気がつく。
そのまま暫くぼーっとしていると、唐突に桔梗から声をかけられた。
「そういえば柏木くん」
「ん、何?」
「最近結城さんと仲が良いですよね」
桔梗の口から姫乃の名前が出たことに驚く一方で、無意識に彼女の言葉の意図を考えていた。
どうしてそんなことを聞くのだろうか。
「そうかもね。それがどうかした?」
そう聞くと、桔梗は少し考え込んで──まるで言うべき言葉を選ぶかのようだった──こう答えた。
「気に障ったらすみません。柏木くんは私と似たような人間だと思っていたので、つい……」
「似たような?」
言っている意味がわからず、思わず聞き返してしまった。
「その……あまり他人に興味が無いというか、最初の頃の柏木くんからはそんな印象を受けたので。違ったらすみません」
そう言われて、確かにそうだと思った。いや、そう「だった」と言った方が正しいのかもしれない。僕が変わったということは、僕自身がいちばん理解していたから。
「いや、違わないよ。桔梗さんの言う通り、僕は他人と関わることが苦手だった」
「では……」
「その考えを変えてくれたのが姫乃だっただけ」
僕が変わった理由と姫乃が上手く結びつかなかったようで、桔梗は少し首を傾げた。まぁそうだよな、と思いながら僕は姫乃との出会いを桔梗に説明した。
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「それは……何と言うか」
「姫乃がドジだっただけなんだろうけど、今はそれに感謝してるよ」
「なるほど……」
その説明で桔梗は納得したようだった。というか、それ以上のことまで理解したようで、微笑みを浮かべながらこんなことを聞いてきた。
「柏木くんは結城さんのことが好きなんですね」
「う…………」
「あれ、違いました?」
まさか初めて話した人にまで勘づかれてしまうとは思いもしなかったのでさすがに動揺する。桔梗の洞察力から、この話題について誤魔化すことは不可能だと直感で判断し、首を縦に振る。
「違わないよ。驚いただけ」
「と言うと?」
「桔梗さんにも気づかれるなんて思ってなかったから。だってそんなに話したことないでしょ?」
「話したことはなくても、柏木くんの話し方でわかりますよ」
柔らかな笑みと共にそう言われてしまい、急に頬が熱くなった。それを見た桔梗が可笑しそうに笑うので、恥ずかしさでより熱くなってしまう。
「それにしても……少し意外です」
「……え?」
不思議そうに呟いた桔梗、その言葉が気になって聞き返してしまった。
「こう言っては結城さんに失礼かもしれないんですけど、柏木くんはもう少し大人しい感じの子が好みだと思っていたので」
「あー……」
思い当たる節があったので「姫乃は大人しい」と言うことはできなくて、曖昧な言葉で誤魔化した。
「最初は憧れだったんだ」
桔梗が何故か理由を知りたそうにしていたので、以前カラオケで大悟たちに話したのと同じことを桔梗にも話した。
それを聞いた桔梗は、朝日が眩しいのか少し目を伏せて言った。
「本当に、柏木くんは結城さんが大切なんですね──」
「う、うん」
改めてそう言われるとどこか恥ずかしいものがあり、耐えきれなくなった僕は教室の正面に掛かっている時計を見ることしかできなかった──いつの間にか10分近く話していた。そのせいで、続く桔梗の言葉を聞き取ることはできなかった。
「──私とは……ですね」
「……?何か言った?」
「いえ、何でもないです。それより……」
「ん?」
「今日から文化祭のテーマを考えていきたいので、何か案を考えておいて下さい」
何かを誤魔化したように感じたのは気のせいだろう。と言うより、文化祭をサボることは許さない、暗にそう告げられたことに意識が引っ張られて思わず苦笑する。
「了解」
「よろしくお願いしますね。では、勉強の邪魔をしてすみませんでした」
そうだ、そういうことにしていたんだった。仕方なくカバンから教科書を取り出そうとした時、教室のドアが勢いよく開いた。
「おっはよー」
「おはよう」
元気よくそう言って入ってきたのは姫乃と亜美だった。2人が教室に入ってきたのと同時に、今日告白する予定だということを実感して緊張が限界に達する。しかし桔梗と話したことで幾らか冷静になっていたお陰で動揺することもなく「おはよう」と返すことができた。
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姫乃が席に着いたタイミングで深呼吸をして立ち上がる。そのまま彼女の元まで歩いて行き、声をかける。
「姫乃、ちょっといい?」
「ん?いいよ」
「ここじゃ話しにくいからこっちに来てくれる?」
「わかった。亜美ちゃん、ちょっと待ってて」
「はーい」
教室を出る時、桔梗と目が合った。桔梗は僕が何をしようとしているのか理解しているようで、彼女の視線からは「頑張って下さい」という声が聞こえたような気がした。
続々と登校してくる生徒たちとすれ違いながら、使われていない空き教室にやって来た。入るように姫乃に促して、扉を閉める。
「えーっと……環くん?」
何の目的で連れて来られたのかわかっていない姫乃が疑問と不安の入り混じった目で見つめてくる。その反応が当然なんだろうけど、残念ながら今の僕にはそれを気にするほどの余裕はなかった。
高鳴る鼓動と震える膝を落ち着けるために、大きく息を吸い、ゆっくりと深呼吸をする。
大悟たちに相談をして、桔梗と話して、言いたいことは定まった。あとは……伝えるだけ。
そして、姫乃の瞳を見つめて……
「姫乃」
「んー?」
「好きです、付き合ってください」
次回は本編ではなく桔梗さんにスポットライトを当てます。
いい所で終わっているのかわかりませんが、今暫くお待ち下さい。




