第2章3話 環と陽真と恋愛相談②
「それで、相談したいことって?」
「えっと……実は姫乃に告白されて──」
そこまで言った瞬間、後ろで突然「ジャキン」という何やら不安になる音がした。それでも髪が切られた感触はなかったからセーフだとは思う。
それでも一応確認はしなければ、というわけでおそるおそる陽真さんに聞いてみる。
「あの、陽真さん?」
「あ、ごめん。大丈夫、ちょっとビックリして」
「そうですか……」
どうやら僕の髪はまだ無事らしい。それに安心しながら会話を続ける。
「それで、どうしたらいいのかなって」
「どうしたらって……環くんは姫乃ちゃんのこと嫌いなの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「けど?」
その続きを言い淀む僕に、陽真さんは優しく続きを促してくれる。
「何ていうか、異性に告白されるっていうのが初めてで──」
「あはははは!」
突然笑う陽真さんに、僕だけではなく店中の人間が陽真さんを見た。
「ちょ、いきなり笑うとか酷くないですか?」
「いや、ごめんごめん。そっか、初めてかぁ」
「陽真さんはそういう経験あるんですか?」
そう尋ねると、陽真さんは少し照れたように笑いながらこう答えた。
「うーん……2、3回くらいかなぁ」
その言葉に、今度は陽真さん以外の店にいる人から驚きの声が上がった。その場の雰囲気にいたたまれなくなったのか、陽真さんはこう付け足した。
「って言っても学生時代の話だけどね」
「お前それつい最近じゃねーかよ」
隣で仕事をしていた美容師さんのツッコミで店中が爆笑の渦に包まれた。そういえば陽真さんって何歳なんだろう。
そんなことを考えていると、陽真さんがこんなことを言ってきた。
「まぁ偉そうなこと言えた義理じゃないけどさ、姫乃ちゃんは勇気を出したんだから環くんもそれには応えないとダメなんじゃない?」
その言葉にハッとさせられた。
姫乃との出会いを、彼女と過ごした時を、彼女との会話を──居心地の良かった、安心できた日々を思い出す。
告白する直前の姫乃の様子が目の前に浮かんできた。震える声、緊張で少し強ばった体、そして──決して忘れることのできないあの表情。
そんな僕を見ながら、陽真さんは諭すように言葉を続けた。
「僕は環くんじゃないから『こうした方がいい』なんてことは言えない」
「…………はい」
「それでも、僕は環くんを応援するよ?」
「ありがとうございます」
覚悟は決まった。僕は──
「それで、返事はいつするのかな?」
「すぐにでも……って言いたいんですけど、姫乃に『文化祭の時でいい』って言われちゃったので」
「今じゃダメなの?」
「あまり姫乃を動揺させたくないっていうか………」
「そっか……」
陽真さんはそれきり何も言ってこなかった。きっと全て見透かされていたんだと思う。
それから10分ほど経った頃、陽真さんに「終わったよ」と言われて鏡を見る。予想はしていたけれど、一瞬誰かわからなかった。
「これで姫乃ちゃんの隣に並んでも恥ずかしくないんじゃない?」
「そう、ですね」
僕の考えていたことなんてお見通しだと言わんばかりに、優しい笑みを浮かべた陽真さんがそう言ってくれた。
「ありがとうございました」
「うん。あ、そうだ」
「……?」
「環くん、頑張ってね」
会計を済ませ店を出ようとしたその時に、陽真さんはそんな激励の言葉をかけてくれた。それだけで、不安に思っていた気持ちが少し楽になったように感じた。
店を出て、空を見上げる。ここに来るまでは雲一つない青空だったのに、今は雨雲が空を覆っていて青空が少ししか見えていなかった。
そして僕はカバンからスマートフォンを取り出して、ある一つの番号に電話をかけた。
「もしもし、僕だけど──」
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電話をかけてから数十分、僕は初めて姫乃と関わりを持った公園で人を待っていた。ただし、待ち人は姫乃ではない。
それから更に数分待った。そして、唐突にその時はやってきた。
「環、大切な話って何だよ」
その声に、深呼吸をしてから振り返る。
「伊織、急に呼び出してごめん」
「いや、暇だったからいいんだけどさ……」
そう、僕が呼び出したのは伊織。何の話をするためなのかは、言う必要はないだろう。
あまり話を長引かせたくなかったので、僕はこう切り出した。
「伊織、僕は姫乃が好きだ。だから伊織の応援をすることはできない」
「………………」
伊織は何も言い返してこない。ただ無言で続きを促してきた。
「前にあんなこと言った手前申し訳ないんだけど、それだけは理解して欲しい」
「…………それだけか?」
「うん」
そう言うと、伊織は大きな溜息をついてから僕の顔を見た。その顔は、何故か憑き物が落ちたかのようにスッキリして見えた。
そして伊織は笑みを浮かべて、どこか自嘲するような口調で言った。
「ま、知ってたけどな」
「……え?」
その突然の告白に、僕は何も言えなかった。そんな僕に構わず伊織はこう続けた。
「つーか気づいてねぇとでも思ってたのか?」
「…………」
「何かさ、お前と姫乃見てたらさ……漠然と『お前じゃなきゃダメなんだろうな』とか思ってたよ」
「…………」
「俺は確かに姫乃が好きだよ。でも、それと同じくらい友達のお前のことも大事なんだよ。だから──」
そして少し考え込むようにしてから、伊織はこう纏めた。
「だからさ、俺はお前を応援するよ。…………ってお前何泣いてんの!?」
伊織にそう言われて、僕は慌てて頬を流れる涙を拭った。今更遅いと思いながらも、一応否定をしておく。
「な、泣いてない」
「んじゃそーゆーことにしとくわ」
そう言って伊織は清々しい笑顔を見せた。雲の切れ間から差し込んだ太陽の光と相まって、すごく眩しかった。
「伊織」
「ん?」
「その、ありがとう」
「おう。頑張れよな」
伊織にハッピーエンドが訪れますように。




