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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
1章 出会いの1学期
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第1章37話 嵐が去って

夏休み編完結回です。

遅くなりました、申し訳ございません。

 修さんの言う通り、駅前には行列ができている洋菓子店があった。さすがに男1人では来れないような場所だったから、修さんが来なければ訪れることもなかっただろう。

 修さんに買ってもらったのは、その店の人気No.1だというショートケーキだ。あまり洋菓子を食べない僕としては、なかなかに新鮮な気持ちになった。

 僕の分と姫乃の分、2つのショートケーキを買ってもらって店の前で別れを告げた。


「修さん、ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとね」

「環、元気でね」

「うん、姉さんも」


 「元気でね」なんて、昔の姉さんだったら絶対に言わなかった。やっぱり修さんと暮らし始めて色々変わってきているんだろう。そんなことを考えながら2人を見送った。


「あ、しまった……」


 姉さんが今日素直に帰るとは思っていなかったから、布団を出したままにしているのをすっかり忘れていた。


「あれ片すの面倒なんだよなぁ」


 家に帰ったら待っているであろう一仕事に対して愚痴を呟きながら歩いていると、不意に肩を叩かれた。


「環くん、どうしたの?」

「あ、姫乃。ちょうど良かった」


 事情を知らない姫乃は何がいいのかわからなかったようで首を傾げている。そんな姫乃にさっきあったことを説明して、ケーキがあることを伝えた。


「──そんなわけだけど、家来る?」

「行く!」


 気持ちがいいくらいの即答だった。


△▲△▲△▲△▲△▲


「色々散らかってるけど、じゃあ入って」

「おじゃましまーす」


 姉さんがいた時のまま放置されている部屋に姫乃を案内する。その姫乃が最初に見つけたのは……


「え、環くん……お酒?」

「だね」

「飲んだの?」

「んなわけないでしょ。姉さんのだよ」


 変な勘違いを姫乃にされたけれど、即座に否定してリビングに敷いてあった布団を片付ける。出した時も思ったけれど、何で布団ってこんなに重いんだろう。

 姫乃が手伝いを申し出てくれたけれど、これくらい1人でやれないと自分のプライドが傷ついてしまう。

 そう思って断りを入れると、姫乃はさっきまで姉さんが座っていた椅子にちょこんと座り、居心地が悪そうに辺りを見回した。

 どうしたんだろう。


「どうしたの?」


 心配になって尋ねると、姫乃は気まずそうに口を開いた。


「あ、えーと……2人きりになるの久々だなぁって」


 そう言われて確かにそうだということに気がつく。最近は皆で遊んだり姉さんが来たりとそんな暇なんてなかったから。

 それにしても、別に気にするようなことでもないだろうに。


「そうだね。まぁ静かでいいんじゃない?」

「え?う、うん……」

「よし、じゃあケーキ食べようか」


 曖昧な返事をした姫乃を不思議に思ったけれど、それ以上詮索するわけにもいかなくて、修さんに買ってもらったケーキの箱を開いた。


「わっ、もしかしてこのケーキって……」

「うん、駅前のお店の」


 どうやらあの店は僕が思っていた以上に有名店だったようで、姫乃は目を輝かせてケーキを見つめていた。餌を目の前にして「待て」をかけられている犬を見ているようで、思わず笑ってしまった。


「? 何?」

「いや、何でも」


 怪訝そうな顔をする姫乃にそう返しておいて、キッチンから2人分の皿とフォークを持ってくる。それと同時に紅茶の用意も。ケーキを箱から皿に移し替えて、同時に「いただきます」と言って食べ始めた。


「んー!美味しい!」

「美味っ」


 自然とそんな言葉がこぼれてしまうくらいに、そのケーキは美味しかった。行列ができるのも頷ける。

 修さんに感謝しながら黙々と食べ進めていると、姫乃が小さな声で申し訳なさそうに呟いたのが聞こえた。


「でも……ホントに良かったのかな」

「何が?」


 そう尋ねると、姫乃は自分の考えが口に出ていたことに気づいていなかったみたいで、目を丸くして僕を見てきた。


「口に出てた?」

「うん」

「恥ずかし……」

「そう?で、何に心配してるのさ」


 再度そう尋ねると、姫乃は少し考えてからこう答えた。


「んー、そんな大したことしたわけじゃないのにこんな物買ってもらっちゃって良かったのかなって」


 悩みの種が思ってたより大したことなかったので、少しの間ポカンとしてから声を上げて笑ってしまった。


「ちょっと、バカにしてるでしょ!」

「いや、だって……そんなことで?」

「私にとっては『そんなこと』じゃないの!」


 必死に反論してくる姫乃、さっきまでは犬みたいだったのに、反論する姿が今度は猫のように見えてきた。

 何というか、小動物みたいで可愛い。


「──は?」

「ん?」

「今、何て……」

「僕、何か言った?」


 姫乃の反応がおかしい。

 顔を真っ赤に染めて、口をパクパク、開いたり閉じたりを何度も繰り返している。

 犬→猫ときて、次は金魚か……。いや、そんなことよりも僕は何て言ったんだ?


「その……か、可愛いって」

「あ、そう。…………………………はぁ!?」


 落ち着こうと思って口に含んだ紅茶を盛大に吹き出してしまった。


△▲△▲△▲△▲△▲


 自分が言ったことだというのに、それを理解するのに時間がかかった。姫乃が自分の考えを口に出していたのを気づかなかったのを笑ったばかりだというのに、これでは人のことを笑えない。


「………………」

「………………」


 お互いに黙り込んでしまい、気まずい沈黙が流れる。1/4ほど残っているケーキにすら手をつけづらい。

 一方の姫乃は既にケーキを食べ終えているので、ひたすらに下を向いて肩を強ばらせている。

 このままでは埒が明かないので、仕方なく口を開いた。


「あの、姫乃?」

「ひゃ、はいっ!」


 そんな反応をされるとこちらとしても困るだけなんだけどな……。とりあえず誤解を解くことが先決だから、それは一旦置いておく。


「一応言っておくけど、そういうやましい気持ちがあって言ったわけじゃないよ」

「うん、わかって……え?」

「あれはただ単に姫乃の表情っていうか動きが小動物みたいで可愛いなって思って……」

「…………」


 単なる事実を述べているだけなのに、妙に気恥ずかしくなってだんだんと俯いてしまう。

 思い切って顔を上げると、呆然としている姫乃と目が合った。と思ったら、またゆっくりと姫乃の顔が赤く染まっていく。だけどこれは金魚と言うより………。

 そして唐突に姫乃が叫んだ。


「ば、バカーーー!!!」

「っ!?」

「もう知らない!あと、ごちそうさまでした!」


 姫乃は一息にそう叫んで、勢いよく出ていった。


「な、何なんだ……?」


 そしてそのまま、夏休みが終わるまで姫乃と顔を合わせることはなかった。

次回から2学期編に入ります。

お楽しみいただけると幸いです。

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