第1章34話 姫乃と葵、環と陽真
夜分遅く大変失礼致します。
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「あの、お姉さん……」
「何か他人行儀ね。葵でいいわよ?」
「あ、葵さん」
「ん?」
僕と話す時とは全く異なる姉さんの態度に、正直違和感よりも気持ち悪さの方が大きかった。
さすがにそれを僕の顔から読み取られるわけにもいかず、必死に下を向いてバレないようにしていると、姫乃がこんなことを言ってきたので思わず顔を上げてしまった。
「環くんがいるところで話すのは恥ずかしいんですけど……」
「は?」
「なるほど……」
何か嫌な予感がした。
ふと姉さんの顔を見ると目が合ってしまった。姉さんは、ニッコリ笑って僕に命令した。
「環、外出て」
「いや、ここ僕の──」
「ん?」
姉さんの笑顔が怖い。こんな顔で迫られたら逆らえない。
「……わかったよ」
「よし」
何がいいのか知らないけど、そんなわけで僕は自分の家を追い出された。
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ずっと家の前で待機しているわけにもいかないし、仕方なくコンビニへ向かうことにする。
暫く歩いていると、急に後ろから声をかけられた。
「あれ、もしかして環くん?」
どこか聞き覚えのあるその声に振り返ると、そこにいたのは陽真さんだった。
「あ、お久しぶりです。家、この近くなんですね」
「うん、久しぶりだね。そろそろ髪伸びてきたんじゃない?」
「そうですね。もうすぐ行くと思います」
「わかった、待ってるね。ところで──」
そう言って陽真さんが切り出したのは、(予想はしていたけれど)どうして僕がここにいるのかということだった。
仕方なくここにいる理由を話すと、案の定陽真さんに大笑いされた。
「笑い事じゃないですよ……」
「あはは、ごめんごめん。だったら一緒にコンビニでも行く?」
「いいんですか?」
「さすがに高校生1人じゃ不安でしょ」
「ありがとうございます」
現在時刻は午後10時半、夏とはいえ、この時間に1人で出歩くことは少し心細かったから、陽真さんのこの申し出は本当にありがたかった。
雑談をしながらコンビニへ向かっていると、陽真さんが唐突にこんなことを言ってきた。
「姫乃ちゃんが初めてウチの店に来た時のこと、よく覚えてるよ」
「え?」
本当に突然のことで、どう返したらいいのかわからなかった。何も返せずにいる僕を見て、陽真さんは言葉を続けた。
「信じられないかもしれないけど、凄い冷たい目をしてたんだよ」
「え、本当ですか?」
「うん。話しかけても『はい』とか『そうですか』とかしか言わなかったからね」
今年姫乃に会ったばかりの僕にとっては、にわかに信じられない話だった。けれど、陽真さんが嘘を言っているとも思えないので事実なんだろう。
「だからびっくりしたよ。今年に入って急に笑うようになったから」
「…………今年?」
「そ。理由を聞いてみたら何て言ったと思う?」
「いや、わかんないです」
ぶっきらぼうに聞こえるかもしれないけれど、僕にそんなつもりは毛頭ない。だって本当にわからないんだから。
陽真さんもそれをわかってくれているようで、一通り笑ってから答えを教えてくれた。
「えぇと……『ずっと探してた人に会えた』だったかな」
「探してた……人」
「うん。環くんは心当たりない?」
「…………ないですね」
「そっかぁ」
そう言って陽真さんはまた笑った。
というか、正直知らなかったことだらけで頭が追いつかない。
姫乃は誰に対しても優しい態度をとっているものだと思っていたから本当に驚いた。
"今年"ということはクラスの誰かなんだろう、そんな曖昧なことしかわからなかった。そうやって悶々としていると、コンビニに着いてしまった。
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「環くん、何か欲しいものある?奢ってあげるよ?」
「え、別にいいですよ」
「遠慮しない遠慮しない」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
そんな会話があって、僕は陽真さんにカップアイスを奢ってもらった。非常に申し訳ない気持ちになったけれど、陽真さんの爽やかな笑みを見ていると、それを口にするのははばかられた。
そして帰路につき、出会った場所まで戻った。
別れ際、陽真さんからこんな言葉をかけられた。
「環くん、姫乃ちゃんのことしっかり見ててあげなよ?」
「……?はい」
よくわからなかったけれど、とりあえず「姫乃から目を離すな」というような意味だと解釈して返事をしておいた。
家に帰ると既に姉さんと姫乃の話は終わっていたようで、すんなりと家に入ることができた。
「環おかえりー」
「あ、環くんおかえり」
2人のあいだにどんな会話があったのかなんて僕に知る術はないし、別に知ろうとも思わない。だからその話題には触れずにソファに座ってテレビをつけた。
ぼーっとしていたから、姉さんの言葉の意味を考えずに即答してしまった。
「今日姫乃ちゃんの家に泊まるわ。じゃ」
「環くん、おやすみ」
「んー。…………え?」
漸く何を言われたのか理解した時、既に姉さんはいなくなっていた。
知ろうとも思わない。確かにそう思ったけど、こんなことがあっては多少気にしてしまう。
だから何ができるというわけでもないけれど。
陽真さん、お久しぶりの登場です。




