第1章32話 1日の終わり、過去の再来
お待たせしました。
亜美たちに見つめられる中(伊織の場合は「睨む」だけど)僕と姫乃は向かい合った。
ただ、お互いに目は合わせられない。
目を合わせたらきっと何もできなくなってしまうから。僕の罰ゲームに姫乃を巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながら僕は立っていた。
「ほら早くー」
亜美がそう急かしてくるけど、その言葉は耳に入ってこなかった。
ふと顔をあげると、覚悟を決めたような表情の姫乃と目が合ってしまったから。さっきまでは目を合わせられないと思っていたのに、今は目を逸らすことができなくなっている。
そのまま姫乃の顔を見つめ続けていると、徐ろに姫乃が口を開いた。
「じゃあ、はい」
そう言って手を広げる姫乃。その姿はハグを待つ人のそれで──
「…………いいの?」
「早く、私だって恥ずかしいの」
「う……」
そう言われてしまっては「やめよう」なんて言えるはずもなく、深呼吸をしてから半歩姫乃に近づいた。
それだけで姫乃の息遣いが感じられるようになった。
僕も手を広げ……お互いの体に手が触れる。
そして──
「やっぱ無理!」
「無理だよ……」
結局ハグできずにしゃがみこんでしまった。
姫乃の顔は真っ赤に染まっているけれど、僕もそうなっているだろうから姫乃のことを笑えない。
その代わり、亜美たちの笑い声が部屋中に響いた。
「いやー、姫ちゃんごめんねぇ」
「笑い事じゃないよぉ」
「それにしても、タマッキーは本当に予想通りの動きをするね」
「え?」
「主導権を握られてる感じ?」
暗に「男らしくない」と言われたような気がした。否定しようとしたけど、亜美の言う通りだったので開きかけた口を閉じてしまった。
代わりに出た言葉は「うるさい」だった。それを聞いた亜美たちがまた笑うので、どうしようもなくなって頭を抱えた。
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「あ、もうこんな時間なんだ」
時刻は午後5時半、亜美たちは10時間近く僕の家に留まっていることになる。しかし面と向かって「帰れ」と言えるのかと問われればその答えはNo。
それ故に僕の口から出たのは控えめな言葉だった。
確かにこれは男らしさの欠片もないな。
「うーん……」
僕の言葉に時計を見あげた亜美は何かを考え込むように黙ってしまった。何も言わない亜美の代わりに大悟がこんなことを言ってきた
「これはあれだな、夕飯も──」
「作らないよ」
「「ケチー」」
亜美と大悟が口を揃えてそう言うけど、昼ご飯を作っただけでもありがたく思って欲しい。もともと作る気なんてなかったのだから。
そんな思いを込めて2人を睨むと、思いの外あっさりと諦めてくれた。本心から言っているわけではなかったのだろう。
「ま、タマッキーのヘタレ具合が見れただけ良しとしますか」
「だな」
「亜美、言い過ぎじゃない?」
「瑞希だって笑ってたじゃん」
「う……」
夕飯が食べれないと分かった途端、本人の目の前で好き勝手言い始める4、いや、3人。伊織はさっきからずっと口を閉ざしている。
その雰囲気に何となく怖気づいていると、こちらも沈黙を貫いていた姫乃が口を開いた──と思ったら、爆弾発言を投下してきた。
「環くんらしくて私は好きだけどね」
「…………っ!?」
その言葉にいち早く反応したのは僕ではなく伊織だった。
青ざめた顔で姫乃の方を向いて尋ねる。
「姫乃さん、それって……」
そう聞かれて自分が何を言ったのか漸く理解したようで、姫乃は顔を真っ赤にして焦ったように否定した。それに対して亜美たちはからかいの言葉をかける。
その間も僕は「伊織に殺されるのでは」と気が気ではなく、姫乃の否定の言葉は耳に入ってこなかった。
「あーもう、違うから!亜美、笑わないでよ!」
最終的に、姫乃が半ば強引に纏めてこの話題は終了した。伊織を見ると、納得したような、それでいて不思議そうな顔をしている。本当に感情が顔に出る奴だなぁと現実逃避的に考えていると、亜美が立ち上がって言った。
「じゃあそろそろお開きにしますか」
「何で亜美が仕切ってるんだよ」
「ん?タマッキーは司会がやりたいのかな?」
「勘弁して下さい」
「なら文句はないね」
思わず口をついたツッコミを亜美に指摘されて、彼女の都合のいいように言いくるめられてしまった。
そんなわけで亜美の進行で話が進む。
「タマッキー、今日はありがとねー」
「サンキュな」
「ありがとう」
「ありがと……」
「ありがとう!」
5人からそれぞれに感謝の意を伝えられ、不覚にも照れてしまった僕は「うん」と曖昧な返事をすることしかできなかった。
亜美は全てを見透かしたようにニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているからタチが悪い。
「良し、挨拶も終わったし帰ろっか」
「唐突だなオイ」
そんな大悟のツッコミに耳を貸すことなく、亜美はスタスタと玄関に向かっていった。他の皆も慌てて亜美を追っていった。
見送らないわけにもいかず、僕も仕方なく玄関へ向かう。
「じゃ、またね」
「うん」
そう言って帰っていく皆の背中を見ていると、疲れがドッと押し寄せてきた。今日は早く寝よう、そう思って夕食は簡単な栄養補助食品で済ませてお風呂を沸かす。
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お風呂が沸くのを待つ間、惰性でテレビを見ていると、突然インターホンが鳴った。
今までの僕だったら、扉を開ける前に誰が来たのかを確認したはずだ。それなのに、誰かが忘れ物でも取りに来たのだろう、そう思って何の警戒もなしに扉を開けてしまった。
──それが間違いだった。
「久しぶりね、環」
「…………姉さん?」
そこに立っていたのは楠木葵。
結婚して苗字が変わっているけれど、正真正銘、僕の実の姉だった。
「何で姉さんがここに?シュウさんは?」
夫の名前を出すと、姉さんは不快そうに鼻を鳴らして言った。
「ケンカして出てきたのよ。だから泊めなさい」
「断る。何が『だから』だよ」
「あら、私に逆らうなんて珍しいわね。前はもっと──」
「前とは違う」
姉さんの言葉を遮って自分の意思をはっきり告げると、姉さんは笑って言った。
「あの子たちに環の、いえ、私たちの秘密を言ってもそのままでいられる?」
「……っ!」
「あの子たち」その言葉が何を指すのかすぐに理解した。理解した途端怒りが込み上げてくる。
「見てたのか……?」
「あれだけ楽しそうに騒いでたらね。で、どうする?」
込み上げてくる怒りを押し留めて深呼吸をする。まだ姫乃たちに僕の秘密を明かすわけにはいかない。
何とか冷静な思考を取り戻すことができた頭でそう考えて、無言で玄関へ促す。姉さんは笑みを深めて言った。
「話が早くて助かるわ」
「…………」
その言葉に、何も返すことができなかった。
自分の不甲斐なさに唇を噛み、なるべく姉さんと関わらないようにしようと決めてから自分もリビングに戻った。
ここから僕の周りが大きく動き始めることになる。
この時の僕はそんなことなど知る由もなかった。
新キャラ登場ですね。




