第1章31話 夏休みのとある1日
亜美たちに料理を作るのは何度目だろう。そんなことを考えても仕方ないのに何故か考えてしまう。
そうやって料理に集中できていなかったから、こうなる。
「痛っ」
包丁で指を切ってしまった。幸い傷は浅いけれど、痛いものは痛い。というか前にもこんなことがあった気がする。
料理中に余計なことを考えるものじゃないな。そんなふうに反省しているとソファに座っている亜美と姫乃から声がかかった。
「どしたー?」
「大丈夫?」
「ありがと、ちょっと切っただけ」
心配してくれる彼女たちにお礼を言って指に絆創膏を巻く。そしてそのまま料理に戻った。
「環、何か手伝うわ」
暫くして大悟からそう言われた。とはいえ大悟の家事スキルは全くと言っていいほど知らないので確認をする。
「大悟って料理できるの?」
「バカにすんなよ……お前くらいとは言わんけどそこそこできるぞ」
「そっか、じゃあこれお願い」
「おう、任せとけ」
自信に溢れる大悟にミネストローネを任せて僕は揚げ物に取りかかる。大悟が持ってきた袋には冷凍のチキンナゲットが入っていた。
そういえば伊織はどうしているんだろう、そう思ってリビングを眺めると伊織は姫乃たちと談笑していた。海で情けないことを言っていた割にはなかなかいい雰囲気に見えた。
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程なくして全ての料理が完成した。決して大きいとは言えない机の上にはミネストローネ、チキンナゲットを始めとする様々な料理が並んでいた。大半が冷凍食品だったから料理自体は大分楽だった。
「やっぱ美味そうだな」
「環くんありがとう」
伊織と瑞希はそうお礼を言ってくれたけれど、亜美たちは「いただきます」の言葉もそこそこに、すぐに料理を口に運んでいた。
そんな亜美たちに苦笑しつつ僕も食卓についた。
高校生の食欲とは恐ろしいもので、あっという間に机の上の皿は空になっていた。空になった食器を流しに戻しながらこの後何をするのかを尋ねる。
「この後はどうするの?」
「いろいろ適当にー」
「ホントに適当だね…………」
呆れて言葉を返すと、亜美は昼ご飯を食べたばかりだと言うのにもうお菓子の袋を開けていた。
「…………亜美?」
「お菓子は別腹でしょー」
「だよねー」
そんなことを言いながら次々と袋を開けていく女子たちに、大悟と伊織は我関せずと無言を貫いていた。
最終的に、どのお菓子も中途半端に残ってしまう結果になったのは言うでもない。
暫くして亜美が退屈そうに話しかけてきた。
「タマッキー、何かない?」
「勝手に押しかけて無茶言うな」
「ケチー」
正しいことを言ったと思ったけど、亜美から返ってきたのはまさかの言葉だった。
どうしたものかと手をこまねいていると、意外なことに大悟が笑いながら助け舟を出してくれた。
「亜美、これは環が正しいぞ」
「え、大悟はタマッキーの味方なの?」
「いや、味方っつーか……なあ?」
それでも反論を重ねようとする亜美、しかし大悟が周囲に同意を求めると皆首を縦に振るので明らかに亜美の分が悪い。
結局は亜美も諦めることになった──と思ったらどこからともなくトランプの箱を取り出して「仕方ない、トランプやるかー」と言って皆に配り始めた。
まぁトランプくらいなら。そう思ったのが間違いだったと後で気づくことになる。
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「いぇーい!私の勝ちー」
「亜美、強すぎじゃない?」
僕たちがやっているのはポーカー。
10戦やって亜美が8勝、にわかに信じ難いけど事実なんだからしょうがない。
「そろそろ罰ゲーム決めよっか」
「「「は?」」」
唐突な提案に男子3人が驚きの声を漏らす。
そんな僕たちを気にすることなく、亜美は平然と言い放った。
「だってつまんないじゃん?」
「「そーだそーだ!」」
つまらない、そんな亜美の理由に姫乃と瑞希も同意する。ちなみにこの2人も亜美に次ぐ戦績だ。
そんな3人に逆らえるはずもなく、男女で温度差があるまま罰ゲーム付きのポーカーが始まってしまった。
そして────
「はい、タマッキー罰ゲーム決定!」
「くそ…………」
────大事なところで運が回ってこなかった。
亜美の不敵な笑みに何をさせられるのか身構えていると、亜美はとんでもないことを言いつけてきた。
「じゃあタマッキーは姫ちゃんとハグしてねー」
「は?」
「え?」
「あぁ?」
その亜美の命令に、3つの声が上がる。
1つは僕。もう1つは突然話を振られた姫乃、当たり前だけど困惑している。そして怒りの形相で亜美を睨みつけるのは、伊織。だからそんな態度をとるとバレると言っているんだけど。まぁ今のところ姫乃が気づく様子はない。
そんな伊織を宥めつつ、亜美はこう付け足した。
「1位の命令は絶対だよー。タマッキーは男の子だから逃げないよねぇ?」
と、ちゃっかり逃げ道を塞がれた。
振り返ると顔を真っ赤にした姫乃と目が合った。
…………やるしか、ないのか?




