第1章3話 やってきたのは
更新できる時にするのがポリシーです。
8時半になったので外に出た。
『梅雨明けした』との報道通り、どこまでも青空が広がっている。目に突き刺さるような日差しに目を細めると、結城が「そんな眩しい?」と首を傾げるので「うるさい」と返しておく。外に出てなさすぎるから慣れてないだけだ……おそらく。
エントランスを通ると、入口付近で掃除をしていた管理人さんから「デートかい?」という勘違いにも程があるお言葉を頂いた。否定するのも面倒臭かったので「そういうことにしておいて下さい」と言葉を返すと、管理人さんは豪快に笑った。
結城はキョトンとした顔でこちらを見てきた。
彼女にまで勘違いさせるわけにはいかないので「冗談だよ」と言うと、少し不服そうな顔をした──ような気がした。
「結城さん、どこに行くのかそろそろ教えてくれない?」
かねてからの疑問を尋ねたけれど、結城は一向に教えてくれる気配がない。少し拗ねたような表情で「内緒です」と答えただけだった。勝手に恋人扱いしたことを怒っているんだろうか。
「それと環くん、苗字で呼ぶのはやめてくれないかな。苗字、あまり好きじゃないんだ」
唐突にそう言われ、言葉に詰まった。
ハッとして結城の顔を見ると、自嘲とも軽蔑とも取れる表情をしていた。
おそらく両親との間に何かあるのだろう、僕自身それが原因で一人暮らしをしているためそういう人の表情はすぐに読み取れる。
こういう時は、言われたことに従うのが得策だろう。
「わかった、姫乃……さん」
「分かったならいいよ」
さすがに女子を名前で呼び捨てにするのは無理だった。
そんな僕を見て、姫乃が笑った。久々に彼女が見せた笑顔に鼓動が早くなったのはここだけの話だ。
20分ほど歩いて少し汗ばみ始めた頃、姫乃が足を止めた。
どうやら目的地に着いたようだ。場所を確認するために視線を上げて、硬直した。
目の前の建物はガラス張りの窓から中の様子が伺えた。
そこには数名の女性客と彼女たちと談笑しながら何かハサミを使っている男女。察しのいい人ならこれだけでわかるだろう、そう、やってきたのはいわゆる「美容室」と呼ばれる場所だった。
「あの、姫乃……さん?」
「どうしたの?」
「ここ……なの?」
「心配しなくても予約してあるから大丈夫だよ」
そういう意図で聞いたわけではないんだけど……仕方なく軽い足取りで中に入っていった姫乃について店内に入る。そして雰囲気に圧倒された。
中にいるのは皆【イケてる】部類の人たち、どう考えても僕は場違いだ。
帰ろう、そう思ってそっと後ずさって──店員に声をかけられた。
「いらっしゃいませー……って姫乃ちゃんじゃん。この前来なかったっけ?」
明るいテンションで姫乃に話しかける店員の言葉を聞く限り、姫乃はここによく訪れているのだろう。それにしても、なぜ姫乃は僕をここに連れてきたのか……
「んーん、今日の私はあくまで付き添いです。今日はこの人をお願いします」
姫乃はそう言って僕を前に押し出した。
店員さんと目が合ってしまう。少し驚いたような顔をされたのはきっと気のせいだろう。
「初めての子だね、姫乃ちゃんの友達?」
「はい、最近髪が長くなったって言ってたので連れてきました」
待ってくれ、僕は一言もそんなことを言ってはいないぞ。
そんな僕を他所に、2人は会話を続けている──と思ったら店員さんの視線がこっちに向いた。そして限度を知らない爽やかな笑顔を向けられた。
「初めまして、今日君の担当をさせてもらう橘陽真です」
「あ、柏木環です……」
姫乃の目的が分からないまま、僕のイメチェンが始まってしまうのだった。
今日はここまで。




