第1章25話 夏休み(海)②
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車の中で、僕はずっと反抗していた。
『環くん、君は僕のあとを継ぐんだ。こんな所で駄々をこねるのはやめないか』
『嫌だ!何で父さんの為に**と離れなきゃ駄目なんだよ!』
『仕方ないだろう。あの娘は僕たちとは住む世界が違うのだから』
幼子のように、ただひたすらに、いやいやと首を振る僕。そんな僕を見て呆れているのは父親だ。
諭すように、そして残酷に、『住む世界が違う』と世界の格差をまだ幼い息子に突きつける彼の行動は、到底父親とは思えなかった。
車の後ろを見ても、既に**の姿は見えなくなっている。それなのに、僕の耳には彼女の声がいつまでも聞こえていた。
『環くん、環くん────』
『**……』
父に聞こえないように彼女の名前を呼ぶ。もちろん返答はない。途端に目頭が熱くなり、頬を涙が伝うのが分かった。それでも声を上げるわけにはいかない、じっと俯き、耐える。
父の声はもう耳に入ってこなかった。
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「──くん、環くーん」
「……ん」
優しい声をかけられて意識が覚醒する。
後頭部に触れる柔らかく温かい、母親に抱かれているように落ち着く感触に誘われるまま、ぼんやりとする意識で現状を確認する。
透き通るように白い肌が、陽光を暖かく反射している。眩しいはずなのに、目を逸らすことができずにじっと見つめてしまった。
「あ、起きた?」
目を開けた僕に気が付いたのか、もう一度声をかけられる。
今度は先程と違いはっきりと声が聞こえた。大方予想はついていたが、声の主を確認するために顔を上げる。
やはり、そこにいたのは姫乃だった。そして僕は彼女に膝枕をされているということになる。
以前も彼女に膝枕をされたことがあったので、そのこと自体に驚きはない。
ただし、前回とは決定的に違うところがある。
前回は彼女も制服を着ていて、僕は彼女のスカートに頭を乗せていた。
しかし今回は海にいるため当然水着。
つまり彼女の肌に直に頭を乗せているということになる。
それを理解した瞬間勢いよく羞恥が込み上げてきて、急いで体を起こした。
「もう大丈夫そう?」
「え……?あ、あぁ」
『大丈夫?』そう聞かれて漸く自分に何が起きたのかを思い出した。
ビーチバレーをしていて、大悟のアタックを顔面で受け止めてしまった。おそらくそのまま意識を失ったんだろう。
改めて自分の情けなさに嫌気がさした。
「何かごめん」
「謝らなくてもいいよ。私もちょっと疲れてたし」
「そっか……」
こうやって普通に話してはいるけれど、女子の素肌に頭を乗せていた恥ずかしさ・申し訳なさが消えるはずもなく、内心では自責の念に駆られていた。
そこで漸く大悟のチームと伊織のチームがゲームをしていることに気付く。やはりというか、大悟の独壇場になっていた。
そのことに苦笑しながら立ち上がり姫乃に言う。
「飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「ほんと?じゃあお茶お願い」
「わかった」
すぐにでもこの場所を離れたい、そんな本心を隠すために適当な理由をつけて姫乃から距離をとる。
これで少しは落ち着くことができるといいんだけれど。
そんな甘い考えが、姫乃をあんな目に遭わせることになるなんて、この時は思いもしなかった。
女子を1人残したら、何が起こるか少し考えれば理解できたはずなのに……後悔してもしきれない。
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姫乃の分のお茶と、自分用にサイダーを買ってパラソルのあるところに戻る。
「何だ……あれ」
そして見かけたのは、1人で座っている姫乃に話しかけている数人の男たちの姿だった。




