第1章23話 環の気持ち、姫乃の気持ち
冷やし中華を食べている間も大悟の追及は止まらなかった。
「何で環は好きじゃない奴にそこまでできるんだ?」
「悲しい顔はして欲しくない。それじゃダメ?」
「いや、ダメってわけじゃねぇけどさ……」
「けど?」
「それって『好き』ってことじゃねぇの?」
「何でそこに繋がるかが分かんないよ……」
と、こんな感じでさっきから堂々巡りの会話が続いている。
僕としては全くそんなつもりはなかったわけだけど、傍から見たらそんなふうに見えるんだろうか。
「逆に聞くけどさ」
「ん?」
「『好き』の定義って何なの?」
人を好きになったことがない僕、そんな僕からしたら『好き』という気持ちの正体を知らなければ自分の気持ちに正解を出すことができない。
そう思って聞いたわけだけど、大悟は呆れたように苦笑混じりに言った。
「定義って……んなこと言われてもなぁ」
「大悟の考えでいいよ」
「うーん……俺は『ずっと一緒にいたい』とか『笑ってて欲しい』とか、そういう気持ちが『好き』ってことだと思ってる」
「ふーん」
「いや、お前が聞いてきたんだろ」
もし大悟の言うことが正しいとしたら、僕の姫乃に対する『悲しい顔はして欲しくない』という思いも『好き』ということになるんだろうか。
いずれにせよ、この気持ちに答えが出るのはもう少し、いや、かなり先になりそうだ。
「まぁ、もう少し考えてみるよ」
「あー……お前がそれでいいならいいんだけど」
「何?」
「もう少し姫乃の気持ちも考えてやったらどうだ?」
「え?」
姫乃の気持ち? 一体どういうことだろうか。
そう思っていると、大悟が頭を掻きながら言葉を重ねた。
「多分こう思ってるの俺だけじゃないと思うんだけどさ」
「うん」
「どう考えてもお前に対する姫乃の好意はだだ漏れだぞ?」
「そう……なの?」
「少なくともお前と関わる前の姫乃は……何ていうか関わりづらいところがあった」
僕と関わる前の姫乃のことはよく知らないから何とも言えないけれど、言われた言葉に少し考え込んでしまった。
あまりに深く考えていたから、後ろから近づいてきた人影に全く気付くことができなかった。
「何の話してるのー?」
「うわぁっ!?」
△▲△▲△▲△▲△▲
「環くん驚きすぎだよー」
後ろからやって来たのは瑞希だった。
「あれ、瑞希バイトは?」
「んー?今日午後1時までなの」
「なーる。お疲れ」
「ありがと。で、何の話してたの?」
「あぁ、環はもうちょい姫乃の気持ち考えた方がいいよなって話」
「ちょ、大悟!?」
まさか瑞希にまでそんなことを言うとは思わず、焦ってしまう。しかし瑞希は何か思い当たる節があるらしく、「あー……」と苦笑いをしている。
もうここまで来たら色々な人から助言を貰おう、そう思って瑞希にアドバイスを求めたけど、返ってきた答えは「自分で考えなきゃ意味ないよー」という素っ気ないものだった。
結局のところ、僕がここでいくら考えても答えは出ないんだから今考えるのは諦めた方がいいのかもしれない。
それよりも──
「伊織がなぁ……」
「まぁな」
「あれこそだだ漏れだよね。姫乃が気付いてないのが逆に凄いよ」
どうやら伊織の気持ちに気付いていたのは姫乃以外の全員だったようだ。ますます伊織が不憫になる。
それにしても、『もし』『仮に』『万が一』姫乃が僕に気があるとして、その場合僕は伊織とどう接すればいいんだろうか。
それに関しても2人に意見を求めてみたけれど、返ってきたのは曖昧なものばかりだった。
「そればかりは……まぁ」
「環くんが上手くやるしかないよ」
「いや、『上手くやる』ってどうやって……」
「それ聞かれてもなぁ」
「そんな他人事みたいに言われても」
「「だって他人事だし」」
「う……」
確かに他人事ではあるけれど、そこまで突き放さなくてもいいと思う。
そんな感じで僕の気持ちと姫乃の気持ち(ついでに伊織の気持ち)については保留となった。
というかこんな状況で海に行けって、無理にも程があると思う。
この日はこんな感じで解散。水着を買いに来ただけのはずが、僕の胸の中には何かつかえが残る結果となってしまった。
△▲△▲△▲△▲△▲
そこから数日、昼は悶々としつつ、夜はいつもの夢を見る日が繰り返された。
そして7月31日、遂に海に行く日になってしまった。
次回、海回始動。




