第1章21話 環と姫乃の夏祭り④
色々急展開ですが、そこも楽しんでください。
「花火……ってここでやっていいの?」
そう、ここはマンションのエントランス前。普通に考えて、花火をしていいような場所ではない。
僕たちだってそんなことがわからないほど馬鹿ではない、ちゃんと管理人さんに話はしてある。椅子に座ってお茶を飲んでいる管理人さんを見ると
「俺が見とるで大丈夫や」
と豪快に笑ってサムズアップ。どうやら他の住民にも話を通してくれているようで、どの人たちも「そういうことなら」と快く許可をしてくれたらしい。
「ありがとうございます」
そう言って花火の準備を始める。
まずバケツを持ってきて水を入れ、蝋燭に火を点ける。
その間も、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。亜美たちによると、この夏祭りはあくまで「祭り」であって「花火大会」ではない。だから花火ができる分こっちの方がお得だと、そう言われた。
「よし、始めようか」
「「「「「おー!」」」」」
6人が全員違う種類の花火に手を伸ばす。
そんなバラバラな行動に皆で笑いながら、それぞれが選んだ花火に火を点けた。
瞬間、色鮮やかな火の華が僕らの目の前に広がった。
「綺麗……」
「やっぱ夏は花火だよな」
「だよねー」
そんなとりとめのない会話をしながら、僕たちは夢中で花火を続けた。その間、皆の笑顔が途切れることはなかった。
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楽しい時間はすぐに終わってしまう。
その言葉通り、残りの花火も数少なくなった。
「もうあとこれだけかぁ……」
本当に残念な様子で姫乃がそう呟く。
皆同じような気持ちなのか、誰も何も言わない。
そして最後の花火になった。締めはもちろん線香花火だ。
「私、線香花火って嫌いだったんだよね……」
突然口を開いた姫乃に皆の視線が集まる。
そんな僕たちを気にした様子もなく、姫乃は言葉を紡いでいく。
「今だから言えるけど、私って結構体が弱くてさ」
その突然の告白に、僕たちは息を呑んだ。
肩を強ばらせる姫乃を見ると、苦渋の決断の末の告白なんだと感じさせられる。
信じられない。そう思ったけれど、今日の姫乃のあの弱々しい姿を、あの軽い体を思い出すと、本当なんだと思わされてしまう。
「小さい頃はよく入院とかもしてて、その度に『死ぬのかな』って漠然と考えてたの」
僕たちは花火をしていることも忘れて姫乃の顔に釘付けになっていた。姫乃の言葉を聞き逃さないようにと、彼女から顔をそらすことができなかった。
「だからかな、線香花火に自分を重ねちゃってたんだと思う。パッて消えちゃう線香花火を見て、私はこんなふうになりたくないって」
そして姫乃は僕たちの顔を見て驚いたように言った。
「ちょ、亜美、何泣いてるの?瑞希も……」
「だって、だってぇ……」
「大丈夫だよ、昔のことだから。気にしないで?」
「うん、それに──」
言葉を続ける姫乃に、僕たちは首を傾げる。
「今日のことでその考えも変わったの。環くんが、皆がいてくれるから、1人じゃないんだって……」
そして姫乃は花火よりも明るい笑顔で言った。
「だからもう私は大丈夫!」
「姫乃……」
「って……あれ?おかしいな、こんなつもりじゃなかったんだけど……」
そう言った姫乃の目には涙が浮かんでいた。
そんな姫乃に、僕たちは声をかける。
「姫乃、ありがとう」
「え?」
「それを僕たちに言うの、ずっと迷ってたんでしょ?」
「……うん」
「だから、教えてくれてありがとう」
そう言うと、遂に姫乃の目から涙が溢れ出した。
「あーあ、タマッキー泣かせたぁ」
「え、僕!?」
「違う、違うよぉ」
亜美の指摘に動揺する僕、そんな僕たちに姫乃は泣きながら、笑いながらそう言った。
その周りでは、大悟、伊織、瑞希が笑って僕たちを見ている。
姫乃が言った「1人じゃない」という言葉。その言葉を聞いて僕もハッとした。姫乃に会わなければ、それこそ僕が1人のままだったんだ。
だから僕は姫乃に「ありがとう」と言ったんだ。恥ずかしくて本人には言えないけれど。
そして、全員の線香花火が地面に落ちた。
「終わっちゃったね」
「大丈夫、夏休みはまだこれからだよ」
「そうだね」
気がつくと、太鼓の音は聞こえなくなっていた。祭りが終わったんだろう。
今日のこの日は、絶対に忘れられないものになるだろう。いや、絶対に忘れたくない。そう思ってしまうほど、この1日は僕にとって濃いものになったんだ。
僕だけじゃない、きっと皆にとっても。
そして夜は更けていった。
夏祭りはこれで終わり、次回から海です。




