第6章1話 お泊まり会後の登校
結局日曜日は姫乃が帰宅したあとは、することもないのに任せて部屋に積んであった格闘ゲームをしてみたりした。だけどどこか物足りなく感じてしまったのは、ここ数日、いつも隣に彼女がいたからなのだろう。
意図せずして僕の中における彼女の存在の大きさというものを実感してしまい、頬が熱くなってしまったのはここだけの話だ。
そんな日曜日が終わり、文化祭後初の登校日となった。といっても暫くは文化祭ムードが抜けきらないと思うけれど。
どうやら今日は自分の家で朝食を摂ったらしい姫乃は、いつも僕が家を出る時間になってインターホンを鳴らしてきた。どうせなら家で朝食を食べればよかったのに、と苦笑しつつ扉を開ければ、いつもと変わらない、満開の笑顔が僕を迎えてくれた。
「おはよう、姫」
「おっはよー!」
「じゃあ行こうか。そういえば、課題は終わった?」
「うぐっ……な、何とか終わりました」
「そっか」
どうにか終わらせたようで、メイクで多少誤魔化してあるとはいえ薄らと隈ができているのがわかる。もしかしたら朝までかかっていたのかもしれない。授業中に寝てしまう未来が容易に想像できたけれど、それは言わないでおこう。
「環くん」
「ん?」
「私が授業中に寝るかもって思ってるでしょ」
「い、いや……そんなことないけど」
「別に怒ってないよ。私も絶対寝る自信があるから」
「え、えぇ………」
その自身は如何なものか。だけど姫乃が頑張ったという事実も彼女を見れば一目瞭然なので責めるに責められない。僕にできることはといえば、姫乃が寝ているのを極力教師にバレないようにすることくらいだろう。
「とにかく終わって良かったよ」
「おかげで徹夜だけどねぇ……」
「そんなこともあろうかと……はい」
徹夜して課題を終わらせたのならきっと今日の準備をする時間もなかなか取れなかったはずだ。そう思って僕がカバンから取り出したのは──弁当箱。
「これって……」
「頑張ったご褒美。姫の好きな物しか入れてないよ」
「やった! 朝ご飯一緒に食べれなかったからすごい嬉しい!」
「なら良かった」
「ありがとうっ」
姫乃はそう言って抱きついてきた。朝の通学路ということもあって学生の姿もちらほら。彼らの視線など意に介さない様子で突然密着してくる姫乃に驚きながらも、何とか受け止めることに成功した。
「急に来られると危ないよ」
「ごめんごめん、嬉しくてついね」
「それを言われると責められないんだよなぁ」
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、後ろから声をかけられた。何度も経験したことのあるこのくだり──大悟と亜美だった。
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「相変わらず朝からイチャついてんな」
「お二人さんおはよー」
またお前らか、そう言おうとして振り返ってその言葉を飲み込んだ。何せ、二人は僕たち以上にくっついていたんだから。腕をからめてぎゅっと密着している二人は何というか、目の毒だった。
「随分と仲がよろしいようで」
「ん、まあな」
少しからかうように大悟に囁いたけれど、大悟はどこ吹く風でニヤッと笑った。これくらい堂々とできたらいいんだけど、僕にはまだ難しいかな。
隣では姫乃と亜美も楽しそうに話していた。何となく姫乃を奪われたような気がしてならないのは何故だろう。と、美少女二人を眺めていた大悟が一言。
「彼女取られた気がするのは俺だけか?」
「それな」
「……なぁ、お前ら朝から恥ずかしくねえの?」
「激しく同意」
今日は朝からよく友達に会うな。そんなことを考えながら振り返ると、そこに居たのは予想通り伊織と瑞希だった。
伊織のツッコミに大悟と顔を見合わせていると、一頻り話し終えた様子の姫乃と亜美も戻ってきた。
「なになにー何の話ー?」
「俺と亜美がイチャついてるのが羨ましいんだと」
「誰もんなこと言ってねえよ。周りの目の毒なんだよ」
「ハッ、悔しかったらお前も彼女を作るんだな」
「上から目線うぜェ」
と、そんな話をしているとスマホの画面を見た瑞希が焦ったように叫んだ。
「ヤバっ、もうこんな時間!? 走らなきゃ間に合わないんだけど!」
そう言って先に走り出す瑞希を見て、僕たちもスマホで時間を確認する。余裕を持って家を出てきたはずが、いつの間にか周りに誰もいなくなっていた。
「話しすぎたか? とにかく走るぞ亜美」
「大悟足速すぎ! おぶってけ!」
「無茶言うなアホ!」
そんな言い合いをしながら大悟と亜美はあっという間に瑞希に追いついていた。何気に亜美も足が速いんだと意外な事実を知ってしまった。いや……これは単に瑞希の足が遅いだけなのかもしれない。
「じゃあ俺らも行くか」
完全に置いていかれたのか、諦めたようにそう呟いた伊織。姫乃も「そうだね」と答えてから僕の手を握った。
何事かと姫乃の顔を見ようとしたその時、先を走っていたはずの三人が振り返って「早くこーい」と叫んでいるのが聞こえた。
「ほら、環くん。行かなきゃ」
「分かってるよ。伊織も置いてくぞ」
「いや酷くね?」
文句を言いながらも伊織は僕たちについてきた。六人が揃ったところで亜美がこんな提案をした。
「ね、皆で競走しようよ」
ほぼ遅刻寸前だというのに、いや、むしろ遅刻覚悟の妙なテンションだからこそ、その提案を却下できるほど冷静な人間はここにはいなかった。文化祭明けというのも1つの原因かもしれない。
「別にいいけど、負けたヤツはトップにジュース奢りな」
「ちょ、それ私が不利すぎる!」
「そうでもしないと面白くねえだろ」
「私今日財布持ってきてな──」
瑞希のそんなツッコミを、亜美の叫びが容赦なくかき消した。
「それじゃいくよー。よーい……ドン!」
そうして、僕たちは走り出した。
最終的にホームルーム開始に間に合わず、6人全員が遅刻扱いになったのは言うまでもない。
上手くまとめることができなかったため後日書き直す可能性あり、ということだけご了承ください。
※最終回ではないです。