第5章27話 甘えた先に
お久しぶりでございます。ましゅです。約一週間ぶり(テスト勉強の合間を縫って)の更新でございます。
姫乃に甘えることを覚えた環くんがどうなったのか、はたまた再びヘタレを見せるのか、そんなところに期待しながら読んでいただけると嬉しいです。
目を覚ますと、最初にリビングの電気の灯が視界を白く染めた。その眩しさに思わず目を細めてから、遅まきながら寝てしまっていたことに気がついた。
もったいないことをしたなぁ、と思いながらも何だか心地よくてうとうと微睡んでいると、頭上から「おはよう」と声がかけられた。反射的に「おはよう」と返して、はたと気づく。……頭上から?
知らないうちに閉じていた瞼を持ち上げて声の主を確認する。といっても今この場にいるのは2人だけなので答えは自ずと決まってくるんだけど。
「姫?」
「ん、そうだよ」
「ごめん……寝ちゃってた」
「別にいいよ。私の腿の上で気持ちよさそうに寝てたから起こすのが申し訳なくてそのままにしちゃったし」
「ああ、そう……へ?」
「ん、くすぐったいから急に動かないでっ」
姫乃はそう言って起き上がりかけた僕の額を小突く。何も抵抗できない僕はされるがままに元の体勢に戻るわけで、筆舌に尽くし難い、非常に心地よい感触が僕の後頭部を優しく迎えてくれた。柔らかい──じゃなくて!
「……膝枕?」
「うん。環くん、私の膝枕好きだよねぇ」
「うぐ……」
否定はできない。落ち着くというか、安心するから。
「えっと……僕の記憶だと姫乃が僕を受け止めてくれたところまでしかないんだけど、あの後どうなったの?」
これ以上会話の主導権を姫乃に握られるとからかわれ続けかねないので、強引に話題を変える。その瞬間、姫乃の顔が真っ赤に染まった。……え、何をしたんだ?
「もしあれではっきりと意識があったら何発か叩いてたかもね」
「……あの、何をしてしまったんでしょうか」
不安に押しつぶされそうになりながらもかろうじてそう尋ねると、姫乃は「ほんとに覚えてないんだ……」と呆れたようにため息をついてから説明してくれた。
「環くん、私の肩に顔を埋めたのは覚えてるんだよね」
「あぁ、その後からは全く覚えてないけど」
「その後環くんは寝ぼけながら私の胸に顔を埋めたんだよ」
「はぁ………………はぁ!?」
一瞬で──それこそ雷に打たれたような衝撃で目が覚めた。
寝ぼけていたとはいえ、そんなセクハラ紛いな行動が許されるわけがない。たとえ……というか実際付き合っているとしてもして良いことと悪いことがある。
これは嫌われても仕方がないし、何より申し訳なさで姫乃の顔をまともに見ることができない。
気まずい沈黙が流れる中、先に口を開いたのは姫乃だった。
「別に怒ってはないよ?」
「……え?」
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怒ってない、と言われたけれどそんなはずはない。思わず寝たまま視線を上げると、穏やかに微笑む姫乃と目が合った。
姫乃は僕と目が合ったことを確認すると、照れたように含羞んでから言葉を続けた。
「そりゃ最初はびっくりしたし、恥ずかしくないって言ったら嘘になるけど……それよりも嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
オウムのように繰り返して確認すると、姫乃は大きく頷いた。
「うん。環くんが甘えてくれるのが嬉しかったの。寝顔も可愛くて思わず写し……見入っちゃった」
何やら聞き逃せない単語が聞こえた気がしたけれど、先にやらかしてしまった手前強く追及することはできなかった。それでもじーっと姫乃の瞳を見つめていると、姫乃は露骨に目を逸らして、早口になって言った。
「そ、その後はあの体勢だと疲れそうだったから起こさないようにそっと膝枕に変えたわけです」
「それでそのまま小一時間眠ったわけか……。姫、足とか痺れてない?」
1時間近く膝枕をしてもらっていたなら、姫乃はだいぶ辛いだろう。そう思って確認したけれど、姫乃は微笑んだまま首を横に振った。
「それは大丈夫。だからまだ寝ててもいいよ?」
「もう十分に堪能したし、せっかく起きたんだから僕としてはお礼も兼ねて姫を甘やかしたいわけですが……どうでしょう」
「ふふ、くるしゅーない」
姫乃が嬉しそうにそう言ったのを聞いてから体を起こす。膝枕のおかげか、変に体が凝ったりはしていないようだ。起き上がって姫乃の横に座り、耳元で小さく囁いてみる。
「さてと、覚悟はいい?」
わかりやすく肩を跳ねさせた姫乃は、不安そうに少し潤んだ瞳で見上げてきた。その表情はある意味凶器だと思う。僕の理性が死にかねない。
「そう言われると急に怖くなってくるんだけど。……変なことしないよね?」
「今まで変なことしてないでしょ……」
「そ、そっか」
姫乃は今までを思い出して少し安心したみたいだ。とはいえ僕もここからどうするのが正解なのかよくわかっていない。
まぁ、でもこうするしかないよな。
「……姫」
「んー?」
「キス、していい?」
「ん……ふぇ!?」
ぱちくり、と瞬きをした姫乃だったけれど、一瞬にして顔が真っ赤に染まる。予想はしてたんだけど、この調子だとこれより先に進むのは何年後になるやら……。
「嫌なら無理にはしないけど。姫の嫌なことはしたくないし」
絶対に姫乃を傷つけるようなことはしない。そう決意した以上、望まぬ形でのキスなんてしようとも思わない。だから姫乃の思いに委ねようと思ったわけだけど……姫乃は慌てて否定した。そこまで慌てなくてもいいんだけど。
「違っ……嫌なんじゃなくてびっくりしたというか、急すぎるよ」
「それはごめん。でもこれくらいしか思いつかなくて」
「ふふ、環くんらしいや」
「それは……褒められてると受け取ってもいいの?」
「褒めてるよー」
そうは言うものの、姫乃の表情を見る限り褒めてもらえているとはとてもじゃないけど思えない。むしろからかっているというか、そういったものに近い笑みを浮かべていた。さっきの驚いた表情は嘘だったんじゃないか?
……からかうとどんな目にあうか、そろそろご理解いただいた方が良さそうだ。
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「姫」
「わ、そんな真剣な顔してどうした──んむっ!?」
姫乃の唇を自分の唇で塞ぐと、姫乃の体が強ばるのがわかった。その体を落ち着かせるように姫乃の頭に腕を回して優しく撫でる。一旦唇を離して姫乃の表情を確認すると、薄紅に染った頬で、自分の唇を押さえていた。その仕草が無性に可愛く思えて、もう一度唇を重ねる。すると今度は姫乃の表情がへにゃりと蕩けたようなものに変わる。もう体も強ばってはいなかった。
これ以上キスをすると姫乃が溶けてしまいそうだったので、名残惜しかったけれど再び唇を離した。
姫乃は僅かに息が上がっていて、「長いよ……」と呟く姿はすごく扇情的だった。理性が壊れないように何度も深呼吸をしてから、どこか遠くの方を見つめていた姫乃に声をかける。
「僕だってからかわれると仕返ししたくなるんだよ」
「──っ! うぅ……ずるいよぉ」
何がずるいのやら。そう告げるようにわざとらしく首を傾げてみせると、正気に戻った姫乃は「知らないっ」と叫んで布団に潜り込んだ。いや、そこ僕のベッドなんだけど…………あ、今夜は一緒に寝るから別に関係ないか。
というかさっきまで “一緒に寝る” と考えただけで落ち着かなかったのに、何故か今は信じられないくらいに落ち着いている。これが悟りの境地ってやつなんだろうか(多分違う)。
それにしても、姫乃が布団から顔を出す気配はない。それどころか布団ごとぷるぷる震えていた。まぁ、多少やり返しすぎた感も否めないので、ここは姫乃のしたいようにさせてあげるのが1番だろう。
「ごめん、ちょっとやりすぎたかも。ちょうどいいしそろそろご飯作ってくるよ」
なるべく優しい声を心がけてそう言うと、布団の中からこもった声で「カルボナーラを希望しますっ」と返事がきた。
苦笑しつつ「姫様の仰せのままに」と返したけれど、それに対する返事はなかった。スベったみたいで少し気まずかったけれど、まぁ仕方がないか。そう思って部屋を出た途端、こんな叫び声が聞こえてきて驚いてしまった。
「うぅ……何であんな大胆になるの!?」
…………そんなつもりは全くなかったんだけど、そこまで大胆だったかなぁ。確かにいつも以上に落ち着いてはいたけれど。
調理にとりかかっても、聞こえてきた姫乃の叫びが頭から離れることはなかった。
はい、いかがだったでしょうか。
姫乃に甘えるようになり、「もう失うものは何もない!」とばかりに開き直った覚醒環くん。どうやら冷静かつ大胆になるようです。姫乃さんが聖母のような優しさを見せたと思いきや、そんな環の変化にドキドキしまくるという回でした。
次話以降もよろしくお願い致します。
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では勉強へ戻ることにします。
ヽ(・∀・)バイバーイ