第5章26話 やっぱり、甘えたい
お待たせ致しました。
ようやく環×姫乃サイドのお話ですね。久々なのでいちゃいちゃをちょっと多めに入れてみたのですが、どうでしょうね。
然るべき時になるまでは姫乃との関係で一線を越えない。そう決意したはいいものの、こう……これまでにないくらいに甘えられると、僕の理性だって削られていく。
具体的には、そうだな…………今のように思いっきり正面から抱きつかれている場合、とか。
抱きつかれるのはこれが初めてではないんだけど──というかさっきも抱きつかれていたわけだけど、やっぱり慣れない。密着した瞬間にふわりと香る甘い匂い、折れそうで心配になってしまうほどに細く柔らかい腰。もう一度言うが、それら全てが僕の理性をガンガン削ってくるんだ。
「ごろごろごろー」
「猫じゃないんだから……」
いや、あの……姫乃さん? 頬をすりすりするのはさすがにアレです。僕の理性のHPはどんどんゼロに近づいています。そろそろ限界値に達してしまうというか、ね?
「姫、さすがに甘えられすぎると僕のコレがアレになってそうなっちゃうと思うんだけど、どうする?」
「ぷっ……あははは」
「いや、結構真面目に悩んでるんですが」
「だって、1つのセリフにこそあど言葉全部使ってるんだもん。何を1番伝えたいのかわかんないよ」
確かに自分で発したセリフながら、姫乃のその言葉には全面的に同意する。だけど姫乃さん、あなた僕の言いたいこと全部わかった上でそれを言ってますよね!?
と、至近距離から上目遣いで僕を見上げながら姫乃は言った。
「別にいいんじゃない?」
「……へ?」
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突然の姫乃の言葉に驚いて、一瞬言葉に詰まった。
「いや、でも僕は……」
「わかってるよ。私が言いたいのは、別に環くんが思ってるようなことじゃない。てゆーか、環くんのえっち」
「うぐ……っ」
姫乃さん姫乃さん、ジト目でそう冷たく言い放たれるとさすがの僕でも傷つくんですよ。否定できない分その言葉がずっしりと心にのしかかってくる。誰か数分前の僕を殴って欲しいし、穴があったら今すぐ入りたい。そしてどうせならそのまま埋めて欲しい。生き恥を晒すくらいならまだ生き埋めになった方がマシだ。
きっと今の僕は真っ赤な顔で泣きそうな目になっているんだろうな。
「……すみません」
「そんな泣きそうにならなくてもいいのに」
あ、やっぱりそうなってるんだな。
姫乃はこほん、と小さく咳払いをしてから言った。
「ま、そーゆーのは置いといて」
「はい」
「環くんだって私に甘えてもいいんじゃない?」
「……はぁ」
天使のようで、聖母のような、慈愛に満ちた瞳でそう告げた姫乃に対して、僕は気の抜けた返事しかすることができなかった。
「だっていっつも私が甘えてばっかりな気がするんだもん……って、前も似たようなこと言わなかった?」
「ど、どうだっけ?」
甘えていいのなら存分に甘え倒したいとは思うんだけど、そうなった場合、一線は越えないにしても歯止めが利かなくなりそうで自分が怖い。ダメになりそうというか、姫乃に依存してしまいそうというか……そんな自分が不安なんだ。
そんなことをうだうだと考えていたせいで、姫乃の問いに曖昧な返事をすることしかできなかった。姫乃は呆れたような表情になって、言った。
「別にいいんじゃない? ダメになっても、依存しても」
「へ……? あ、声に──」
「心の声のつもりだったんだろうけど、ダダ漏れだったよ」
「マジか……」
割と本気で穴に入りたくなった。というか、もう姫乃の顔を直視できる気がしない。
「逆に聞くけどさ、何でダメになりたくないの?」
「それは……姫乃に迷惑をかけたくないから」
顔を合わせるのが気恥ずかしくて、俯いたままそう答えると、姫乃は何度も頷きながらこう言った。
「ふむふむなるほど、環くんの思いは伝わりました。でもまぁ、そんなことかって感じなんだけどね」
「え?」
「私が環くんといて『迷惑だー』って思ったことなんて1度もないから」
そんな言葉が聞こえてきた次の瞬間、僕の頬は姫乃の両手で挟まれていた。そして強引に前を向かされて──微笑みを浮かべた姫乃と目が合った。
「環くんって、変な所で卑屈というか……ネガティブ思考だよね」
「常に最悪の事態を考えるからかな」
こればかりは染みついてしまっているからどうしようもない。過去を恨むわけではないけれど、そうせざるを得ない生活を送ってきたから。
姫乃もそれは理解してくれているようで、「別にそれが悪いことだとは言わないけど──」と前置きしてから僕の目を見つめて言った。
「──私といる時くらい、ダメになってみるのもいいかもよ?」
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ダメになってもいい。愛する彼女に優しく告げられたその言葉が、すーっと心に染みていった。
「甘えても……いいのかな」
姫乃に、そして自分にも問うようにそう呟くと、それを聞いた姫乃は満面の笑みで答えてくれた。
「うん、いいんだよ。私が環くんをだめだめにしてあげる」
そして両手を広げて「ばっちこーい」と言わんばかりに僕を受けとめる体勢になった姫乃。恥ずかしかったけれど、ここで照れて引き下がるとまた姫乃を困らせることになるだけだと思って、そっと姫乃に身体を預ける。姫乃は、そんな僕を優しく受け止めてくれた。
「姫、ありがとう」
「ん? 急にどうしたの?」
「多分姫がいなかったらずっと卑屈なままだったと思う」
「今もまだまだ卑屈だと思うけどね」
「うん。だから、これから変わっていくよ」
そう自分の決意を告げながら姫乃の肩に顔を埋めると、姫乃の体がピクっと跳ねた。一体どうしたんだろうか、と疑問に思ったけれど、それには触れずに言葉を続ける。
「それでもきっと迷う時はあると思う。そういう時は、その……姫に隣にいて欲しい。情けないけど、一緒に考えて、解決策を見いだして欲しい」
我ながら女々しいな、なんて思いつつ姫乃の言葉を待つ。すぐに答えが返ってきた──予想していたものとは違ったけれど。
「えへへ、何かプロポーズみたいだね」
「──っ!?」
確かにその通りだと思ってしまった。恥ずかしさで思わず姫乃から体を離そうとしたけれど、その努力も姫乃がぎゅっと抱きしめてきたことで無駄になった。
温かくて、安心して、姫乃に全てを委ねてしまいそうになる。
「いいよ」
唐突に姫乃がそう言った。
「ずっと環くんと一緒に考えてあげる。ううん、違う……私からしたらお願いするね。ずっと環くんの隣にいさせて欲しいな」
「……断る理由がないよ」
「ふふ、環くんのためだったら何でもしてあげるからね」
「じゃあ、早速いい……かな?」
おずおずとそう尋ねると、姫乃は嬉しそうに弾んだ声で、「もちろん」と答えてくれた。だから、僕はこう口にした。
「今はもう少し甘えさせて欲しい」
そんな僕に「ん、わかった」と穏やかな声で返して、姫乃は僕の頭を優しく撫でてくれた。
心地よくて、この時間がずっと続けばいいのに、なんて思ってしまった。
私事になりますが、本日九月二十七日をもちまして、僕がなろうで小説を書き始めて一年が経過したことになりました。
まさかここまで続けられるとは自分でも思っていなかったのでびっくりしています。これもひとえに読者の皆様が読み続けてくださったおかげです。本当にありがとうございます。
作中ではまだ四ヶ月程度しか進んでいませんが、今後も彼らのいちゃいちゃらぶらぶを優しく見守っていただければ幸いです。よろしくお願い致します。