第5章22話 1歩ずつ先へ
まず謝罪を。
“四連休は毎日更新します”とか何とか言ったくせに昨日は予定が詰まってしまい執筆の時間が取れませんでした。言い訳ですね。申し訳ありませんでした。
本日の夜にもう1話更新する予定ですので、それでチャラということに……
で、では本編へどうぞ!
「……姫?」
急に様子が変わった姫乃。おそるおそる名前を呼んでも、何の反応も返ってこない。ただぼーっとした瞳で僕を──いや、どこか虚空を見つめていた。
と、姫乃は突然膝立ちになったかと思うと、そのまま僕の方に手をかけて、僕をベッドに押し倒した。ちょうど数分前の僕達を再現しているかのようで、やはり現実味がない。頭の片隅で「立場が逆なんだよなぁ……」と場違いなことを考えてしまっていた。
しかし、何の前触れもなく唇を重ねてきた姫乃が、僕を現実に引き戻した。
「──っ!」
抵抗も、ましてや反論すら許されない、どこか暴力的にも思えるキスは、それでも不快には感じなかった。
実際には数秒の出来事だったのだろうが、体感的には数分かそれ以上。漸くお互いが離れた時、姫乃の艶やかな唇は電気に照らされて妖しく、蠱惑的に光って見えた。
「姫……」
呼吸を整えてからもう一度名前を呼ぶと、姫乃はビクッと肩を揺らした。聞こえていないというわけではなかったようで安心はしたが、それはそれでまた別の心配が生まれる。
「無理……してない?」
もしかしたら、姫乃は嫌々こんなことをしているのではないか。僕が何かしらのトリガーを引いてしまったせいで引っ込みがつかなくなってしまったのではないか。そんな不安が僕の心を灰色に塗りつぶしたせいで、キスの余韻に浸る余裕なんてなかった。しかし、姫乃は僕の問いかけに対して軽く頬を膨らませることで答えの代わりとした──怒って、いるのか?
「環くんは、私が嫌々やってるって思ってるの?」
「……う」
「環くんは、私じゃ嫌なの?」
「そんなわけ──」
「じゃあ! いい……でしょ?」
僕の否定を途中で遮り、懇願するように見つめてきた姫乃。その瞳は焦りを含んでいるようにも見えた。
ゆっくりと体を起こして、姫乃を抱きしめる。姫乃の動きが固まったけれど、さっきは姫乃から押し倒してきたんだしこれであいこだろう。
「嫌なわけないよ」
「……うん」
「姫とだったらそういうことをしても後悔しないと思う」
「うん」
姫乃を宥めるように、優しく、髪を梳かすように頭を撫でながら耳元で囁くと、姫乃は安心したように肩の力を抜いた。
姫乃の体が弛緩したことを確認して体を離す。ショックを受けたような瞳で見上げてきた彼女を安心させるように微笑む。
「でもさ、今じゃないと思うんだ」
「…………え?」
「焦りとかそういう感情に流されて、お互い本心から望んでいない状況では、したくない」
こういうことを言うからヘタレなんて言われるんだろうな。そんな考えが頭をよぎり、思わず苦笑してしまう。それでも、僕の意思は変わらない。後で後悔するくらいなら、ヘタレのままでいい。
「いつか僕の覚悟が固まったら、僕から言うよ。だからそれまで待っていて欲しい」
姫乃から目を逸らさず、見つめあったまま自分の考えを告げる。すると姫乃は呆気に取られた表情になった後、突然からかうように言った。
「ヘタレ」
「う……わかってるよ」
「ま、そんな環くんだから好きになったんだけどね」
「…………え?」
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どういうことかわからずに聞き返すと、姫乃は僕の手を取って言った。
「ヘタレって、優しさの裏返しだと思うんだ。必要以上に相手を傷つけたくないから、それより前に進まない。そんな優しい環くんだから好きになったんだよ」
「……姫」
「私たちは、自分たちのペースで進んでいけばいいんだよ」
「…………ありがとう」
「でも──」
「ん?」
「──あんまり待たせると、愛想尽かしちゃうかもよ?」
「ぜ、善処します」
動揺を隠すことができなかった僕を見て、楽しそうに声を上げて姫乃が笑う。そんな彼女につられて、僕もそっと笑みを浮かべた。少しだけ意趣返しをするのもいいかもしれない。
「じゃあ、愛想を尽かされないように存分に構ってあげようかな」
「ふぇ?」
「ほら、こっちおいで」
なるべく優しくそう声をかけると、姫乃は素直に僕の前に座ってきた。ちょうど僕の脚の間におさまっている。
「あの、環くん?」
「どうかした?」
「いや、その……私は何をされるんでしょうか」
「んー……甘やかされる?」
そう言うと同時に、姫乃の細い腰に腕を回してベッドに倒れ込む。ベッドのスプリングが、2人分の体重を優しく受け止めてくれた。
「ひゃっ」
小さな悲鳴を上げる姫乃の肩に顔をうずめると、姫乃の体がわかりやすく強ばった。姫乃は顔にも表れるし動きにも表れるタイプなんだな。
「……く、くすぐったいよ」
「今はこれが精一杯」
囁くような声でそう言うと、姫乃は口を閉ざした。そして数秒の後、どこか嬉しそうな声でこう言った。
「ホントだ。やっぱりドキドキしてる」
「うるさい」
「私もだから人のこと言えないけどね」
そしてどちらからともなく2人で笑う。幸せな空気が、部屋を満たした。
「ね、環くん」
「ん?」
「今日はこうやって寝ようね」
「──っ!」
「あ、今ドキってした」
「…………努力します」
はい。ヘタレでもいいよ、というお話でした。まぁ、読者の皆さんの中には「はよ先へ進め!」と思っている方が少なからずいらっしゃるとは思いますが、作者的には純潔を保ったまま完結させたいと思っておりますので御容赦ください。
あ、ブクマが60件超えてました。ありがとうございます。