第5章18話 映画デート……からの?
あっついねぇ……
何匹かの猫を抱っこさせてもらったりしてペットショップを堪能した姫乃は、幸せそうに「ふぅ……」と息を吐いてから僕の腕に飛びついてきた。少し恥ずかしいし歩きづらかったけれど、姫乃が幸せそうなのでまぁ良しとしよう。色々当たっているのは言わない方がいいだろう。
「急にどうしたの?」
「んー……ちっちゃい猫の甘い匂いもいいけど、やっぱり環くんの匂いが落ち着くなぁって」
「僕はアロマじゃないんだけど」
「むぅ……そういうことじゃないよ」
いや、それならどういうことなんだ? そっと首を傾げた僕を見て、姫乃は呆れたような笑みを浮かべて見上げてきた。しかしそれも一瞬のことで、腕にぎゅっと力を込めた後で「次はどこに行くの?」と尋ねてきた。
「映画館だよ」
「映画! でもどうして急に?」
「えっと……僕たちの初めてのデート、覚えてる?」
「私が環くんにお礼したいって言ったやつだよね」
「そう、それ」
良かった、どうやら姫乃にとってもあの日が最初のデートとしてカウントされていたようだ。勢いよくうんうんと頷いている姫乃の髪が乱れてしまっていたけれど、それすらも美しく、どこか蠱惑的だった。
「あの日も映画を見たでしょ?」
「あ、あの恋愛映画か」
「うん。続編じゃないし、それとは全く関係のない映画なんだけど、その……今度は恋人として観たいなと」
「わ、環くんが可愛い」
「ちょ、姫!?」
男として不本意な言葉を投げかけられて思わず大きな声を上げてしまう。周りからの刺すような視線に首を竦めながら姫乃を睨むと、笑いを堪えながら謝ってきた。
「ごめんごめん」
そして指を顎に当てて考えるような仕草をした。可愛い、可愛すぎる。
「確かあの時は『ちゃんと内面で判断したい』って言ってたよね」
「よく覚えてるね」
かく言う僕もあの日のことは鮮明に覚えているんだけど。姫乃は急に心配そうな顔をしたと思ったら、僕の袖をクイッと引っ張ってきた。
「環くん環くん」
「どうしたの?」
「環くん的に、私ってどう?」
そんなこと、考える必要もない。
「心配しなくても、姫は最高の彼女だよ」
そう即答すると、姫乃は安心したようなため息を吐いて、細く綺麗な黒髪を耳にかけた。どうしよう、姫乃の仕草がいちいち可愛い。
「ありがとう。環くんも最高の彼氏だからね」
「ん、そう言ってもらえると嬉しいよ」
そう言いつつ姫乃の頭を優しく撫でると、姫乃は恥ずかしそうに顔を赤く染めて僕の腕に頭突きをしてきた。といっても本気のものではなく、あくまで照れ隠しのようなものだったけれど。
「人前で頭を撫でられるのは恥ずかしいよ」
「自分からは抱きついてきてるのに?」
「うぐ……それとこれとは話が別。ほら、早く映画館行こ」
「了解」
僕の腕を引っ張ってぐいぐい進んでいく姫乃。その背中に苦笑しながら、僕はすぐに姫乃の隣に並び直した。
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映画館に着き、2人分のチケットを買って指定されたスクリーンに入る。ちょうどいい時間に着いたようで、10分もしないうちに映画が始まった。
ところで、僕は恋人が映画館で恋愛ものを観る時、然るべきシーンでキスとかそういうものをするものだと思っていた。いつの話だ、とかロマンチストだとか馬鹿にしてくれても構わないけれど、実際そういったものに憧れていた。
だけど現実はそう上手く運ばない。何せ2人とも映画に集中してそれどころじゃなかったんだから。姫乃に至っては感情移入しすぎで泣いてしまっていた。
映画を観終わって、姫乃は涙を拭いながら僕の手を握った。
「どうしたの?」
「……環くんはいなくならないでね?」
「あぁ、そういうこと」
というのも、今日観た映画は主人公が難病を抱えるヒロインと恋に落ちるタイプのもの。お約束というか、最終的にそのヒロインは亡くなってしまうんだけど、姫乃的にはそれが辛かったようだ──過去に僕が突然いなくなってしまったこともあるのかもしれない。
そう考えると非常に申し訳ない気持ちになる。それは後悔してもしきれない。だけど僕はその後悔を胸に姫乃の傍を離れないと決めた。罪滅ぼし、なんて都合のいいことは思っていないけれど、今はそれを伝えることしかできない。
「大丈夫、もう絶対にいなくならないよ」
「本当?」
「そんなに心配ならずっと僕の所に泊まってもいいけど?」
からかうように姫乃の耳元でそう囁くと、姫乃の頬が一瞬で赤く染まった。今日だけでどれだけ照れているんだろうか。
「う……そ、それは家賃がもったいないので」
「そっか。まぁ今日も泊まるんだしね」
「……うん。ねぇ、環くん」
「ん?」
姫乃は上目遣いで甘えるように言った。
「今からお家デートにしない?」
「いいけど……どうしたの?」
「ここだと上手く甘えられないっていうか……あ! 笑ってるでしょ!」
「や、笑ってない」
「嘘だ、肩震えてるもん!」
そう言って横からぽかぽかと可愛い擬音が似合う様子で叩いてくる姫乃。別に痛くはないし、姫乃も本気で怒っているわけではないんだろう。笑う……というか、僕が震えているのは照れくささとそれに付随する嬉しさ故なんだけど、それを姫乃に言えば確実にからかわれることになる。だからこれでいいんだ。
姫乃の頭を優しく撫でながら「じゃあ、帰ろうか」と言うと、姫乃はどこか不満げな様子で見つめてきた。
「じぃー………」
いや、それって声に出すものなのか?
「じぃぃーーー………………」
「姫?」
「何か誤魔化されたような気がする」
「……気のせいだよ」
意外と鋭い指摘に、気づかれないように頬をひきつらせて答える。姫乃は「気になる間があったんだけど……」と納得していないようだったけれど、すぐに「もっと甘やかしてもらうから、許す」と小さく呟いた。
そりゃあ言われなくても存分に甘やかしますけど。ていうか何これ、僕の彼女すごく可愛いんだけど。
かぁっと頬が熱くなるのを感じながら何とか「仰せのままに」と反応すると、姫乃は漸く満足気な笑みを浮かべた。
「それじゃあ帰ろー!」
さっきより若干テンションが高めの姫乃に腕を引っ張られ、転びそうになったけれど、すぐに姫乃と並んで少し早めの家路についた。