第5章13話 可愛い嫉妬
お久しぶりでーす。
世間一般では夏休みに入ったのでしょうか?まぁ、受験生である僕には夏休みなんてあってないようなものなんですけど…………
てことで(どういうこと?)最新話、どうぞ!
可愛い×可愛い=正義なんて言ったように、姫乃がハリネズミに夢中になっているのは見ていて目の保養になる。なるんだけど……何故だろう、モヤっとする。
いや、理由はわかっているんだけど、なんというか非常に認めたくない。だってそうだろう? 僕がハリネズミに嫉妬しているなんて、器が小さいどころの話じゃない。もはや独占欲の塊と言っても過言ではない。
そんな自分に対してちょっとした自己嫌悪に陥りながらコーヒーを飲んでいると、ふと姫乃が顔を上げた。
「環くん、構ってあげられなくてごめんね」
「へ?」
「だって構ってほしそうな顔でこっち見てたから。……違った?」
「違……わなくもな──って何言ってるんだ」
まさか顔に出ていたとは……。咄嗟に否定しようと思ったけれど、図星も図星なので言葉が出てこない。そんな風に焦る僕を見て、姫乃は楽しそうに笑った。
「あはは、お家でいっぱい甘えさせてあげるからさ。今は我慢してよ」
「いや、まぁ……はい」
姫乃のその宥めるような言葉に安心する一方で、僕もしっかり姫乃に依存しているんだなぁ、となんともむず痒い気持ちになった。恥ずかしさで姫乃の顔を直視できず視線をさまよわせていると、最終的にケージの中のハリネズミと目が合った。
全て見透かしたような、それでいて純粋なその瞳に見つめられていると、自分の情けなさが浮き彫りになるようだった。
「お前ばっかりずるいぞー」
姫乃に聞こえないようにハリネズミに向かって小さく呟くと、ハリネズミは小さく首を傾げてからそっぽを向いた。なるほど、この素っ気なさが人気の所以なのかもしれない。ハリネズミがこっちを振り返ってくれることはなかったので、僕はもう一度姫乃を見守ることにした。
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姫乃が満足するまでに、僕はコーヒーを2回おかわりした。姫乃がハリネズミと遊んでいるのが見ていて甘すぎて、その2回ともブラックのまま飲むことができた。本当に可愛いものは砂糖の代わりになるんだと、心の奥にメモしておいた。
1時間半ほどして満足したらしい姫乃は、ホクホク顔で立ち上がった。
「姫、もういいの?」
「うん。名残惜しいのは確かだけど、まだ予定があるんだもん。だからもう大丈夫」
「そっか。じゃあ行こうか」
「うん!」
会計をしている間、姫乃はしきりにハリネズミの方を振り返っていた。そんな姫乃を見て、一緒に暮らすようになったらハリネズミを飼うのも悪くない、と思ったのはここだけの話だ。
僕たちは、店を出たあとどちらからともなく自然に手を繋いだ。人目はもう気にならなかったし、何より無性に姫乃の温もりが恋しくなったから。きっと、姫乃も同じだったんだろう。
「環くん、次はどこに行くの?」
「んー……内緒」
「あ、そっか。サプライズだったね」
「そういうこと」
そんなことを話しながらゆっくり歩いていると、後ろから突然声をかけられた。
「あれ、柏木くん?」
聞いたことがあるその声に振り返ると、そこに立っていたのはユキ先輩だった。なんというか、今日はよく知り合いに会うな。
「ユキ先輩」
「ユキちゃん先輩!」
「や、文化祭ぶりだね。あ……もしかしてデートの邪魔しちゃったかな?」
「全然大丈夫ですよ」
「姫もこう言ってるんで、僕も問題ないです」
別にデートのプランも分刻みで立てているわけではないし、僕は姫乃の意志を最優先にするだけだ。そう思っての言葉だったんだけど、ユキ先輩は何やら笑みを浮かべた。ニッコリ、と言うよりもニヤニヤという表現が似合う笑顔だった。
「なーるほど? 彼女が最優先なわけだ」
「まぁ、そういうことになりますね」
「んん……キッパリ言い切るのは君の美点だけどさ──」
ユキ先輩は少し言い淀んでから、ちょいちょい、と僕を手招きした。何を言われるのか多少不安を覚えながらユキ先輩に近づくと、ユキ先輩は小声でこんなことを囁いてきた。
「──もう少し彼女の気持ちを考えてあげた方がいいんじゃないかな?」
「……と、言いますと?」
「それは自分で気づいて欲しいところだけど、まぁ優しい先輩は君にヒントをあげよう」
自分で “優しい先輩” と言うのはどうかと思ったけれど、ヒントはありがたく受けとりたい。そのためにも変なことは言わないようにしないと。
「はぁ……」
「逆の立場になって考えてみな? きっと分かるはずだよ」
「逆の立場……?」
そう言われて考えてみる。僕は姫乃のことを最優先する、と公言したわけだ。
…………ん? あれ、もしかしてそういうことなのか?
ハッと1つの結論に思い至り、焦って姫乃の表情を確認する。姫乃は、顔を真っ赤にして俯き、プルプルと震えていた。
つまりはこういうことだ。僕は公衆の面前で自分の決意を表明した。逆の立場で考えてみると、確かに恥ずかしい。姫乃を見ているうちに、つられて僕の頬も熱くなった。
「…………あ」
「気がついたかい、少年?」
「はい」
自分の過ちに気づき、恥ずかしくなってきた。
そんな僕を見たユキ先輩は、何度もウンウンと頷きながら言った。
「過ちを認めてこそ人は進歩できる、って昔の偉い人は言ったらしい。柏木くん、頑張れよ」
「はい」
さすがは演劇部と言うべきか、芝居じみた言い回しに引き込まれつつ頷くと、ユキ先輩は僕の背中を押してくれた。
「ホイ、先輩のありがたい話はおしまい。デート楽しんできな」
「……ありがとうございました」
「ん、また何かあったら相談乗るからね。姫乃ちゃんもデート楽しみなよー」
「ユキちゃん先輩、声が大きいです!」
姫乃のそんな悲鳴が聞こえてきた。
それにしても、ユキ先輩って、だいぶ後輩思いだったんだな。クラスの中心になるような人間は、やっぱり違うな……。
だけど、何でここまで優しいのに彼氏がいないんだろうか……。
「ヘイ柏木くん、心の声がダダ漏れよ」
「……どこまで聞こえてました?」
「最初から最後まで♪」
「すみませんでした」
「次はないよー」
何度か低下した空気の中、僕は背筋を正して姫乃の方に向かって歩いた。
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どんな顔で顔を合わせればいいのか、悩んだ末に真面目な表情で開口一番謝ることにした。
「姫、ごめん」
「何に謝ってるのかなー」
「えっと……姫の気持ちを考えずに色々言っちゃったこととか」
「ふーん? 他には?」
「え……他?」
他に何かあったっけ……。焦りながら必死に頭を回していると、姫乃は堪えきれないというようにくすくすと笑い声を漏らした。
「あ、あの……?」
「ごめんごめん。ちょっとからかっただけ」
「姫、心臓に悪いよ……」
「ごめんって。後で膝枕してあげるからさ」
「僕としては頭を撫でさせてもらった方が嬉しいんだけど」
「…………え?」
「…………あ」
やらかした、そう後悔しても遅い。
結局僕はまた姫乃のお叱りを受けることになった。
「もう! そういう所だって!」
「……はい、ごめんなさい」
もう見られてはいないはずなのに、ユキ先輩のニヤニヤとした笑みを向けられているような気がした。
勉強で忙しい身の上ですが、時間を見つけて(もしくは作って)更新していくつもりです。
普段とは違う夏休み、こんなラブコメを読んで過ごすのもまた一興かと。