第5章11話 か、彼氏ですっ!
更新できないかもって言ったばかりで何ですが、出来ましたね、更新。
時間が無いなら作ればいいじゃないの、という不思議な言葉が聞こえてきたんです。
4人で他愛ない話(節度を守った声量で)をしていると、電車が僕たちの目的の駅に着いた。そこで龍馬たちに手を振って別れる。文化祭前までの僕だったらダブルデートでもいいと思っていたかもしれないけれど、今は違う。龍馬にも言った通り、姫乃で手一杯──いや、誰にも気兼ねすることなく姫乃を甘やかしたいから。
だから僕は姫乃の手を取って電車から降りた。手を繋ぐと、僕より少し高い姫乃の体温が確かに感じられて、それだけでほっとする。単純なことだけど、姫乃がここにいるんだと認識できるから。
「環くん」
「ん?」
「今日のプランは?」
そういえば今日はハリネズミカフェに行くということしか教えていなかったっけ。予定を教えておいた方がいいだろうか。ただ、全部教えてしまうのも味気ない。というか最後の予定だけは絶対に姫乃に知られたくない。
少し迷った僕は、情けないかもしれないけれど姫乃に判断を委ねることにした。
「考えてあるけど……聞きたい?」
「……?」
小さく首を傾げる姫乃──うん、可愛い。というか、いちいち姫乃の一挙一動にときめいていて最後までもつんだろうか。
思考が脱線しかけたので頭を振って雑念を飛ばし、姫乃に説明をする。
「えっと……予定を聞いて一緒に楽しむか、サプライズを楽しむか、どっちがいい?」
「サプライズで!」
僕の言葉に被せるように姫乃はそう答えた。
それなら僕は姫乃の意思を尊重するだけだ。改めて姫乃の手を握って「それじゃあ、行こうか」と言うと、姫乃は笑みを深めてから突然僕の腕に抱きついてきた。
「えいっ」
「わっ…………姫!?」
「えへへ、あったかいね」
ぎゅっ、と音が聞こえてきそうなほど密着してきた姫乃。少し歩きづらいような気もするけれど、姫乃の歩くスピードに合わせられるならそんなの問題にならない。それよりも問題なのは何か柔らかい感触が二の腕に──いや、気のせいだろう。
とにかくそんなわけで、駅を出た僕たちはゆっくりと歩き始めた。
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だけど、デートがそんなに上手くいくはずもなく……早速トラブルが起きてしまった。
端的に言えば、迷子だ。
「あれ、環くん」
「……はい」
「ここってさっきも通らなかった?」
「…………はい」
「もしかして、迷子?」
「………………はい」
つまるところ、僕は地図が読めない系男子だったわけだ。
ただ一つだけ言わせて欲しい。似たようなビルばかりで街の構造が分かりづらいんだ。いやマジで。
まぁ、そんな言い訳は置いておいて、僕は申し訳なさと恥ずかしさで姫乃と顔を合わせられなかった。
「たーまーきーくーん」
怒ってるだろうな、と思いながら、名前を呼ばれたので恐る恐る姫乃の顔を見ると、予想に反してにこにこと笑みを浮かべた姫乃がそこにいた。
いったい、何故?
「……怒ってないの?」
「何で?」
「いや、何でって……」
「迷子になったのだって思い出じゃん。思い出が増えたから私は嬉しいよ。それにプランに支障があるわけでもないんでしょ?」
「それは、まあ」
「ならいいじゃん! 私道聞いてくるよ」
姫乃はそう言って駆け出していった。前向きだなぁ……いや、僕がネガティブすぎるだけなんだろうか。何はともあれ、姫乃がいてくれて本当によかった。改めてそう思った。
しかし、姫乃を1人で行かせたのが間違いだった。
毎日のように姫乃と一緒にいたせいで、僕は姫乃の可愛さを失念したいたんだ。可愛いことに変わりはない。ただそれには僕の主観が入っているわけで、客観的に見て(例えば10人とすれ違えば10人全員が振り向くほどに)可愛いということを忘れていたんだ。
そう、夏の海で姫乃がナンパされていたように──僕は姫乃を1人にしてはいけなかったんだ。
だから、悲鳴が聞こえた時には手遅れだった。
「やめてください!」
「──ッ!?」
姫乃の叫び声が聞こえた瞬間、考えるより先に走り出していた。
よく知らない街であるにも関わらず、僕は最短距離で叫び声が聞こえた場所に辿り着くことができた。
そこには────
「ハリネズミカフェ行くんだろ? 俺たちが連れてってあげるよ」
「いや、あの……遠慮しますっ」
いかにも真面目な大学生、という風貌の男性2人が姫乃にナンパをしていた。あの見た目で……人は見かけによらないということか?
とにかく、海の二の舞にしてはいけない。いざとなれば暴力沙汰にしてでも姫乃を連れ出す。それくらいの覚悟で3人の元へ歩き始めると、僕の足音に気がついたのか、姫乃がぱっと振り返った。
そして緊張や恐怖で強ばっていた頬が緩み、微かに笑みを浮かべてくれた。
「姫、ごめん。お待たせ」
「んーん、大丈夫。きてくれてありがと」
「来るに決まってるよ」
突然の登場に面食らったのか、男性2人はお互いに顔を見合わせていた。その光景が滑稽に思えて、思わず笑ってしまった。
僕が笑ったことに気づいた2人は少し敵意のある視線を向けてきたけれど、極めて穏やかな口調で姫乃にこう尋ねた。
「えっと……そいつは?」
見て分からないのか、とも思ったけれど僕が口を挟んでも状況を悪化させるだけだと思って黙っておく。
その代わりに姫乃が僕の腕に抱きついてきて、少しだけ震える声で2人に主張した。
「か、彼氏ですっ!」
…………何だろう。全く面識のない人の前で「彼氏だ」と紹介されると、無性に恥ずかしくなるんだけど。これは僕だけなんだろうか。
そんな恥ずかしさをこらえながら、目の前の2人が強硬手段に出た時のために備えていたけれど、その備えは呆気ないほどに徒労に終わった。
「何だ、男いたのかよ」
「だったら言ってくれれば何もしなかったのに」
どうだか。そんな感情を込めて横目で2人を睨むと、慌てたのか怯えたのか、「んじゃ俺らは行くわ」とか「もう彼女1人にすんなよ」とか色々言いながら去っていった。何だったんだ?
まぁ、姫乃が無事だったから良しとするか。
「姫、大丈夫?」
「あ、うん……何だったんだろうね」
「本当にな」
そんなハプニングもあったわけだけど、僕たちのデートはまだ始まったばかり。特に問題もないし、きっと最高の1日になるんだろうな。
何の根拠もないけれど、姫乃がいるなら大丈夫だろう。
今回ナンパしてきたお2人は、海でナンパしてきた輩とは何の関係もございません。
夏休みを書いたのがすごい昔のように思えてきて、懐かしさに浸りながらこの話を書いていました。
海、行きた(いけどそんな余裕あるはずな)いなぁ……。
※追記
そういえば少し前にブックマーク登録数が60を突破してました。
ありがとうございます。