第5章9話 眠れない夜が明けて
お待たせしました。
お待たせし過ぎました。
言い訳はしません、とりあえず読んでください。
“夜が更けていった” なんてかっこつけて言ってみたものの、実際眠れるわけがない。向かい合ったままだと理性を保っていられる自信がないので、姫乃を起こさないように静かに寝返りを打つ。それが間違いだったのかもしれない。
すぅ、すぅ……と小さな寝息が背中にかかる。背中に全神経が集中するのがわかった。何と言うか、くすぐったいような落ち着くような。
(姫には悪いけど、やっぱり床で寝よう)
結局頭が冴えていくだけだった。明日のデートに支障をきたさないためにも、しっかり睡眠をとることを優先したい。
だが、その前に……
(喉、渇いたな)
水を飲んでから寝よう。そう思って台所に向かおうとして、動けなかった。その原因はすぐに判明した。僕の体は姫乃の両腕にホールドされていたんだ。僕のことを抱き枕か何かだと思っているのか、頑なに離そうとしない。無理やり抜けようとすると、ぎゅっと力が込められた。それと同時に背中に柔らかく温かい感触が。
(…………っ!?)
とりあえず、彼女と一緒に寝るのは心臓に悪いということがわかった。抜け出そうともがけばもがくほど密着度が上がっていくので、動くことすらままならない。
結局僕は喉の渇きを我慢して、無理にでも目を瞑ることしかできなかった。
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結論を言おう。眠れなかった、と。
時刻は午前5時半、部屋はまだ暗いがどうせ眠ることなどできない。諦めた僕はベッドから下りて洗面所へ向かった。幸いと言うべきか、姫乃の抱擁からは解放されていたから容易に抜け出せた。
「ちょっと早いけど……朝ご飯でも作るか」
顔を洗って着替えてから(普段は自室で着替えるんだけど、今日は洗面所で)台所に行く。早く起きてしまったのならそれなりのことはしておこう。そう思って、朝食をいつもより豪勢にすることにした。姫乃も来ているのだから当然だ。
ベーコンを厚切りにしてフライパンに放り込む。すぐに肉の焼ける良い香りが台所に立ち込めた。その間にキャベツを使ってコンソメスープを作ることにした。インスタントなんかじゃなく、手作りで。
米を炊き、サラダを作り、スクランブルエッグを作っていると、あっという間に30分が経過していた。6時を過ぎたからそろそろ姫乃も起きてくるんじゃないかと思ったけれど、そんなことはなかった。
「やっぱゲームしすぎたかな」
姫乃も疲れているだろうしもう少し寝させてあげたい思いもある。ただ、朝食が冷めてしまうのも困りものだ。
悩みに悩んだ結果、姫乃の様子を確認することにした。
「姫、入るよ」
ノックをして、一応声もかけてから部屋に入る。姫乃はまだ眠っていた。何故か、僕の枕を抱き締めて。
部屋に入ったはいいけれど、ここからどうすればいいのか全くわからない。仕方なくベッドの前にしゃがんで姫乃の寝顔を眺めることにした。可愛い。
どれくらいそうしていただろうか、姫乃の口から「んぅ……」と小さな声が漏れた。そろそろ起きるかな。
「ん………………」
何の前触れもなく、姫乃のまぶたがゆっくりと持ち上がった。
ぱちぱちと何度か瞬きをする姫乃。まだ状況を把握できていないのだろうか。そんな姫乃に、声をかける。
「姫、おはよう」
「……ん、おはよ」
にこっと笑ってそう答えた姫乃が眩しくて、思わず惚けてしまった。と、だんだんと姫乃の顔が赤く染まっていく。
「……?」
「あれ、私……あれ?」
体を起こして服が乱れていないかを確認する姫乃。まさかとは思うけど、僕の家に泊まったことを忘れたわけじゃないよね? そんな不安は杞憂に終わった。姫乃がだんだんと思い出したようで、「あ、そっか」と呟いたから。
それでもこれは言っておいた方がいいか。
「神に誓って何もしてないよ」
「ん、それはわかってるよ」
「その割には服の乱れを気にしてたみたいですが?」
「そ、それは……」
姫乃は何も言えなくなった。これ以上追い詰めると機嫌が悪くなるだろうな。それではデートに支障をきたす恐れがある。それだけは絶対に回避したい。
「朝ご飯はできてるから、着替えてから来てね」
「うん、わかった」
そう答えた姫乃は、何を思ったか僕がいる目の前で着替えを始めた。
「ちょ、姫!? 僕がいるから!」
「………………うぁ」
あ、これまずい。
そう思った時には、姫乃の叫び声が部屋に響いていた。
「えっち! 早く出てって!」
「ご、ごめん」
そんなわけで部屋を追い出されたんだけど……これ、僕が悪いのか?
あと、姫乃さん……やっぱりノーブラだったんですね。
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着替えてやってきた姫乃は、「ごめんなさい」と謝った。
「いや、僕の方こそごめん」
「…………見た?」
「へ?」
「どこまで見えたの?」
「あ、いや、その……」
言葉を濁した僕を見て、姫乃がしゃがみ込んだ。
「うぅ……もうお嫁に行けないよ…………」
いやいや、そんなことはない。姫乃ならたとえ僕と別れても(そんな日は訪れさせないが)引く手数多だろうし、何より──
そんなことを考えていると、姫乃が上目遣いで睨んできた。それすらも可愛い。そして投げ掛けられた言葉に、僕は即答していた。
「だから責任とって下さい」
「そのつもりです」
「ふぇ?」
いや、君が責任をとれって言ったんだし……それに元々そのつもりだったし。しかし数秒後、自分が何を言ってしまったのかを理解して羞恥に悶えることになる。これではまるでプロポーズ。もう、姫乃を直視できない。
リビングが沈黙に包まれた。
朝食が冷めきってしまったのは言うまでもないだろう。
イチャついてますね。
この日はデートのはずなんですが……2人はこの調子でもつのでしょうか。それは神のみぞ知るところです。
作者もここからどうなるのかわかっていません。いや、方向性は考えてるんですが具体的にはまだ…………
もう少しお待たせする結果になるかもです。ご了承ください。