第5章8話 おやすみ
前話でやった“エロくないことをエロっぽく”のおかげかわかりませんが、突然評価がぐぐっと伸びました。びっくりです。
期待している方には申し訳ありませんが、環くんにそういうことはさせませんからね……?
ス●ブラに飽きた僕たちはマ●カでレースをしていた。ただ、僕が集中できていなかったのは言うまでもない。理由は単純、カーブを曲がる度に姫乃が僕の方に傾いてきたからだ。ゲームキャラに感情移入したと思いきや、今度は平衡感覚がゲームと同期しているらしい。
「姫、傾いてる」
「んー? ……わっ」
最終的に僕の脚にぽすっと頭を預けてきた姫乃。さっきとは立場が逆になっている。姫乃は姫乃でくすくすと笑っている。その振動が直に伝わってくすぐったい。
やがて姫乃は甘えたような声を漏らし始めた。姫乃が選んだお姫様の乗るカートがその度に壁にぶつかるようになった。12時をすぎているし、眠くなってくる頃だろう。
「ん……」
「姫、眠いならそろそろ終わるけど?」
「まだ、だいじょう……ぶ」
「うん、大丈夫じゃないね。終わろっか」
「むぅ」
そろそろ限界に近づいていると判断してそう提案すると、姫乃は不満そうな瞳で僕の顔を見つめてきた。思わずゲームを続けそうになってしまったけれど、明日にはデートを控えているし、今が引き時だとセーブしてから電源を落とした。
「明日デートするんでしょ?」
見つめ続けてくる姫乃のを見つめ返してそう言うと、姫乃の体がぴくっと小さく跳ねた。いや、君から提案してきたんだよ。
「そ、そうだね。寝よう」
そして何を考えたのか、僕の脚を枕にしてそのまま目を閉じた。
「……ってストップ!」
「んぅ?」
いやいや、「んぅ?」じゃなくて……そうされると僕が寝れないというか僕の理性が永遠の眠りにつきそうというか…………とにかく起こさないと。
「寝るならちゃんとベッドで寝ようよ……」
「体動かなーい」
「さっきまでコントローラー動かしてたじゃん」
「環くん運んでー」
姫乃、完璧に寝ぼけているな。
とはいえリビングで寝て風邪をひかれても困るし、おとなしく命令に従うとしよう。
「姫の仰せのままに……っと」
姫乃がソファに横たわっている以上、1番運びやすい方法はお姫様抱っこだ。心を無にして姫乃を抱えると、姫乃が小さく叫んだ。
「わっ」
「暴れないでね」
「うん」
寝ぼけた姫乃を運ぶのはこれが2回目か。1回目のときは状況が状況だったけど、今回はそれとはまた違う状況。しかも姫乃から一緒に寝てと言われているわけで……緊張しないなんて言ったら嘘になる。
そんなことを考えている間にも、姫乃の体温が腕を通して伝わってくる。すごく温かい、それだけだ。やましいことは何も考えていない。紳士であれ、柏木環。
さすがに姫乃を抱えたままドアを開けるのは無理がある。少しだけ姫乃に協力してもらおう。
「姫、ドア開けて」
「はーい」
……寝ぼけている割にははっきりとした受け答えだな。
まぁ、いいか。
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姫乃をベッドに寝かせ、一旦部屋を出る。床に敷く布団を持ってくる必要があるからだ。付き合っているとは言っても、同じベッドで寝るのはさすがにまずいだろう。
扉を開けたところで、姫乃のぼーっとした声が耳に届いた。
「どこ、行くの?」
「布団取ってこようかと」
「ここで寝ればいいじゃん」
そう言ってポンポンと枕を叩く姫乃。いや、だから……。
「怖くないの?」
「何が?」
「何がって……僕が何かするかもよ?」
これで一緒に寝るのを諦めてくれるといいんだけど、そう思って脅しの様に言ってみたんだけど、姫乃には効かなかった──というかむしろ逆効果だったようだ。姫乃は僕の言葉が面白かったのか、ニヤニヤしながらからかうようにこう言った。
「環くんも夜は狼になるの?」
「うぐ……ならないと思うけど」
「なーんだ」
僕に何を期待していたんだ。その後に「まぁ、だから信頼してるんだけどね」と付け足した姫乃の笑顔が輝いて見えた。というか同じ部屋で寝れば「一緒に寝てね」という姫乃のお願いは叶えられるはずなのに……姫乃はそれだけではご不満のようだ。
「えっと……同じベッドで寝ようってこと?」
「うん」
何か問題でもある? というように僕を見上げてきた姫乃。そんな純粋な目で見つめられてしまうと、変なことを考えてしまった僕が馬鹿みたいになる。姫乃も僕を信頼してくれているんだし、その信頼に応えるのも大切か。
「…………わかったよ」
「やったー!」
「ちょ、近所迷惑だから」
「ごめんごめん」
大きく深呼吸をして覚悟を決めてからベッドに近づく。姫乃は掛け布団を持ち上げて「ほらほらー」と手招きしてきた。もう、引き返すことはできないのか。
そっとベッドに上がると、2人分の重量にスプリングが軋む音がした。僕1人ではこんな音は鳴らない。姫乃と同じベッドで寝るんだと、改めて強く実感させられた。こんなの、緊張するなっていう方が無理だ。
と、後ろから僕の胸に手が回され、そのままぎゅっと力が込められた。
「姫?」
「環くん、温かい」
緊張しているから仕方ない、というかそれを言うなら姫乃だって。いや、そもそもどういう状況だよ。色々な感情が渦巻いたけれど、それら全てを押し退けたのは背中に当たる圧倒的な柔らかさ。呼吸をする度にその柔らかいものが背中に押し付けられる。姫乃さん、夜は下着つけない派なんですか!?
いやいや、姫乃は何も気にしていないんだし、そんなことを考えると姫乃に対して失礼だ。邪な考えを頭から追い払おうとして深呼吸すると、今までで1番強く押し付けられた。だから…………っ!
「……環くん?」
「ひゃい!?」
声が裏返ってしまった。これでは動揺しているのが丸わかりだ。
すると、姫乃の安心したような声が聞こえた。
「よかった」
「…………え?」
「環くんもちゃんと緊張してくれてるんだね」
「そりゃまあ……」
そう答えると、姫乃は更にくっついてきた。心臓が破裂しそうなほどに血が巡っているのがわかったけれど、そのうち密着した姫乃の体からもとく、とく、という少し速めの鼓動が聞こえてきた。何故かわからないけど、少しだけ落ち着くことができた。
姫乃は小さな声でこう囁いた。
「えへへ、私もだよ」
「……そっか」
部屋に沈黙が流れる。だけどその静けさに気まずさは全くなく、むしろ心地良さや安心が感じられる、そんな静寂だった。
「ね、こっち向いて」
僕の背中に額を押し付けて、姫乃がそんなことを呟いた。
「そんなくっつかれてると寝返りも打てないよ」
ただでさえシングルベッドに2人が寝ているというだけで動きづらいのに、密着されていたら更に動けなくなる。
姫乃もそれがわかったのか、名残惜しそうに「ん……」と唸ってから離れてくれた。それで漸く動くことができるスペースが確保されたので、姫乃のお願い通り寝返りを打った。
「ありがと。環くん、顔赤いね」
「……姫乃こそ」
いくら暗闇だと言っても、ここまで近距離にいると顔が赤いのはすぐにわかってしまう。姫乃の顔が更に赤くなったのがわかって、思わず笑ってしまった。
「何笑ってるの?」
「ん、姫が可愛いなーって」
「……っ! ズルい」
「何が?」
「そんなこと言うなら、私だって……!」
姫乃はそう言うと、正面から抱きついてきた。胸に当たる柔らかさを気にする暇もなく、僕の唇が姫乃に塞がれた。
突然のことに何も言うことができない僕を放置して、姫乃は小さく「おやすみっ」と言って僕の胸に顔をうずめた。少しくぐもった唸り声が僕の胸から響いてきて、漸くキスされたんだと理解が追いついた。
9月も終わりに差し掛かり秋の涼しさが訪れ始めた部屋の中で、僕の唇に確かな温もりを残したまま、夜は静かに更けていった。
キスした後の姫乃さん
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……私、今何したの?
いや、わかってる。環くんにキスをしたってちゃんとわかってる。何か今日の私おかしいよ、大胆すぎるっ。
よく考えたら同じベッドで寝ようなんて、えっちな女の子だって思われてないかな。でもでも……一緒に寝たかったのは本当だし……
だめだぁ……何も考えられないよ…………
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どうやら姫乃さん、寝ぼけると大胆になるみたいです。環くん、よく耐えた!