第5章2話 いちゃいちゃらぶらぶ
3つのパートに別れているお話のうち、3つ目だけは姫乃視点になっております。
このお話の内容はタイトル通り(のつもり)です。
姫乃が泊まりに来たからと言って、今のところ何か大きな変化があるわけではない。これまでも何度か家で夕飯を食べていったことはあったし、だからだろうか、まだ『泊まる』という事実をどこか夢のように感じていた。
それでも今、隣に姫乃が座っていることに変わりはない。
「環くん」
「ん?」
「これから何する?」
「別にこのままでも数時間は過ごせそうだけど……わっ」
後半の悲鳴は姫乃が横から抱きついてきたことによるもの。腕に柔らかく包み込んでくれるような感触が押し付けられる。何とは言わないけれどすごく柔らかい。あと、何か良い匂いがする。
「私もこのままでいいよー」
「ほんとに言ってる?」
「うん! 環くんと一緒にいるだけで幸せだし」
「…………っ!」
「あ、照れた」
そう言って楽しそうに笑う姫乃。というか、彼女に真顔で「一緒にいるだけで幸せ」なんて言われたら誰だって照れるだろう。これ以上照れ顔を見られないようにするためにも、僕は姫乃の頭を少し雑に撫でた。それに、こうでもしなければ密着した状態から離れてくれそうになかったから。
「きゃっ! ちょっとぉ……髪ぼさぼさになっちゃったじゃん」
「じゃあ整えてあげようか?」
「環くんがこうしたんじゃん」
むっとした姫乃をからかうように「じゃあやらなくていい?」と悪戯っぽく言ってみると、すぐに慌てたような声が返ってきた。
「わわっ……そんなこと言ってないよぉ」
「ん、わかってるよ」
僕が撫でやすい位置に頭を移動させた姫乃。何も言わなくても『撫でてください』という副音声が聞こえてくるその姿は、まるで飼い主に甘える仔猫そのものだった。いや、着ているパーカーのせいで猫にしか見えない。
姫乃の髪を、今度は優しく梳くように撫でる。くすぐったかったのか「…………ん」と小さく声を漏らした姫乃が少し色っぽくて、思わず撫でる手を止めてしまった。
「環くん?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
「……? そうだ!」
何か閃いたように叫んだ姫乃は僕から離れていった。もう少し撫でていたかったんだけどな。そんなことを考えていると、姫乃は突然姿勢を正した。少し捲れたパーカーからは、白い脚が惜しげもなく晒されている。その美しさに思わず見とれていると、姫乃は僕の顔を見ながら自分の太ももをぽんぽんと叩いた。
「ん、どうぞ」
「姫乃?」
「疲れてるだろうし、膝枕してあげる!」
「あ、そう。………………はぁ!?」
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膝枕──読んで字のごとく、他人の膝を枕として横になること。
誰が誰の膝を枕にするか? 決まっている。僕が、姫乃の膝を、枕にするんだ。以前1度だけその機会に恵まれたんだけど、残念ながらそれは僕が寝ているときだった。故にその時のことはよく覚えていない。
「膝枕?」
「うん、そうだよ」
「いや、でも…………」
「むー……」
あ、姫乃の機嫌が悪くなった気がする。
姫乃から目を逸らすと、急に視界が90度回転した。何のことはない、姫乃に腕を引っ張られて横になっただけだ。
ぽすっと柔らかい物に当たる音がした。柔らかそうだなぁ、と思っていた姫乃の太ももだ。実際柔らかかったことに少し感動しつつ、早くどかなければと思い頭を動かして、後悔した。
「ん……くすぐったい」
「……っ!」
よく考えれば当然のことだ。それなのに、深く考えなかったせいで姫乃の嬌声をもう1度聞くことになってしまった。頬が熱くなる。幸い頭上の2つの山に遮られているおかげで赤くなった顔を見られずに済んだが、同時に姫乃の表情もよくわからない。上を向けば(高校生にしては大きめの)胸が、下を向けば白い太ももが視界に入ってしまう。僕は前を向くことしかできなかった。
そんな僕の頭上から声がかけられる。
「くすぐったいから動いちゃだめ!」
「すみません。……ていうか何で膝枕?」
「環くんを甘やかしたいから?」
姫乃さんや、何故に疑問形なのですか?
そんな疑問を口にしようとした時、姫乃が僕の体を回転させた。ぐるん、と自動的に姫乃の胸が視界に入る。
あ、これあかんやつや。
妙な関西弁でこの状況に突っ込んでいると、姫乃の手が頭に伸びてきた。姫乃はそのまま優しい手つきで僕の髪に触れた。何だこれ、気持ちいい。なるほど姫乃が撫でられるのが好きになるわけだ。
「環くんの髪、思ってたより柔らかいね」
「ひ、姫乃には負けるよ」
「環くん男の子だし、それは当然だよ」
いや、それはまぁそうなんですが……僕が言いたいのはそれじゃない。というかダメだ、後頭部の感触が気持ちよすぎて何も考えられない。
そんな変態チックなことを考えてしまった自分が嫌になる。思春期男子として当然だと言ってしまえばそれで終わりなんだけど、申し訳ない気持ちもあるからな。
僕がそんなことを考えているなんて露ほども思っていないだろう姫乃が、指先で僕の髪を弄りながら「気持ちいい?」と聞いてきた。「はい、とても気持ちいいです」なんて正直に答えられるはずがない。
「ん、まぁ……」
姫乃はくすくす笑った。全てお見通しということなんだろうか。
「こうして膝枕するの、夏休み以来だね」
「お、覚えてましたか」
「覚えてるよー。環くんの寝顔、まだ残って──」
「え!?」
「──なんでもないです」
何でもないわけない。まさかあの時写真に撮られていたとは……というか十中八九、いや、九分九厘亜美がそう仕向けた気もする。来週亜美に会ったら聞いてみるとしよう。
「今度姫乃の寝顔撮っても文句は言えないよね」
「ごめんなさいやめてください」
「それじゃあ写真消してよ」
「それだけはご勘弁を」
男子の寝顔を見て何が楽しいのか。そんなことを頭の片隅で考えながら、明日の朝までに姫乃の寝顔撮影会を開催しようと決意した。
姫乃は僕のそんな決意など知るはずもなく、「失言だったー」と呟きつつ僕の髪を触りまくっていた。僕は髪を触られるのが気持ちよくて、だんだん意識が遠のいていった。
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「…………寝ちゃったかな?」
私は環くんが寝ていることを確認すると、その可愛い寝顔を堪能することにした。普段は凛々しい環くんでも、寝顔だけは幼くあどけなく見える。そんなギャップが環くんのいいところの1つだ。もちろんそれだけではないけど。
調子に乗って環くんのほっぺたをつんつん触っていると、環くんの口から「……むぁ」という小さな声が漏れた。慌てて手を引っこめる。危ない危ない、起こしちゃうところだった。
「写真、撮らなきゃ」
もう1度この無防備な寝顔を記録に残そう。そう思ってパーカーのポケットを探っていたせいで、環くんが膝の方にころんと回転していった。「あっ」と思った時にはもう遅く……
「……ひゃんっ!」
90度以上回転した環くんの柔らかい唇が、私の太ももに触れてしまった。幸い私の声で起きることはなかったものの、太ももがくすぐったくて背中がぞくぞくする。
太ももにキスされる経験なんてない、というかキスしたことだってまだ数少ないからさすがに動揺してしまう。
「うぅ〜…………」
男の子にしては柔らかい環くんの唇の感触を太ももで受け止めながら、私は自分の行動の軽薄さを反省することになった。
書いてて思った。
何だこれ、リア充爆発しろ。
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ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。あともう少しだけ、2人のイチャイチャにお付き合いくださいませ。